前世の記憶を持つ悪役令嬢は、今世では悪役にならない
物語は、エレオノーラ・ファーネルの17歳の誕生日の夜に始まる。祝宴の喧騒から離れ、ベッドに横たわったエレオノーラの意識は、静かに夢の世界へと沈んでいく。
夢の中で、エレオノーラは前世の記憶を取り戻す。そこは、彼女が熱中した乙女ゲーム「真実の愛の物語」の世界だった。ゲームでエレオノーラは、悪役令嬢エレナ・フォンティーヌとして登場する。主人公の婚約者を奪おうとするエレナ。前世のエレオノーラは、その悪役ルートを選び、破滅するバッドエンドを迎えていた。
「あなたには私の気持ちが分からないでしょう。だって、私はあなたを心から愛しているのに、あなたは私を道具としてしか見ていない。」
エレナは涙を流しながら、婚約者のエドガーに訴えた。しかし、エドガーは冷たく笑うだけだった。
「愛だと? お前は、ただの道具だ。俺の目的を達成するための、哀れな駒に過ぎない。」
残酷な言葉を残して、エドガーはエレナを置き去りにした。絶望と孤独に打ちひしがれるエレナ。その心は、永遠の闇に閉ざされていった。
目覚めたエレオノーラは、混乱と恐怖に襲われる。前世の記憶は、あまりにも生々しく、リアルだった。
「いったいこれは何なの? 私は本当にエレナなの?」
だが、彼女はすぐに気づく。前世のゲームと酷似した状況に、自分が置かれていることに。
婚約者であるエドガー王子、親友のリリアーナ、ライバルとなるマリア。ゲームのキャラクターたちが、現実に存在している。エレオノーラは、前世の悲劇を繰り返す運命にあるのだろうか。
「ゲームと同じ状況だわ。このままだと、私は悲惨な最期を迎えることになる。」
だがエレオノーラは、そのような結末を望んでいない。前世の教訓を生かし、今度こそ幸せな人生を歩みたいと願っている。
「いいえ、違う。私は、あの結末を変えるわ。」
エレオノーラは心に誓う。今世では、悪役令嬢にはならない。だが、真の悪に立ち向かうためには、自ら悪役を演じる必要があると悟る。
「前世で私がエドガーに固執したことが、破滅への道を歩む原因だった...。」
エレオノーラは、前世の過ちを振り返る。
「だから今世では、エドガーに恋する振りはしない。悪役令嬢を演じ、エドガーを遠ざけるの。」
彼女は、悲しげに微笑んだ。
「そうすれば、周囲の警戒心も解けるはず。私の真の目的を隠しつつ、悪事を暴く自由な行動が取れる。」
苦渋の決断だったが、エレオノーラは覚悟を決めた。
こうしてエレオノーラは、「悪役令嬢」を演じることを決意する。高飛車な態度、辛辣な言葉。それは、彼女の仮面だった。その仮面の下で、エレオノーラは王国の闇に斬り込んでいく。
腐敗した大臣たちの不正を暴き、弱者を搾取する貴族を糾弾する。
あるとき、エレオノーラは悪徳貴族の屋敷に忍び込んだ。そこで目にしたのは、酷使された使用人たちの惨めな姿だった。
「なんてことを...。こんな非道な仕打ちが、まかり通っていたなんて。」
エレオノーラは憤怒に震えた。その夜、彼女は貴族の犯した数々の悪事の証拠を持ち出した。
そして、街の広場で、エレオノーラは貴族の罪を告発した。
「この者は、自分の使用人を奴隷同然に扱い、非人道的な仕打ちを行っています。私が潜入調査で得た、この記録をご覧ください。」
人々はその残酷な内容に騒然となった。貴族は、その場で連行されていった。
民衆の苦しみに寄り添い、助けの手を差し伸べる。
酷い旱魃に見舞われた村を訪れたエレオノーラは、飢えに苦しむ人々の姿を目の当たりにする。
「私の持てる限りの食料を、この人たちに分けて差し上げて。」
家臣たちを驚かせる命令だった。エレオノーラ自身も、人々と同じものを食べ、寝床を共にした。
「エレオノーラ様、あなた様のおかげで、私たちは助かりました。」
