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二十三話 同じストーリー

 それから南の二ヶ所を回り、南東の候補へとやってきた。これまで気に入る立地がなく、最後に一縷の望みをかける。


 ――ここがだめだったらまた一から探し直しね……。


 屋敷よりは簡素で、広いだけの家よりは豪華な建物が点在する地域だ。


 爵位の低い貴族や裕福な平民が暮らしている場所なのだろう。たまに馬車も行き交い、賑わっている雰囲気がある。


「こちらのお屋敷です」


 馬車を降りると、錆びた門に迎えられた。


 小さな庭には草木が生い茂り、放置されている様子が窺える。建物自体もまだ新しく、付近の家と比べるとかなり派手な様相が引っかかる。


 ――高位貴族の別荘だったのかしら?


「元はとある子爵のお屋敷でしたが、財政が傾いたために家を手放したようです」

「そんなことまで知っているの?」

「宰相閣下から姫さまの手を煩わせないようにと仰せつかりましたので」


 この御者はずいぶんとナタンに信頼を置かれているようだ。年老いても維持された屈強な体躯からして、退役した騎士なのかもしれない。


「退役騎士です」

「……心が読めるの?」

「私を見つめる顔に書いてありましたので」


 そんなに表情に出ていたのかとローレンは頬に触れる。


 御者はふっと笑い、錆びついた門に手をかけた。ばきっと変な音が聞こえたのは、ぱらぱらと落ちる金属の破片が気のせいではないと教えてくれる。


 ぎ、ぎぎ、と軋みながら門は開かれる。


「悪徳な業者に騙されていたようですね」


 アレクシスが目を細める。


 門に使われていた資材は粗悪だったようだ。


「成金貴族ってところかしら。背伸びをして取り返しがつかなくなってしまったようね」


 外見をいくら取り繕おうと、内面が成熟していなければ元も子もない。


 高位貴族に肩を並べようとして形から入ったはいいものの、結局は破綻してしまったのだから。


「土地も王室に返還されているのよね?」

「はい。建物の利権も放棄しています」


 よほど首が回らなくなっていたのだろう。元の家主は没落しなかっただけましだと省みているといいが。


「姫さま、中には入られますか? 入られるのなら、僕が先に安全を確認してまいります」

「その必要はないわ。それより玄関に鍵がかかっているか、外周に侵入できそうな場所がないか確認してほしいのだけれど、お願いできるかしら?」

「承知しました。姫さまはこちらでお待ちください」


 アレクシスは二つ返事に頷き、たたっと走り出した。


 屋敷を囲う塀はそう高くない。潜り込もうと思えば簡単に侵入することができるだろう。


「私たちは馬車で待ちましょう」

「では、馬に餌をやります」


 御者台から袋を出し、乱雑に切られた野菜を口の前に持っていく。馬はお腹がすいていたのか、ばくばくと食べていた。


「あなた、名前はなんというの?」

「ジオン・デュボワです」

「ジオンね」

「なぜ私の名を?」

「私が王城から出るときは、あなたの馬車に乗りたいからよ」


 ジオンは目を瞬かせた。


「マシュー卿に伝えておくわね」

「光栄に存じます」


 ジオンは浅く腰を折る。


 ――身を守る手数は多くあったほうがいい。


 本来、王族を守る騎士はもっと連れていくべきだ。それに、アレクシスはまだ十二歳。王族の護衛としてはいささか頼りなさすぎる。


 だが、アレクシスの好感度を高めるためには同職がいては不都合が多い。


「玄関には施錠がされ、割れた窓もなく侵入できるような場所は見当たりませんでした」


 しばらくし、アレクシスは戻ってきた。念入りに調べてきてくれたようだ。


「そう。なら安心ね。がれきをどかして人が出てきたら恐ろしいもの」

「がれきをどかして……?」

「人が出てきたら……?」


 アレクシスとジオンが二人してきょとんとし、首を傾げた。


「ま、まさかあの屋敷を取り壊すおつもりなのですか!?」


 ぎょっと目を剥くジオンにこくりと頷く。


「あんな悪趣味な屋敷、誰も近づきたくないでしょう」


 口にはしなかったが、過度な装飾は下品に感じる。門の資材が粗悪品ならば、屋敷だってどうかわからないのだ。


「勉強するにはもっと、落ち着いた雰囲気でないと集中できないわ」


 というのは建前だ。もちろん、周囲の雰囲気とはかけ離れた派手な屋敷に近づきたくないというのも本心であるが、本質は別にある。


 ――話題性が重要よ。


 貴族の屋敷が取り壊される。これほど興味を引く話題もそうそうないだろう。


「では、こちらを建設地とするのですね」

「そうよ。それなりの広さもあるし、雰囲気も素晴らしいから。念のため、門は縛っておいてくれる?」

「承知いたしました」


 ジオンに任せ、アレクシスと馬車へ戻る。


「確認までありがとう、アレクシス」

「いえ。姫さまのお手を煩わせることではございませんので」


 馬車は緩やかに出発した。


「その後は、変わりないかしら?」


 アレクシスと顔を合わせたのは騎士団での騒動以来だ。行きは地図を見るのに必死で世間話もできなかった。


「姫さまのおかげで引きずることもなく、健康に過ごせております」

「本当に、アレクシスが無事でよかったわ。まさかあんなに堂々と凶行に及ぶとは、予想だにしていなかったから」

「僕も驚きました。命があってよかったです」


 死にかけたかもしれないというのに、優しいを通り越して無頓着なのではなかろうか。


「ジェシーも責任を感じているようで、毎日のようにお茶会に誘ってくださいます」


 それはただ単にアレクシスと会いたいだけだと思うが。


「ジェシカはアレクシスのことが大好きだものね」


 そう言うと、アレクシスは微笑み返すだけでなにも言わなかった。瞬時によくない雰囲気だと察し、ローレンは話題を変える。


「前に建国祭へ誘ってくれたじゃない? 覚えているかしら?」


 アレクシスはぱっと表情を和らげる。


「もちろんです。忘れるはずがありません」

「そのことなんだけど、一日目は挨拶があるでしょう? だから二日目か三日目がいいと思うの」


 飴色の目が見開かれる。


「よろしいのですか?」

「アレクシスのお誘いだもの」


『【アレクシス】ストーリー【一緒に建国祭を楽しもう!】が解放されます。受注しますか? はい・いいえ』


 ――バルドのときにも現れたストーリー!


「二日目は騎士団のパレードがありますので、三日目はいかがでしょうか?」


『【アレクシス】ストーリー【一緒に建国祭を楽しもう!】を受注しました』


「三日目で大丈夫よ。楽しみね」

「はい、とても。建国祭が待ち遠しいです」


 建国祭は三日にわたって開催されるが、これといった大きなイベントはない。広場に屋台が並ぶほか、騎士団のパレードが行われるくらいだ。


 それでも、暴君の支配に抑圧され、怯えて暮らしていた国民たちにとっては間違いなく幸せな日になるだろう。


 白い枠が表示された瞬間、同じストーリーが出てきた日のバルドが脳裏をよぎった。


 ――バルドは建国祭に来るのかしら?


 そう考えるローレンは、アレクシスがじっとこちらを見つめていることに気づくことはなかった。

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