十八話 魔法石
「姫さま、お客さまがお見えになられました」
「通して」
うなじで束ねられた白銀の髪、透き通る灰色が特徴的なその人は、一礼のあとに嬉しそうな笑みを浮かべた。
「再び姫さまに会うことが叶い、光栄にございます」
「待っていたわ、バルド。紅茶は飲める? なにが好きかわからなかったから、お菓子も数種類を用意したのよ」
ささやかなお茶会のようなテーブルに、ローレンは思わず早口になってしまった。
「ありがたくいただきます」
向かいあう形でソファに腰かけ、バルドはケースを足の傍に置いた。
「いきなり手紙を送ってしまって、驚かせてしまったでしょう?」
「システムをうまく活用なされているようでなによりです」
ロードしたことにより、バルドから出会った際の記憶はなくなってしまった。それでも同じ魔法を使う彼は、そのことも含めて理解している。
「姫さまはすでにご存じかと思いますが、改めて紹介させてください。俺は今、お世話になった魔法使いの店に滞在させていただいております。オーレリアン・リロイという方です」
「懇意にしてくれたという魔法使いよね?」
「はい。王室から手紙が届き、ひどく動揺しておりました」
バルドはくすりと笑う。
「まずはお店に足を運ぶべきかとも迷ったのだけれど、バルドなら察してくれると思ったの」
事情を知らない店主にはいらぬ心配をかけさせてしまったのは申し訳ない。
「早速だけれど、前に提案したことは考えてくれたかしら?」
客人としてバルドを王城に迎えるという話だ。二人はすでに再会しているし、考える時間も充分あっただろう。
カップを置いたバルドはこくりと頷き、姿勢を正した。
「前提として、オーレリアンさんには姫さまからの提案を相談しておりません。俺一人で考えたことです」
バルドは小さく息をつく。
「王城に滞在することは遠慮させていただきたく思います」
「……理由を聞いても?」
「姫さまの足枷にはなりたくないのです」
灰色の目が陰りを帯びる。
「それに俺は、まだオーレリアンさんに恩を返せていません。姫さまはお会いになられましたか?」
「ええ。言葉も交わしたわ」
「過激な部分もご覧に?」
窃盗未遂犯を魔法で壁に叩きつけた場面が思い起こされる。
「あんな性格をしていますから、どこで悪評を広めてくるかわかったものではありません。だから俺はあの人のことも、放っておけないのです」
魔法使いというだけで世間の目が大きく変わることもある。たとえ彼らが身を、正当な権利を守るために他者を返り討ちにしても、ここぞとばかりに手のひらを返す人もいるだろう。
「バルドは……そっとしておいてほしい?」
「そっと……」
と口の中で反芻したバルドははっとしたような顔をし、テーブルに手をついて立ちあがった。
「姫さまの好意を受け取りたくないわけではなく……っ」
「それはもちろん、いえ、そう言ってくれると浮かばれるけれど。そうじゃないの。私が言いたいのはそういうことじゃなくて、ええと」
ローレンは腕を組む。言葉選びが難しかった。
「私は、魔法使いを支援したいのよ」
「はい?」
「正しくは、魔法使いかもしれない子どもたちを、よ。もちろん望むのなら、成人した魔法使いのことも」
バルドは目を瞬かせ、すとんと腰を下ろした。
今度は「魔法使いの、支援」と反芻している。
「それ、は」
「バルドは、堂々と街を歩きたくはない?」
日陰を歩いているという勝手な憶測だが、ローレンのイメージでは魔法使いは目立ちたがらない人が多い。
最低限の、人並みの扱いを受ける代わりにひっそりと生きているような。
「お店だって、人の中心に出したらもっと繁盛すると思うの。狭い路地にあるだけではもったいない」
便利な魔道具が広く普及すれば、もっと魔法使いに敬意が向けられるだろう。
「魔法使いだって、エタンセルの国民よ」
「姫さまのお言葉を聞いたら、オーレリアンさんもほかの魔法使いたちも、きっと姫さまこそ神だと思うかもしれません」