村人たちは、涙を流して感謝した。エレオノーラもまた、彼らと喜びを分かち合った。
エレオノーラの行動は、次第に人々の支持を集めていく。
「見たことか。あの悪役令嬢が、民のために戦っている。」
「噂じゃ、悪党たちの不正を次々と暴いているそうだ。」
「まるで、正義の味方だな。」
人々は、エレオノーラを「正義の悪役令嬢」と呼ぶようになっていた。
親友のリリアーナは、エレオノーラの変化を心配する。だが、前世のゲームを知る彼女は、その真意を理解しようと努める。
ある日、リリアーナはエレオノーラを庭園に呼び出した。
「ねえ、エレオノーラ。あなた、何か隠しごとをしているでしょう?」
リリアーナの真剣な眼差しに、エレオノーラは言葉を失った。
「隠しごとなんて...何のことかしら...。」
「とぼけないで。あなたのことは、私にも分かるのよ。」
リリアーナに詰め寄られ、エレオノーラは観念した。
「実は...私、前世のことを知っているの。」
「前世? どういうこと?」
エレオノーラは、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを告白した。
「私も、ゲームのことを知っているわ。」
リリアーナの言葉に、エレオノーラは愕然とする。
「あなたも転生者だったの?」
「ええ。だから、あなたの行動の意味が分かるのよ。」
二人は、互いの秘密を共有することとなった。
「私、あなたと一緒にこの世界を良くしていきたいの。」
「ええ、リリアーナ。私たちなら、きっとできる。」
固い握手を交わし、二人はこの世界を変える決意を新たにした。
一方、王都では暗雲が漂い始めていた。ゲームのヒロイン・マリアが、その野心を露わにし始めたのだ。
「この国を、私の思い通りに動かしてみせる。」
マリアは表向きは完璧な聖女を演じていた。だが、その裏では重税を課し、反対派を陰湿に脅迫していた。
そんなある日、エレオノーラは衝撃の事実を知る。
彼女が暴いた大臣たちの不正の裏には、マリアの存在があったのだ。
「あの大臣たちは、皆マリア様の手先だったんです。」
情報をもたらした密偵を前に、エレオノーラは愕然とした。
世間を騒がせた不正事件。その黒幕こそ、マリアだったのだ。
宰相ジークフリートと手を組み、マリアは国家の支配を企てる。
「あの悪役令嬢が邪魔だわ。私の計画の障害となっている。」
「では、彼女を失脚させればよい。汚職の罪を着せるのです。」
マリアとジークフリートは、エレオノーラへの陰謀を企てる。
「エレオノーラ令嬢が、外国と通じて国家機密を売り渡していた。」
「令嬢に協力した商人から、多額の賄賂を受け取っていたそうだ。」
偽の証拠を捏造し、エレオノーラが不正に関わっているとのデマを流す。疑惑の目を向けられ、民衆の信頼を失うエレオノーラ。彼女は、窮地に追い込まれていく。
「前世なら、これが私の最期だった。でも、今は違う。」
エレオノーラは、一人で戦うつもりはない。真実を知る仲間たちと共に、反撃を開始する。
エドガー王子は、エレオノーラへの愛を自覚し、彼女を全面的に支援する。
「俺は独自に調査をした。エレオノーラに不正の証拠はない。全て、でっち上げだ。」
王子の力で、エレオノーラへの疑惑は晴れていく。
リリアーナは、政治の表舞台に立ち、エレオノーラの潔白を訴える。
「エレオノーラ様は、正義のために戦ってきました。この方が不正を働くはずがない。」
リリアーナの演説に、人々は大きく頷いた。
志を同じくする貴族たちも、次々とエレオノーラの味方につく。
「私はエレオノーラ様を信じます。彼女は、真に正義を為す方です。」
「汚職の証拠は捏造されたもの。マリア様の陰謀に違いありません。」
