表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/13

内緒の友達


 勢いよく塀に上った慣性で、マリーナはそのままエドアルドの上に落ちた。


「うわぁ!」

「きゃぁ!」


 二人は重なり合って倒れる。

「いたた……大丈夫かい?」

 運悪くマリーナの下敷きになってしまったのに、すぐに相手を気遣うのは、さすがエドアルドだ。

 一方でマリーナは自分の下にあるエドアルドの顔を見て、さっと血の気が引いた。

『そうだ! ここはエドアルドが、辛い時によく王宮を抜け出してきていた場所で、主人公にその思い出を語った場所じゃないか!』

 鉢合う可能性を考えてなかったのは、本当に迂闊だったとしか言えない。

「君、どうしたの? どこか痛い?」

 エドアルドはマリーナの下から出て身を起こし、心配そうに声をかけた。

『どうしよう!? 婚約前に出会ってしまった!!』

 マリーナが動揺して黙り込んでいると、遠くのほうから声が聞こえた。


「……んか~~! えど……か~~!」


「いけない! こっち来て!」

 エドアルドはマリーナの手を取って走り出す。

 マリーナは引っ張られるままに彼について言った。

 泉の横の茂みの裏に入って、エドアルドはふぅとため息をついた。

「あ、ごめん! 急に引っ張っちゃって……」

 エドアルドは、巻き込んでしまったマリーナに謝った。

「君は、どこかの屋敷の子? それとも、下の町から来たのかな? あっ大丈夫。誰にも言ったりしないよ!」

 確かに屋敷の使用人の子か、平民の子が貴族街を一人でウロウロしていたことがバレたら、かなりまずいだろう。怒られるだけで済むならいいが、場合によっては罪に問われるかもしれない。

