十九話 助けにいきますから
「ところでずっと気になっていたのだけれど、そのケースにはなにが入っているの?」
バルドは足元に置かれたケースを広い、膝の上に置いた。
「営業に来ましたから、商品ですよ」
ペンダントのようだった。
トップの飾りは鮮やかな赤い宝石で、輝きを放っている。
「これも魔法石?」
「はい。持ち主に危険が及ぶと、ダメージを肩代わりしてくれます。貴重なもので実際にお見せすることはできませんので、説明いたしますね」
主に物理や魔法を防いでくれるものだ。打撃や攻撃魔法などに襲われたとき、自分を取り囲むように障壁が張られるという。
何発かは防ぐが、ダメージが蓄積されると障壁にひびが入り、最終的には魔法石とともに割れる仕組みになっている。
砕け散った後は、また魔法石をはめれば効力が復活するらしい。
「姫さまに差し上げますので、よろしければ常に身につけてください」
「これはバルドが作ったの?」
「いえ、オーレリアンさんが製作いたしました。俺は魔法石こそ作れますが、魔道具は作れませんから」
「そうなのね。これはいくらかしら?」
「お代はいりません」
バルドはふるふると首を振った。
「だめよ。大事な商品でしょう?」
「建前です。俺が姫さまに贈りたくて、オーレリアンさんに頼んでこれを持ってきたのですから」
ローレンは目を丸くする。
「お傍にいることは叶いませんが、姫さまを守り、助けたいという気持ちに嘘はありません」
「あ、ありがとう」
心音がどきどきとうるさくなる。
――顔が熱い気がするけれど、赤くなっていないかしら!?
『【プロテクション】を入手しました』
「あ、わ、枠が表示されたわ!」
「システムにアイテムと認識されたのですね。システムからご覧になってはいかがですか?」
「じゃあ、少し時間をもらうわね。オープン、アイテム」
ぱっと枠が表示され、【ビスケットボックス】と【アレクシスの好感度の鍵】に並び、【プロテクション】が表示されていた。
長押ししてみると、先ほどバルドが説明してくれたことと同じことが書かれていた。
「……どうして、私をそんな顔をしているの?」
枠の向こう、感傷的な面持ちが透けていた。
「俺は、どのような顔をしておりましたか……?」
「なんと言えばいいのかしらね。今にも泣きそうな顔をしていたわ」
「申し訳ありません」
「どうしてそう、あなたたちは悪くないのに謝罪を口にするの?」
聞き取れないほど小さな声でローレンはこぼす。バルドは首を傾げたが、聞き返してはこなかった。
どこぞの騎士も、目の前の魔法使いも、謝らないと死んでしまう生き物なのだろうか。
「私が悲しい思いをさせてしまったのかしら? それとも、いやなことをしてしまった?」
「そのようなことはございません」
慌てた様子で即座に否定される。歯切れの悪いバルドは視線を落とし、息を吸った。
「俺は長い間、一人でしたので。頼れる人もおらず、孤独を生きておりましたから」
バルドは弱々しい笑みを浮かべる。
「姫さまが俺の魔法を分かち合ってくださったことが、なによりも心が救われるのです」
一人ではないのだと実感できる。バルドは噛みしめるように言った。
「バルドも、私も、もう一人ぼっちじゃないのよ。信じて……バルドが手を差し伸べてくれるから、私も差し伸べるのよ」
お互い、見た目はまだ子どもなのに、過去を生きてきたことによりいやに達観してしまっている。
変に強がりで、見栄を張ることが癖づいている。だから些細なことでも決壊するときは一瞬で、雨の日の川のように溢れてしまうのだ。
「もう辛い思いをしないよう、今を生きなくちゃ」
「ええ、そうですね。姫さまの言う通りです」
しばらく、バルドは肩を震わせていた。
「はあ、申し訳ありません」
「だから謝らないで。私は謝ってほしいわけじゃない」
気持ちを落ち着かせたバルドは赤くなった目元を押さえ、謝罪を繰り返している。
「バルドに相談したかったことを思い出したの。無意味な謝罪はいらないから、切り替えてくれる?」
「無意味……」
ぴしゃりと言い放つローレンにバルドはしゅんとする。
「もうし――」
