十三話 好感度の鍵
持ち込んだ宝石を鑑定している間、ローレンとアレクシスは街を見物することにした。
「失礼を承知で伺いますが、苦労されていることはございませんか?」
「え?」
いきなりなにを言い出すのかと不審に感じたが、ローレンは先ほどの視線が脳裏をよぎった。
――もしかして、宝石を売らなければならないほど困窮していると思われている?
いや、アレクシスからしてみればそう考えるのが妥当かもしれない。身分を隠し、遣いも出さないとなれば周りに知られたくないと考えている、そう至ったのだろう。
「不便はないわ。だからアレクがなにを心配しているのかわからないのだけど……」
「不愉快な気持ちにさせてしまったなら申し訳ありません」
「きっと、アレクの勘違いよ。罪人の娘だというのに、王城に勤める方たちは驚くほど態度が変わらないもの」
「ひめ……レンさまが受けてきた仕打ちや、それにも関わらず周囲を慈しむお心を、我々は知っていますから」
だったら助けてくれてもよかったのに。そう思ってしまうのは傲慢だろうか。
「アレクは覚えている? 建国祭の日、二人でこっそり抜け出してきたこと」
「もちろん。忘れるはずがありません」
アレクは顔を上げ、遠くのほうを見た。
「王城から抜け出す手伝いを頼まれたときは驚きました。けれどレンさまの笑顔を見ることができ、僕を選んでいただけたことも幸せでした」
「今年は建国祭が開かれるわ」
「そうなのですか?」
「ええ。暴君からの解放、王選の開始を祝し、三日ほどの期間で開催するとマシュー卿が言っていたわ」
ローレンは唇の前に人差し指を立てた。
「公表されるまで、秘密にしてね」
「はい、姫さま。二人だけの秘密ですね」
アレクシスは嬉しそうに微笑み、頷いた。
「となると、建国祭の時期はもう間もなくですね」
来た、とローレンは身構えてしまう。
「今年こそ、僕と一緒に見物へ行きませんか?」
「――」
「レンさまもご多忙であることは承知していますので、予定が空いておりましたら検討してくださると嬉しいです。ですから、今すぐに返事はいただきません」
過去と同じようなやりとりをして、二人は宝石商へと戻った。
預けた宝石は五つ。提示された額は金貨六十枚弱だ。
――好感度の鍵は金貨五十枚だったから、充分ね。
子どもだからと足元を見られている可能性もあるかもしれないが、まさか王都に構える店がそんなことはしないだろうとローレンは首を縦に振った。
「ありがとうございました」
戸惑いが吹っ切れた女性店員の明るい声に背中を押され、二人は退店する。
――そろそろ、魔道具の店の前で騒ぎが起きている頃合いかしら。
「次はどちらへ向かわれますか?」
「せっかくなら広場へ行ってみない?」
「いいですね」
広場こそ建国祭の中心であり、ローレンとアレクシスが警備隊に見つかってしまった思い出の場所だ。
中央の大きな噴水の周りにはベンチが置かれ、普段は人々の憩いの場にもなっている。
「こちらへ」
アレクシスはベンチにハンカチを敷いてくれた。ローブを着ているからいいのにと思うが、心遣いをありがたく受け取る。
「四年前のことなのに、遠い昔のように感じられます」
「アレクは怒られてしまったんじゃない?」
「父には殴り倒されました」
アレクシスはぶたれたであろう左頬をさすった。
「ですが、レンさまの楽しそうな姿を拝見できましたから。お釣りがくるくらいです」
「そんなわけないじゃない」
笑顔で言うアレクシスに呆れて笑ってしまう。
「アレクは……」
言いかけて、ローレンは飲み込んだ。
「なんでしょうか?」
「いえ、やっぱりなんでもないわ。忘れてちょうだい」
さあ、と風が吹き、ぱたぱたとフードが揺れた。視界が狭いせいで、隣に座るアレクシスの表情はよく見えない。
穏やかな沈黙が続き、二人は言葉を交わすことなく風に揺られた。
「喉が渇いてしまったわ。飲み物を買ってきてくれない?」
「なにかありましたらすぐに叫んでください」
金貨を一枚渡し、アレクシスに席を外させる。
「オープン」
ローレンは自分にも聞こえないほどの声量で呟く。
「ショップ」
触れることのできなかったアイテムが選択できるようになっていた。
試しにアレクシスの好感度の鍵を長押ししてみると、説明文が表示された。
『【アレクシスの好感度の鍵】 アレクシスの好感度を確認するためのアイテム。使用すれば永続的に表示される。好感度が低いとトラブルが起きやすくなるよ! 好印象を与えよう!』
バルドやジェシカのも確認するが、名前が変更されるだけで違いはないようだった。
――アレクシスか、バルドか。
ローレンは屋台で飲み物を受け取っているアレクシスを見やり、急いでアイテムに触れた。
『【アレクシスの好感度の鍵】を購入しますか? はい・いいえ』
『はい』を選択し、「アイテム」と唱える。
『【アレクシスの好感度の鍵】を使用しますか? はい・いいえ』
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
ローレンは戻ってきたアレクシスからジュースの入ったコップを受け取る。
『はい』の選択はなんとか間に合ったようだ。アレクシスの頭上にあった灰色のハートは、鮮やかなピンク色に様変わりし、「六十一」と書かれていた。
――上限はいくつ? 百と仮定したら、いい印象を持たれているようね。
「容器は飲み終わったら返却するようです」
「わかったわ。アレクシスはよかったの?」
「はい」
「まだ口をつけていないから、飲んでも大丈夫よ?」
すっとコップを差し出すと、アレクシスはきょとんとしたあとに顔を赤らめた。
「ぼ、僕がいただいたら、姫さまは僕が口をつけたものを飲むことになるではありませんか……っ」
指摘され、はっとする。つられてこちらまで顔が熱くなってしまう。
「き、聞かなかったことにしてちょうだい」
「はい、なにも聞いておりません」
それに、とアレクシスは言葉を続けた。
「そのジュースには桃の果汁が入っていますから、僕は飲めません」
「桃を使っているのに買ってきたの!? 体調は悪くない? 大丈夫なの?」
「触れておりませんし、口にもしてないですから。そう心配なさらずとも大丈夫ですよ」
アレクシスの頭上がちかちかと点滅し、「六十一」が「六十二」へと変化した。
――ストーリーの報酬やペナルティでなくとも、好感度は変動するの?
だとしたら、ロードして正解だったのではないかと思える。とはいえこうして目に見えるだけで安心できるなんて、少し複雑な気分だ。
ローレンはジュースを喉に流し込み、早々にコップを返却した。
「今日は付き合ってくれてありがとう。とても助かったわ」
「もうよろしいのですか?」
「ひとまず目的は達成したから、今日はもう大丈夫よ。あまり長い時間出ていると、マシュー卿も気が気ではないでしょうから」
ナタンももう若くないのだから、これ以上の心労はかけたくない。
「帰りましょう」
馬車に揺られている間、ローレンこそ気が気ではなかった。早く王城へ着かないかとそわそわする心を抑え、アレクシスとの雑談に花を咲かせる。
『【アレクシス】ストーリー【思い出のお出かけ】 クリア(報酬・アレクシスの好感度プラス一%)』
そうして、表示された枠にローレンはほっと胸を撫で下ろすこととなった。




