十五話 加速した逆恨み
きんきんと金属がぶつかる甲高い音と複数の野太い声が訓練場のほうからこだましてきていた。
騎士たちは試合形式で訓練を行っているようだ。剣を構える二人を大勢が囲み、ヤジを飛ばしている。
――アレクシスに会いにきていたのね。
集団から少し離れた位置に日傘をさした令嬢――ジェシカがいた。
「それでは、始め!」
審判役の騎士が叫ぶ。
銀色の鎧を着て、兜をかぶった騎士たちは同時に動き出した。
「試合は真剣で戦うのね。あの小柄な騎士、とても強いわ」
体格差をもろともせず、機動力を生かして果敢に挑んでいる。力は負けているのに不思議と小柄な騎士が押していた。
「頑張ってー!」
ジェシカが黄色い声を飛ばす。
――もしかして。
一瞬、気を取られている間に試合は終わっていた。
くるくると宙を舞っていた真剣がしりもちをついた騎士の傍らに落ちる。小柄な騎士が仮面を外し、大きく息を吸った。
「勝負あり! 勝者、アレクシス!」
アレクシスは今しがた負かした騎士に手を伸ばし、起きたところを互いに称え合う。
囲んでいた騎士たちが雄叫びを上げ、アレクシスに飛びついた。
「すげぇぞ!」
「強くなったなー、アレク!」
「まだまだ粗はあるが、前とは動きが段違いだ」
「ありがとうございます。先輩方の教えを胸に、精進してまいります」
王選が開始されようと、騎士団の雰囲気は変わらないようだ。
次の試合を準備するため、集団が散らばり始めたとき、ジェシカがたたっとアレクシスに駆け寄った。
「姫さま!」
だが、アレクシスはそれよりも先にローレンの存在が目に入ったようだ。
「姫様にご挨拶を申し上げます」
「邪魔してしまったかしら?」
「まさか。このような場所で姫さまのお目にかかれて光栄です」
「総員、集合!」
遅れてローレンに気づいた指揮官が集合をかける。挨拶に応じると、指揮官を残して騎士たちは散会していった。もちろん、名残惜しそうな顔をするアレクシスも同様だ。
「しばらく見学していても大丈夫かしら?」
「もちろんでございます。ですが、あまり近づかれると危険ですので、距離を保つようにお願いいたします」
「わきまえているから大丈夫よ。ここから先には行かないから、安心してちょうだい」
にこりと笑うと指揮官は瞑目し、礼をした。
視界の端にジェシカがこちらを見ている姿が窺える。距離があるため詳細にはわからないが、睨んでいることだろう。
「アレクシス?」
「副団長に休憩をいただきました」
指揮官を務めていた騎士が副団長らしい。
鎧を脱いだアレクシスは集団から抜け、ローレンの前に立った。頭上でちかちかするハートが気にかかる。
「訓練場まで来てみたら、たまたまアレクシスが試合を行っているところだったの。大人に勝つなんて、アレクシスは強いのね」
「先輩方のご指導の賜物です」
少しだけ声を高くしたアレクシスは誇らしそうに笑む。
「姫さまはどうしてこちらに?」
「アレクさま、姫さま、ごきげんよう」
日傘を傾け、ジェシカが割って入った。
「姫様がいらっしゃるとは思わず、ご挨拶が遅れてしまいましたわ」
「あれだけ騎士たちの傍にいたら、私に気づかなくて当然よ」
試合が始まったようで、白熱する騎士の声が届く。
「私は建国祭の衣装を選び終わったから、散歩をして体を動かそうと思ったのよ。そしたら楽しそうな声が聞こえてきたから、訓練場に寄ってみたの」
ジェシカを目線から外し、先ほどのアレクシスの問いに答える。
「さすがは王室騎士団ですわ。アレクさまはとても強くて、私の応援が届いたようで嬉しいです」
兜に遮られ、ヤジにかき消されて声なんて聞こえるわけがない。そんなこと本人もわかっているだろうに、アレクシスが否定しないのをいいことに堂々としている。
『突発クエスト【加速した逆恨み】が解放されます。受注しますか? はい・いいえ』
目の前に枠が表示され、ローレンは急いで文章を読み込む。
――逆恨み? ジェシカがなにか企んでいる?