 黙り込んだマリーナはそのことを恐れていると勘違いしたのか、エドアルドは安心させるように笑みを浮かべた。

「僕は……エド。ただのエドだよ。君は?」

 エドアルドは、わざと自身の名前を短く紹介した。王子だと気がつかれたら、マリーナが緊張すると思ったのか、それとも身の安全を守るために偽名を使ったのかもしれない。

『そうだ。偽名だ』

 マリーナは閃いた。ここで偽名を名乗れば、マリーナとエドアルドは出会ったことにならない。

「オ、オレは……マルコ」

 マリーナは声を低くしてそう答えた。

 ここにいるのは、女の子のマリーナじゃなくて、男の子のマルコだ。

「マルコ! 君と会えて嬉しい。ねぇ、君今時間あるかな?」

「え、う、うん……」

「じゃあ、こっち! 見せたいものがあるんだ!」

 エドアルドはマリーナの手をひっぱり走り出した。

 茂みから少し離れた小さな林に着くと、ほら、と上を指さす。

 見上げれば、そこには鳥の巣があった。ちょうど親鳥が帰ってくると、小さな幼鳥が我先にと顔を出す。

「かわいい!」

「ツバメのヒナ。さっき見つけたんだ」

 目を輝かせたマリーナを見て、エドアルドは満足そうに言った。


 それから、エドアルドは泉の周りをいろいろと案内してくれた。

 野イチゴがなるところ、蜜の吸える花の咲くところ、クローバーの群生地。

 自分のひみつ基地に、ようやく現れたお客様を招待でき、とても楽しそうだった。

 そして二人で泉のほとりに座り、他愛もない話をした。エドアルドは、少し迷ったそぶりをした後、意を決したように言った。

「あの、マルコ。よかったら、また僕と遊んでくれるかい?」

「え……?」

「来週は……無理だけど、来月の同じ週の同じ曜日とか……ここで」

「えっと……」

 マリーナは逡巡した。自分がマリーナとバレないためには、もう二度と会うべきではない。けれど、真剣なエドアルドの顔を見ていると、断る言葉が喉で詰まった。

「ダメかな……?」

 ダメだと言わなきゃいけない。もう二度とここには来ないと。

 けれど、マリーナは言葉が出てこないまま、エドアルドと見つめ合った。

 その時だった。


「こんなところにいたんですか。エドアルド殿下?」


 二人で振り返ると、背後に鋼色の髪で長身の少年が腕を組んで立っていた。

「アルベルト……」

 エドアルドは少年を見て、悲しそうに顔をゆがめた。

「今日はなんか戻りが遅いと思ったら、誰です? このガキは?」

 少年は、マリーナを指さしてそう言った。

「彼は……さっき友達になって……」

「友達ぃ? 殿下とこのガキがですか?」

 銀髪の少年は「はぁ……」とため息をついて、マリーナに向き直った。

「おいお前、この方が誰か知ってるのか?」

「アルベルト!」

 エドアルドが制止するより先に、少年は言葉を紡ぐ。

「この方は、エドアルド殿下。この国の王太子だ。お前なんかが友達になれる相手じゃねーんだよ」

 その言葉で、少年の後ろにいたエドアルドは、みるみる顔を曇らせた。

 ほとんど泣きそうなまでなっているその様子を見たら、マリーナはとっさに言ってしまった。

「エド! また来月な!!」

「は!? お前何言ってんだよ!」

 マリーナの言葉に少年は声を荒げたが、エドアルドは頭を跳ね上げる。

 そして花が咲くように顔をほころばせた。

「うん! また!」

 エドアルドの声を背に、マリーナはその場を走り去る。

 どうしても『もう会えない』とは言えなかった。

 マリーナは王子としての彼の孤独を、よく理解していたからだった。


 結果的にだが、マルコとして王子と会ったのは、片手で数え切れるほどの回数だった。

 最後は色々とあって、面と向かってお別れはできなかったけど、サヨナラを告げる手紙を書くときは、無性に寂しくてボロボロと泣いてしまった。そして、エドアルドからの返事をもらって、マルコの出番は終了した。


 ――はずだった。


 マリーナが十四歳になり、エドアルドとの婚約が決まり、挨拶の食事会が催された時だった。

 十六になったエドアルドは、少しあどけなさを残しつつも、精悍な顔つきになっており、ゲームのマリーナが一目惚れやむなしの美少年になっていた。

 その時の私は、じょじょに自分の『役割』について頭を悩ませ始めており、婚約イベントのあとに自分に待ち受ける、略奪令嬢の称号や黒い石のことの思って日々げんなりとしていた。それでもハレの日の御馳走は目の前で輝いており、食べないのはもったいないので、ちょっとずつ口に運んでいると、隣に座っているエドアルドが、そっとマリーナに囁いた。

「君、もしかして……マルコ?」

「ぐっ!? なっ! なんで……!?」

 口に入れたものをのどに詰まらせそうになりながら、マリーナはエドアルドを見ると、彼は不思議そうな顔をしながらもこう言った。

「だって右耳の裏、同じところにホクロがある」

「ホント!?」

 マリーナは髪がハーフアップされてあらわになっている自身の右耳を抑えた。

「うん。それに、今『なんで』って言ったし……」

「あっ……!!」

 マリーナは次に自身の口を両手で抑えた。

『バカ! 最初に誤魔化して置けばよかったのに……!!』

 そのマリーナの態度を見て、エドアルドは嬉しそうに、再度問いかけた。

「ね、君はマルコなんだよね?」

 マリーナは顔から血の気を引かせながら、懸命に考えた。

 今、ここで、自分は何と言うべきか。

 そして、考えあぐねた結果。

「し、知りません……。私は……マルコでは……ない……デス……」

 無理やり誤魔化した。

「えっ?」

 エドアルドは、予想外の返事にきょとんとして首を傾げた。

 どう考えても苦しい誤魔化しで、エドアルドがそれを信じるとは思えなかった。

 けれど、では、どうすればいいというのか!?

 認めてしまえば、マリーナとエドアルドはこの場が初対面では無くなってしまう。

 果たして、それでいいのだろうか?

 目の前が真っ暗になるような、何とも言えない恐怖が襲い、マリーナは息をのんだ。

 バレバレの誤魔化しでも、シラをし切ったほうが安心できる気がした。

『なんとか、この場限りでも誤魔化し切ろう!』

 エドアルドからの追及に身構えながら、マリーナはそう決心した。

 エドアルドは、自身の膝頭をにらみ唇をかみしめているマリーナを見て、ゆっくりと口を開いた。

「そっか……。僕の勘違いだったみたいだ」

「へ……?」

 やけにあっさりと疑問を翻したエドアルドに、マリーナはぽかんとした。

「変なことを言ってごめんね」

 エドアルドは机に向き直り、自身の食事を再開した。

『なんかよくわかんないけど、誤魔化せた……?』

 マリーナは訳がわかないながらも、とにかく窮地を脱せたようで、ほっと息をついた。

 とりあえずマリーナも食事を再開し、小さく切ったお肉を口に運んだその時だった。

 エドアルドが身をかがめ、素早くマリーナの耳元へ囁く。


「でも、また会えて嬉しい」


 マリーナはその瞬間、火が出そうなほど顔が熱くなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