民衆もまた、エレオノーラを信じ続ける。彼女が、自分たちのために戦ってくれたことを知っているのだ。
マリアとジークフリートの不正は、やがて白日の下に晒される。
潜入調査を続けていたエレオノーラの協力者が、二人の犯罪の決定的証拠を掴んだのだ。
「マリア様が、税金を横領していた!」
「宰相が、反対派を不当に投獄していたぞ!」
次々と明るみに出る二人の悪事の数々。怒れる民衆は、マリアへの支持を完全に失っていた。
「私たちは、あなたについていきません。エレオノーラ様こそが、真の支配者です。」
追い詰められたマリアは、エレオノーラとの直接対決を選ぶ。
「私が聖女である証拠を見せてやる。エレオノーラ、あなたを討伐して、私の正当性を証明するわ。」
マリアは自らの力を過信していた。聖女の力があれば、エレオノーラに勝てると考えたのだ。
最後の決戦の舞台は、王都の大聖堂。そこで、二人の運命が交差する。
激しい戦いの中、エレオノーラは前世の記憶と向き合う。ゲームでは為す術もなく敗北した、あの決戦。だが今は違う。仲間がいる。民衆が支えてくれる。何より、エレオノーラ自身が変わったのだ。
「私は悪役令嬢エレナではない。自分の信念を持ったエレオノーラよ!」
剣を構えるエレオノーラ。マリアは、その雄々しい姿に動揺を隠せない。
「な、なんで...。あなたは悪役のはず...。私のほうが正義のために戦っているのに...。」
「正義? 笑わせないで。あなたのやっていることは、私利私欲のための犯罪よ。」
「うるさい! 私の野望を邪魔する者は、誰であろうと許さない!」
マリアが放った魔法が、エレオノーラに迫る。
「エレオノーラ!」
だが、エドガーが身を挺して、その攻撃を防ぐ。
「エドガー王子...。」
「エレオノーラ、任せて。私は必ずあなたを守る。」
エドガーの言葉に、エレオノーラは力をもらった。
エレオノーラの剣が、マリアの野望を砕く。マリアが目論んでいたのは、教会の力を使って王家を脅し、国を支配下に置くことだった。
倒れ伏すマリアを前に、エレオノーラは静かに語りかける。
「あなたの負けよ。私は、私らしく生きる。」
こうして、悪役令嬢エレオノーラは、運命を変える。彼女は国民から「解放の聖女」と呼ばれ、敬愛される存在となる。
エドガーは、騒乱の中、エレオノーラの勇姿を見つめていた。
「エレオノーラ、君は本当に凄いな。俺なんかとは、レベルが違う。」
「そんなことないわ。エドガーだって、立派な王子様よ。」
「いや、俺はまだまだだ。でも、これからは君を手本にして、もっと国民のために尽くす王になりたい。」
エレオノーラは、エドガーの真摯な眼差しに惹かれるものを感じた。
「きっと、あなたは素晴らしい王になるわ。」
二人の間に、新たな絆が芽生え始めていた。
だが、エレオノーラの心には迷いがあった。
「私は、政治の表舞台に立つ人間ではないわ。」
「どうしたんだい? 君なら、この国をもっと良くできるはずだ。」
「いいえ、エドガー。私の役目は終わったの。これからは、あなたが国を導いていって。」
「エレオノーラ...。」
「私は、民衆に寄り添う人生を歩むわ。それが、私らしい生き方だから。」
エレオノーラの決意は固かった。エドガーは、彼女の選択を尊重することにした。
「私は一人で、自由に生きていく。それが、私らしい生き方だから。」
「君の気持ちは分かった。だが、俺たちの絆は永遠だ。いつでも、君を支えていくからね。」
「ええ、ありがとう。あなたとは、心の友でいられる。」
エレオノーラとエドガーは、それぞれの道を歩んでいくことを誓い合う。
エレオノーラの心に、前世の記憶が蘇る。悲惨な結末。孤独な最期。だが今は、そんな過去とはお別れだ。
「私は、この人生を生きる。自分らしく、誇り高く。」
