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十七話 切り捨てさせてあげる

「……はあ!?」


 遅れて、壮年騎士が顔を歪めた。


 視界の端に、厨房から戻ってくる騎士たちが映る。


「姫さま、副団長。厨房の窓のすぐ下、こちらが捨てられていました」


 布巾に包まれていたものは、誰がどう見ても二つに割れた桃である。


 副団長が重いため息をついた。


「厨房を歩くふりをして桃を盗み、もう一方がメイドの気を引いているうちにナイフに果汁をつけたのだな」

「そ、そうです!」


 少年騎士が「なぜわかるのか」とでも言いたげに目を見開き、肯定する。


 そこからは、泥沼と言ってもいいほど場が混乱した。ぎゃあぎゃあと騒ぐ壮年騎士はアレクシスへの妬みを口にしながらも、俄然、少年騎士へ罪をなすりつけようとしていた。


 往生際の悪さ、大人げのなさにめまいがした。


「姫さま、あとはこちらで処理いたします」

「お願いするわ」


 ローレンは額を押さえる。


「姫様に敬意を」


 騎士団に背を向け、救護室へと急ぐ。道中、ぱっと枠が表示された。


『追加クエスト【犯人を追いつめろ!】 クリア(報酬・騎士団の忠誠)』


 ――こんなことで忠誠を得て、どうしろっていうの?


 つきりと頭痛がした。


「アレクシスはどう?」


 救護室に入り、宮廷医師に尋ねる。


 ベッドの上には穏やかな呼吸で眠るアレクシスが横になっていた。その横顔にほっと息をつく。


「薬が効いてきたようで、落ち着いています。姫さまの迅速さのおかげでしょう」


 アレクシスの顔はじんましんが出て赤らんでいる。きっと服の下も同じようになっているだろう。


「ぅ……けほっ」

「失礼します」


 宮廷医師は意識が戻ってきたアレクシスの脈をとり、汗を拭いた。


「水を変えてまいります」

「アレクシスは私が看ているわ」


 桶を抱え、足早に出ていく背中を見送る。


「姫さま?」

「そうよ」

「どうして、姫さまが……?」

「そんなの、心配だったからに決まっているじゃない」


 ハートが点滅し、「六十七」に変化する。そういえば、先ほどもちかちかと光っていたが、確認する暇もなかった。


「申し訳ありません」

「どうして謝るの?」

「お見苦しい姿を見せてしまいました、ので」


 体を起こそうとするアレクシスを止め、ローレンはため息をつく。


「あなたは死にかけたの。被害者よ。明確な悪意を持って、あなたに桃を与えたものがいる。それを理解しているの?」


 アレクシスは曖昧な笑みを浮かべた。


 ――わからないわけがないでしょうね。


 以前にもアレクシスに桃を食べさせたものがいた。まだ幼く、アレルギーを理解できていなかったアレクシスは食べてしまった。犯人は「知らなかった」の一点張りだったが、のちの尋問で故意的であったと白状したと聞いている。


「ところで、ジェシカはどこに行ったの?」

「ジェシーならドレスを選びに行きましたよ」


 アレクシスよりも建国祭のドレス選びとは。侯爵令嬢であるジェシカにとって、王室のデザイナーにドレスを作ってもらえる機会などないに等しい。


「ですから、姫さまも僕のことは気にせずお戻りください」

「どうしてそんなこと言うの?」

「この顔はとても見ていられないでしょう」


 アレクシスは自分の頬にそっと指先で触れた。


 ――ジェシカがなにか余計なことを言ったのね。


「アレクシスはアレクシスよ」

「ジェシーは素直で、純粋な子なのです。どうか悪く思わないでやってください」


 力ない笑顔に胸が苦しくなる。


 ――アレクシスは、ジェシカを切り捨てられない。


 ローレンが王位を手にできなかったら、確実に殺される。


 唯一の王族。王家の血筋。新たに君臨する王にとって、ローレンほどは邪魔な存在はいない。なにか、過去とは決定的に違うシナリオを描かなければ、最終的な未来は変わらないだろう。


 ――だったら私が、切り捨てさせてあげる。


「でも……アレクシスはこんなに苦しんでいるのよ? ドレスを選ぶのだって、日をずらすこともできたはずなのに」


 自分は母の――先代女王の娘なのだとつくづく実感する。


「姫さま」


 ローレンはベッドの縁に浅く腰かけた。身を固くするアレクシスの手を掴み、するりと撫でる。


「い、今の僕に触れられては……」


 こうして容姿から所作まで利用し、他者を魅了する才を受け継いだのだから。


「今じゃなかったら、いいの?」

「っ」


 アレクシスは顔を赤くし、目を回す。


「水をお持ちしました」


 がちゃりと扉の開く音がした。


「汗を拭きましょう」


 宮廷医師が戻ってきて、アレクシスは飛び起きるようにして上半身を起こした。


「お、お願いします」


 僅かに声が上ずっていた。


「それじゃあ、私は退室するわね」


 最後にアレクシスに微笑んで、宮廷医師に労いの言葉をかけ、救護室を出る。


「――」


 廊下にはこつこつと足音だけが響いていた。


 ――アレクシスはジェシカのことが好きなのだとずっと思っていた。


 だが、心のどこかではそうなのではないかと考えなかったかと言ったら嘘になる。


「私のことが、好きなのね」


 ちかちかと点滅し続けるアレクシスのハートを見て、ローレンは確信を得た。


 一度目の【思い出のお出かけ】で好感度が下がったのは、アレクシスの騎士道を否定したからではない。


 ――バルドやオーレリアンを優先することによって、アレクシスを蔑ろにしてしまったから。


 今はまだ王選が始まったばかりで、貴族たちもよほどの利害関係がない限り様子を窺っている段階だが、徐々に派閥はわかれていく。


 そうなったとき、アレクシスがローレン・ルフェーブルに好意的だったなら、周囲にはどう映るだろうか。


 ジラール家は代々、騎士の家系。王室騎士団に所属するアレクシスがローレンを慕っていれば、「アレクシスは王ではなく、騎士になることを望んでいる」と、捉えるものがいるかもしれない。


 ――アレクシスの判断を鈍らせるのよ。


 なにかを選ばなければならない状況に陥ったとき、ローレンが選択肢に入るように。


 ――絶対に生き残る。そして、王になる。


 たとえ選ばれなくとも、正常な判断を下すのに時間を要するようにさせるために。


「――私はアレクシスを、攻略する」


『突発クエスト【加速した逆恨み】 クリア(報酬・アレクシスの好感度プラス三%)』


 だから、ロードはしない。アレクシスの苦しい思いをなかったことにしてあげられるけれど、過去には戻らない。


「オープン、セーブ」


『セーブしますか? はい・いいえ』


 今はこの三%も、惜しいのだから。


 ローレンは静かに、迷うことなく『はい』を選択した。

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