周りのキャラが良い人過ぎて闇堕ちできません!
途端に、ズキリとマリーナの頭が痛んだ。
『まただ……』
この災厄の始まりのことを思い出そうとすると、なぜか頭が痛むのだ。
マリーナにとって、よほど嫌な思い出だからだろうか?
「頭が痛むのかい? マリーナ」
エドアルドが、心配そうに声をかけてきた。
マリーナは扇子の内側で少し咳払いをした。
「ええ、少し……ただの片頭痛ですわ」
「何ともないならいいのだけど。続くようなら医者に診せるんだよ」
「大丈夫ですわ。お気遣いありがとうございます」
エドアルドは心配そうにマリーナをのぞき込む。心から、彼女を案じているようだ。
ゲームのマリーナなら、今頃感激の涙を流している状況かもしれない。
『マリーナの寂しさや悲しさが黒い石を呼び寄せた』
つまりは、今のマリーナが黒い石を手にできないのは、自身に『寂しさや悲しさ』が足りないからとも言える。
けれども!!! 寂しさや悲しさを感じろと言っても!!!!!
マリーナはエドアルドに向き直り、強い口調でこう言った。
「殿下! 今日こそは正直にお話しいただきたいのですけど!!」
「な、なんだい?」
「あなたが好きなのは! お姉さまであって! 私はただの代わり! ですわよね!!」
「何かと思ったら……またその話か……」
エドアルドは片手で自身の顔を覆って、深いため息をついた。
「あのね、マリーナ。誰に何を吹き込まれたか知らないけど、僕は君を代わりだなんて思ったことはないよ。確かに僕たちの婚約は政略的に決められたものだけど、僕は君のことが……すっ……っ……」
エドアルドは咳払いをしてから、マリーナに向き直って言った。
「君のことを、生涯をかけて、幸せにしたいと思っているよ」
真剣なその眼差しは、本気であることをうかがわせた。
その言葉を聞いて、マリーナは思う。
『良い人過ぎる~~~~~~~~!!』
ゲームのマリーナに聞かせてあげたかった。
あの時、もしマリーナとエドアルドが直接話せていたら……と思う。
政略結婚だからと言って、結婚相手をないがしろにする人ではないのだ。この人は。
たとえ初恋の神子でなくとも、どんな女性だって、エドアルドは幸せにしようと努力するだろう。
マリーナがそのことに気がついていれば……。
あの日、災厄は起こらなかっただろう。
けれど、そうはならなかった。
様々な不幸の積み重ねで、災厄は起きてしまった。
『だからこそ、自分から災厄を起こそうとすることが、こんなにも難しいとは……』
周りのキャラが良い人だとすでに知っているのに、闇堕ちなんてできるわけないじゃないか。
『もうちょっと融通利かせてよね~~! 黒い石~~~~!!』
「マ、マリーナ……?」
マリーナが心の中で叫んでいると、エドアルドが戸惑ったように声をかけた。
急に黙り込んだマリーナに奇異の視線を送る。
「ウソですわ! 殿下はウソをついています! 殿下が大切にしたいのはお姉さまですわ!」
「マリーナ~~~~」
ほぼ八つ当たりのようにわめくと、エドアルドは絶望したように天を仰いだ。
「この間から、いったい何だって言うんだ……僕はどうしたらいいんだ……」
婚約者の奇々怪々なかんしゃくに巻き込まれているエドアルドは、げんなりしているようだ。
「だ、だって、殿下は昔おっしゃってましたわ! 神子様はとてもお綺麗だと! 結婚したいくらいだと!」
「だからそれは子供のころの話だって! それに――」
エドアルドは言葉を切って、マリーナを見る。口元は悪戯っぽく笑っていた。
「それに、その話をしたのはマリーナじゃなかったと思うけどね……マルコ」
ふいに飛び出した名前にマリーナの心臓はドキリと跳ねた。
とたんに冷や汗がふき出し、きょろきょろと視線をさまよわせる。
その慌てぶりが面白いのか、エドアルドはにこにことマリーナを見ている。
それは、マリーナにとって一番触れられたくない話題だった。
おそらくは自分が今苦しんでいることの元凶でもあるだろう。
できれば、なかったことにしたい黒歴史だった。
かつてマリーナが婚約前に、マルコと言う男の子として、エドアルドと出逢っていたことは――。