「あら、それはいけないわ。だって私が神になってしまったら、魔法使いがいなくなってしまうじゃない。それじゃだめよ」
ローレンは腕を組み、背もたれにぽすんと体を預けてぱちりと片目を閉じる。
息の抜ける声のあと、バルドは破願していた。
「姫さまは本当に……いえ、支援とはなにか具体的にお伺いしても?」
「もちろんよ。と言っても、できることは限られている。私がもっともしたいことは、神に祈る前に魔法使いかどうかを判別したいの」
「判別、ですか?」
「ええ。なにもわからない幼子を神殿に連れていき、神に祈らせる。その後ろで親はなにをしていると思う?」
想像したのだろう。バルドは言いよどむ。
「子どもが魔法使いじゃないよう神に祈るだけ。祈ったところで、その神のせいで死んでしまうというのに」
「姫さまは……神を信じれおられないのですか……?」
声を小さくするバルドに、ローレンは目を伏せる。
――どれだけ祈ろうと、神は助けてくれないじゃない。
母に厳しい躾をされたときも、周囲から母の悪行を糾弾されたときも、冷たい地下牢に閉じ込められたときも。
信じていないわけではない。本当に存在していようがいまいが、どちらだっていい。
「もう、神に祈ることはないでしょうね」
バルドが目を見開いた。
「話を戻すけれど、私は魔力を持っているかどうかがわかるものがほしいの。魔道具で作れないかしら?」
「それなら魔道具でなくとも簡単な方法がありますよ」
「え、あるの!?」
「いえ……いや、あるにはあるのですが、万人には容易いとは言えません。とりあえず、宝石を一つもらうことは可能ですか?」
ローレンはビスケットボックスを持ってくると、宝石を一つテーブルの上に置いた。
「これでいいかしら?」
「ありがとうございます。では、早速」
目を瞑ったバルドは宝石を握り、限界まで息を吐いた。そうして、ぱっと開かれた手のひらでは宝石が微かに発光していた。
「魔力を流し込んだことで宝石が魔法石になりました。これを素材と合成することで、魔道具が作られます」
「とても綺麗。この宝石には魔力が入っているのよね? 触ってみたいわ」
「どうぞ」
宝石の美しさに加え、魔力が入った魔法石はより魅力的に感じる。
「姫さまに差し上げます」
「えっ、いいの?」
「元々は姫さまのものですから」
ローレンは宝石のように目を輝かせる。
「魔法石は魔法使いにしか扱えませんので、姫さまにとってはただの宝石にすぎませんからご安心を。魔法が暴発するといったこともございません」
「じゃあ……魔法使いが使ったらどうなるの?」
バルドはすっと口元を押さえる。
「仮に私がネックレスにしたとして、魔法使いがこれを媒介に魔法を使うことはできるの?」
「でき、ます。できると思います」
バルドの顔色がみるみる悪くなっていく。
「これは返しておいたほうがよさそうね」
用心しておくに越したことはない。
「申し訳ありません。そこまで考えが至らず、姫さまの身を危険にさらしてしまうところでした」
「そうかしこまらないでちょうだい。あくまで可能性の一つで、それをする魔法使いがいるとは限らないのだから」
それより、とローレンは視線を右往左往させ、やがて意を決してバルドの灰色の目をまっすぐに見つめた。
「王城に留まらないことは残念だけれど、またこうして会ってくれるかしら?」
「もちろんです」
バルドの笑みにほっとする。
「姫さまが魔道具に興味をお持ちになられ、再び俺が呼ばれるとなれば貴族たちも関心を持つかもしれませんから。姫さまの掲げる魔法使いへの支援の一環にぴったりですね」
さすがは姫さまです、と褒めるバルドの言葉になにかが引っかかる。それでもそれをわざわざ指摘する気にはなれなくて。
――そんなつもりじゃなかったのだけど……。
この引っかかりがなんなのか、ついぞローレンがわかることはなかった。