拒否する理由もなく、自動的に受注されるのを静観する。
「姫さまはいつまでいらっしゃいますか?」
「特に決めていないわ。でも、あまり長居しても邪魔になってしまうから……」
「姫さまを邪魔などだというものがおれば、僕が斬り伏せますからご安心ください」
――はい?
物騒な言葉が聞こえたが、アレクシスは生き生きとしている。
「みんなー! おやつ持ってきましたよー!」
訓練場から明るい声が響いた。
「お、珍しいな!」
「だめもとで聞いてみたら、果物を持たせてくれたのですよね」
試合そっちのけで騎士たちが籠いっぱいの果物を囲んだ。
「姫さまとジェシーもいかがですか?」
「せっかくならいただこうかしら」
「ジェシーもいただきます!」
休憩ということで誰も武器を構えていない。今なら訓練場に足を踏み入れても注意されることはないだろう。
「姫さまの手前、丸かじりするわけにも……」
「剣で切っちまうか?」
「厨房でちゃんとナイフを借りてきましたから! ぼ、ぼくがやります、やらせてください!ね、先輩」
アレクシスと同い年くらいの少年がぴっとナイフを持った。
「んじゃ、じゃんじゃん切りわけてくれ!」
「わっ、先輩! 私は刃物を持っていて危ないのですから、背中を叩かないでください!」
果物をもらいにいった二人は年齢差があるにも関わらず、かなり仲がいいようだ。
「ではまず、ひ、ひめっ、姫さま、と……サンチェス令嬢、どうぞ」
少年の差し出す手が震えていた。緊張しているのか怯えているのか、伏せった顔からは表情を読み取ることができない。
「かなり種類が豊富だけど、厨房のメイドたちがくれたの?」
「はい。厨房を取り仕切るメイド長からいただきました。本日は試合を行っていると話したところ、それは快く」
「そう。教えてくれてありがとう」
ローレンは籠の中を一瞥する。
――メイド長が選んだのなら、大丈夫ね。
「わあ、ありがとう。ジェシー、目の前で切ってもらうなんて初めて!」
ジェシカはブロンドの髪を揺らす。
「アレクさまもどうぞ……」
少年はずいっと切りわけたりんごを差し出した。
「いえ。念のため遠慮しておきます。気遣いだけいただきます」
――桃を警戒しているのね。
桃がないことは確認済みだが、アレクシスとしては避けたいところだろう。
「で、ですが……せっかくメイド長が持たせてくれたのですから」
「そうですよ、アレクさま。こんなにおいしそうなのに、食べないなんてもったいないですわ。ジェシーのをわけてあげますから、一口だけでも」
アレクシスは目を彷徨わせる。
「ジェシカ、無理に食べさせるものではないわ。アレクシスも、いやならいやとはっきり言いなさい」
「そんな……ジェシーは無理に食べさせようだなんて。姫さま、誤解です!」
ジェシカはしゅんとし、目じりを下げた。
「アレクシスにとっては命に関わることよ」
「姫さま、僕は大丈夫ですから。僕のために怒らないでください。姫さまは笑顔が一番素敵なのですから」
アレクシスは一礼すると、ジェシカの前に躍り出た。
「ジェシーの気遣いを無碍にはできませんから、いただきます。見たところ、桃はありませんから」
「はい、あーん」
ジェシカが勝ち誇ったような顔をして、こちらを見た。
――呆れた。アレクシスもアレクシスよ。ジェシカに甘いんだから!
ローレンはしゃくしゃくとりんごを咀嚼しながら、その光景を見守った。
――このりんご、なんか。
「ひゅ」
なにか疑問を抱きつつ、ごくん、と飲みこんだ瞬間、ローレンは自分の甘さを恨んだ。
苦しそうな、掠れた呼吸音。膝をつき、ぶるぶると体を震わせたのは、紛れもなくアレクシスだった。




