十一話 ペナルティ
二十代後半くらいの、見た目を含めて柄の悪そうな大人の男性だ。
頭頂部でまとめられた鶯色の髪は細い三つ編みにされ、背中でゆらゆらと揺れている。腕まくりした黒いシャツからは細身ながらも筋肉質な腕が伸び、言い争っていたであろう男の首根っこをがっしりと掴んでいた。
「近づかないでください」
すかさずアレクシスが庇うように立ち、腰の帯剣に手をかけた。
「悪者は俺ですか、そうですか」
拗ねたような口調をした男性はため息をつき、レモン色の目をローレンたちの背後へ向けた。
「オーレリアンさん! 加減してくださいって俺の声、聞こえていらっしゃいましたよね? 返事もしていたではありませんか」
「あー、まあ……つい、ね。熱が入っちゃって」
「熱が入るのは構いませんが、ほかの方に迷惑をかけないでと何度も申し上げたはずです。片付けはしっかり行い、破壊したものは必ず弁償してくださいね。ほら、ベストも持ってきましたから」
聞き覚えがあるような気がし、ローレンは振り返る。
「バ、バルド……?」
「え? あ……え、姫さま!?」
白銀の髪、透き通った灰色の目の持ち主は間違いなく魔法使いのバルドである。
「ど、どうしてここにおられ……」
「俺が巻き込んじゃったから、騎士さまのほうは怪我もしてる。俺はこいつを警備隊に引き渡してくるから、お前はその間に手当でもしてやりな。ベストはありがとう」
オーレリアンはバルドから奪うようにして受け取った灰色のベストを肩にかける。
「ちょっと……っ」
バルドが引き止めようとした瞬間、強めの風が吹いた。かろうじて開けていられる目に、散乱した看板や家具、植木鉢などが宙を舞い、元の場所へと戻っていく光景が映る。
――やっぱり、オーレリアンと呼ばれたあの人も魔法使いなのね。じゃあ、バルドが言っていた『懇意にしてくれた魔法使い』もあの人のこと?
風が治まり、ローレンはバルドに歩み寄る。
「レンさま」
「いくら私を守ろうという気概があれど、先ほどの言動はよくないわ。あの人が戻ってきたら謝りましょう。バルド、アレクの手当てをお願いしたいわ。頭を打っているの」
アレクシスはなにか言いたげだが、聞くことはしなかった。
「オーレリアンさんもそうおっしゃっておられましたし、姫さまの願いとあらば断わる理由はございません。こちらへどうぞ」
にこやかに対応してくれるバルドにローレンはほっとする。
「お店と言っていたけれど、見たことないものばかりね」
「ここで売られている代物は魔道具です。たくさんの魔法使いによって作られたものですから、よろしければ帰りにでもご覧になっていってください」
「バルドも働いているの?」
「お手伝いみたいなものですが、働かせていただいております」
『閉店』の札を下げ、バルドに店の奥へと案内される。応接室のようだ。
「この部屋は招待したものしか入ってこられませんので、身分は隠さなくても大丈夫ですよ」
バルドは棚の上に置かれている救急箱を背伸びしてとった。
拒否するかもしれないと懸念していたが、アレクシスは大人しく手当されていた。
「小石が当たっただけです。包帯まで巻かなくともいいのではないでしょうか」
「いえいえ。この世に見くびっていい傷などありませんよ」
バルドはにこりと笑う。
「こんなところでバルドに会えるとは思っていなかったわ。元気そうでなによりよ」
「姫さまのおかげです。お連れの方にはなんとお詫び申し上げればよいか」
「僕の不徳の致すところですから、お気になさらないでください」
そのとき、がちゃりと扉が鳴った。
「おかえりなさい。頭は冷えましたか?」
「すっかりな」
けだるそうというべきか、低めの重たそうな声が部屋に入ってきた。
「先ほどは無礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。いかなる叱責もお受けいたします」
さっとアレクシスが立ち上がり、頭を下げる。
「硬ぇよ。あ、いや……俺も怪我をさせてしまいましたから、痛みわけとしましょう」
「寛大なお心に感謝申し上げます」
「だから硬いですって。俺なんかにそう下手に出る必要もないでしょうに」
オーレリアンは灰色のベストをかっちりと着こなしていた。初対面と今とでは、印象がかなり異なる。
「あなたが姫さまですか」
「ローレンよ。バルドがお世話になったと聞いたわ」
「オーレリアン・リロイと申します。呼び方はご自由に。姫さまこそアルの恩人だと聞いています。救い出してくださり、ありがとうございました」
「アル……?」
ローレンは眉をひそめ、バルドを見る。バルドは頬を引きつらせた。
「なんだ、アルって名乗ったんじゃないのか?」
「偽名だったの?」
オーレリアンとローレン、ついでにアレクシスから訝しげな視線を注がれ、バルドは「う」と小さく呻き声を漏らした。
「アルもバルドも、本名からとったものです。故意に騙そうとしたわけではありません」
「あー……世界には名前だけでその人を掌握する魔法もあるから、なるべく本名を名乗るなと教えてたんです」
「じゃあ、混乱を招かないためにも統一しておけばよかったのでは……?」
こればかりはアレクシスに同意する。呼び名を増やせばそれだけ本名の全貌がわかってしまうではないか。
「特に姫さまは……咄嗟でしたので、ええ、はい。姫さまはわかってくださいますよね?」
「バルドの事情は汲み取れるから大丈夫よ。あなたとは話したいことがたくさんあるのだけれど……今日はもう日を改めて、手紙を送ってもいいかしら? 私は頻繁に王城を出ることができないの」
「そういうことなら、店宛てに届けてくれたら俺がアルに渡しますよ」
な、とオーレリアンはぱちりとウインクをした。
「また勝手に……でも、俺も姫さまと話さねばならないことがあるのは承知しております」
「ありがとう。もしかしたら、オーレリアンも招待するかもしれないわ」
「それはまた嬉しいお誘いで。楽しみにしていますね」
別れを告げ、ローレンとアレクシスは店を出る。
「ごめんね、アレク」
「どうして姫さまが謝られるのですか?」
「怪我をさせてしまったうえに、あなたの気持ちを無視してしまったと思って」
アレクシスは黙り込む。
「騎士として当然のことをしただけなのに、私の言動のほうがよっぽどよくなかったって、思い直したのよ」
「窃盗未遂犯とオーレリアン殿の会話からして、オーレリアン殿が悪い人ではないとすぐに判断できなかった僕の失態です」
本当ならこのあと、学校を建てるための建物や場所を探そうと考えていたが、そんな気分にはなれず馬車へ戻ることにした。
行きはあんなにもどきどきしていたはずなのに、あの一件ですっかり重い空気になってしまった。
「足元にお気をつけください」
微妙な空気が解消されることなく王城に着き、けれどアレクシスのエスコートを受けて馬車を降りようとしたローレンは、零れ落ちそうになった息をなんとか飲み込んだ。
『【アレクシス】ストーリー【思い出のお出かけ】 失敗(ペナルティ・アレクシスの好感度マイナス一%)』