「二度目はないわ」
「はい」
バルドはおずおずと背筋を伸ばす。
「それで、相談したいこととは……?」
「建国祭についてよ。過去でも、過去の今年から建国祭が開催されていたのは知っている?」
バルドは先代女王が健在の頃から閉じ込められ、五年間は誰からの援助も受けられていなかった。情報はローレンのほうが多く持っているだろう。
「毎年、同じような時期に花火の上がる音がしていたと思います。それに、メイドが途絶えるまでは話をしてくれましたから、知っております」
「そこで……今回も過去と同じ道を辿るのなら、事件が起こるはずよ」
「事件ですか」
バルドのじめじめとしていた雰囲気が、神妙なものへと切り替わった。
「ああ。ジェシカ・サンチェスが誘拐されたのでしたね」
「知っているの?」
「思い出しました。メイドがその話もしておりました」
「なんと言っていたの?」
バルドはソファに深く座り、顎をさする。
「王選候補者のジェシカさまが誘拐された、とだけ。詳しい事情は知りません。なにせ彼女は先代女王に入れ込んでしまったせいで解雇されたメイドですから」
「私はそれを阻止するつもりよ」
「放っておけば痛い目を見せられるのに? 彼女は姫さまのことを……」
牢でのやりとりを脳裏に描いたのだろう。バルドは眉根を寄せるが、ローレンは首を横に振る。
「あの一件で、ジェシカは一部の平民から同情票を得たのよ」
明らかにジェシカを支持するものが急増していた。
「それに、どれだけ憎くてもジェシカも国民の一人。楽しいお祭りに乗じた蛮行を見過ごせないわ」
バルドは口をへの字にし、「理解できない」というような顔をした。
――こうして感情を表に出すバルドは、年相応という感じで新鮮ね。
物珍しくて見つめていると、目の前にぱっと枠が現れた。
『【アルシバルド】ストーリー【一緒に建国祭を楽しもう!】が解放されます。受注しますか? はい・いいえ』
――なに?
いつもの流れで自動的に受注しようとしたローレンだったが、思いとどまる。
――ちょっと待って、受注したらまずいんじゃない!?
あと一秒かというところで『いいえ』を選択した。
「今、なにか選択されました?」
指摘され、はっとする。
対面しているのがバルドだから実直に選択肢に触れたが、バルドにだってローレンの目に映る枠は見えていないのだ。不思議に思われても仕方ない。
「ストーリーが開放されそうになっていたのよ」
「その言い方だと、開放なされなかったのですね。ちなみにどのようなストーリーかお聞きしても?」
「バルドと、建国祭を楽しむ……というストーリーよ」
「はい?」
「で、でも! 前にアレクシスにも誘われていて!」
ローレンの口からは次々といいわけ紛いのような文言が飛び出していた。
「だからバルドのストーリーを受けたら、アレクシスのストーリーはどうなるのかと考えたら、受注できなくて。あ、アレクシスは知っているかしら? まだ会ったことないわよね? アレクシスは――」
「姫さま、姫さま。落ち着いてください」
我に返ったローレンはこほんと咳をした。
「アレクシスさまに関しては存じております。そちらもメイドから聞き及んでいるだけですが」
「そ、そう」
ふう、と息をつく。思わぬ醜態をさらしてしまい、顔が熱くなる。今度こそ赤くなっているだろう。
「私ね、アレクシスには恋に落ちてもらうつもりなの」
「は?」
「そのためには、アレクシスのストーリーを進めないといけないと思うのよ」
「それはつまり、その……いえ、そろそろ時間でしょうか」
ふいにバルドは立ち上がり、帰宅の準備を始めた。あれよあれよという間に整えたバルドはそそくさと扉へ歩く。
最後に振り返るバルドは悲しそうな、それでいてショックを受けたような表情をしているように見えた。
「バル――」
「助けが必要になったらいつでも俺を呼んでください」
今度は俺が、とバルドはいつものように微笑む。
「必ず、助けにいきますから」
そう言い残し、バルドはあっという間に帰っていってしまった。
――急にどうしちゃったのよ。
テーブルの上にはまだ、たくさんのお菓子が残っていた。