エレオノーラのその言葉は、彼女自身への誓いだった。前世では為し得なかった、真の勝利への誓い。
それから月日は流れ、エレオノーラは平民の女性となって暮らしていた。質素ながらも、充実した毎日を送っている。
「エレオノーラ、今日も里の子供たちが君を慕って集まってきているよ。」
隣人の老婆が、微笑ましそうに話しかける。
「あら、それは嬉しいわ。私、子供たちの相手をするのが好きなの。」
エプロン姿のエレオノーラは、屈託のない笑顔を見せた。
王都では、エドガーが国王となり、リリアーナが宰相を務めていた。
「陛下、今日も村々を訪問なさるのですね。」
「ああ、民の暮らしぶりを知ることは、王の務めだからな。」
エドガーは、エレオノーラから学んだ大切なことを胸に、国造りに励んでいた。
時折、エドガーはエレオノーラの村を訪ねる。普段着に身を包み、人知れず彼女の様子を見守るのだ。
「エレオノーラ、君は今でも美しいよ。」
「まあ、陛下ったら。人が聞いたらなんと思うかしら。」
「いや、これは余が男として言っているんだ。」
「もう、からかわないで。」
二人は昔を懐かしむように語り合い、楽しげに笑い合う。
エレオノーラとエドガー、二人の絆は、時を越えて結ばれていた。
こうしてエレオノーラの物語は、多くの人々の心に希望を灯す。「悪役令嬢」という烙印を乗り越え、自分の道を切り拓いた彼女の生き様は、長く語り継がれることとなる。
自分らしく生きる勇気。運命に立ち向かう強さ。エレオノーラの遺した言葉は、時代を超えて人々を励まし続ける。
そして、エレオノーラの最期の日。
彼女は穏やかな表情で、死を迎えた。
「エドガー、リリアーナ、それに王国の民たち。私の人生は、あなたたちに支えられていた。心から、感謝しているわ。」
「エレオノーラ...。君は、俺の生涯のパートナーだった。」
涙を流すエドガーに、エレオノーラは微笑んだ。
「あなたは最高の王になった。私はあなたを誇りに思う。」
「君の教えを、しっかり胸に刻んでいくよ。」
「ええ、それが何よりの贈り物だわ。」
二人は固く手を握り合い、永遠の別れを告げた。
エレオノーラの訃報は、瞬く間に国中に広まった。
人々は彼女を「聖女エレオノーラ」と呼び、その死を悼んだ。
葬儀には、老若男女問わず、多くの民衆が集まった。
エドガー王は、深い悲しみを堪えながら、弔辞を読み上げる。
「エレオノーラ・ファーネル。彼女は真の意味での聖女だった。私利私欲のためではなく、民のために尽くした。その崇高な生き様を、我ら
は決して忘れてはならない。」
「エレオノーラ様、あなたは私の希望でした。」
「聖女様、安らかにお眠りください。」
人々は一様に、エレオノーラへの愛惜の念を口にした。
エレオノーラの墓は、小さな村の教会に作られた。
質素な石碑には、こう刻まれている。
「ここに眠る聖女エレオノーラ、自分の人生を生き抜いた勇気ある女性。その魂は、永遠に民とともにある。」
エドガーとリリアーナは、墓前に花を手向けた。
「エレオノーラ、君は一人じゃない。俺たちが、君の意思を継いでいく。」
「安心して眠ってね。あなたの理想は、必ず実現させるから。」
二人の誓いの言葉が、青空に響き渡った。
エレオノーラの物語は、多くの人々の心の中で生き続ける。
悪役令嬢という汚名を返上し、自由を勝ち取った聖女。
彼女の遺志は、国の発展とともに、永遠に輝き続けるのだった。
「私の人生に悔いはない。私らしく生きられたことが、何よりの喜びよ。」
十字架の前で微笑むエレオノーラ。
彼女の最期の言葉は、すべての人々への励ましだった。
エレオノーラの挑戦と勝利の物語は、歴史の一ページを飾り、語り継がれていく。
自らの人生を切り拓いた一人の少女。
彼女が残した足跡は、未来への確かな道標となるのだった。