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災厄のきっかけ


 彼は目にした人がとろけてしまいそうな笑みを浮かべ、マリーナに歩み寄った。

「この時間にここに来れば、君に会え……んんっ! 僕は王子だからね。国民の幸せを、今日も神子様にお願いするのは責務だと思ってさ」

 エドアルドはマリーナの隣に立ち、片手に持っていたバラの小さな花束を、彼女と同じようにユリアの胸元に添えた。

 マリーナは貴族らしく手に持っていた扇子で口元を隠しながら答えた。

「あら、別に責務だなんて言い訳がましく言わなくても、王族の方ならお姉さまの顔は見放題ですわよ。殿下」

 マリーナが軽口を言うと、エドアルドはきまり悪そうに頬をかいた。

「まぁ僕が見に来たのは……だけどね」

 視線を下にしながらぼそりとつぶやくエドアルドを見て、イケメンはどんな表情をしていても、イケメンだなぁとマリーナはしみじみ思った。

『さすが、ゲームの筆頭攻略キャラなだけはある』

 名実ともに人気ナンバーワンのキャラであり、あまりゲームをしない人たちの中でもイケメンのキャラと言えばと名前があることがあるくらいだ。ゲーム画面でもイケメンだと思っていたが、美術館の彫刻のような顔が等身大で微笑みかけてくる様子は、圧倒される力がある。


 ゲームの中で、十四歳のマリーナが一目惚れするのも納得と言うものだ。


 マリーナが十四歳のとき、エドアルド王子との婚約が決定された。

 それがマルツィオが得た『眠り神子に顔立ちがそっくりな娘』が生み出す、最大の利用価値だった。

 王族の家系に、ヴィスコンティの名前を入れることができる。マルツィオが抱いた欲望の終着点ともいえた。

 まんまと利用された訳だが、マリーナにとってそんなことは問題にはならなかった。

 両家の挨拶の場で、一目見ただけで心を奪われてしまったマリーナは、激しく動揺した。おどおどと挙動不審になるマリーナに、エドアルドはとても優しく、紳士だった。マリーナはますます傾倒していってしまう。

 挨拶の後、寝ても覚めても、マリーナの頭の中はエドアルドのことでいっぱいだった。


『彼に好かれたい。可愛いと思われたい』


 ごく当たり前な、恋する乙女の思考だった。

 それが、彼女を極度の買い物依存症へ走らせた。

 綺麗になるために、ありとあらゆるものを買い集めた。

 第一王位継承者の婚約者。

 そんな地位を手に入れた彼女を止める人間はおらず、むしろ歓心を得るために我先に貢ぐ人間も少なくなかった。

 これまでとは真逆の、すべての人間からちやほやされる生活。

 誰にも愛されなかった少女に、それに溺れるなと言うのは、酷な話だろう。

 さらに十五歳になってから、マリーナは不思議な力を手に入れた。

『相手の目を見て強く念じながら命令すると、必ず相手が命令を聞く』と言うものだ。

 原理は全く持って謎なのだが、今のマリーナも修行等何もしなくても使えるようになっているところを踏まえると、固有スキルなのだろうと思う。

 とにかくにも、地位と力、その両方を手に入れたマリーナの暴走は止まらなかった。

 マルツィオに『命令』し散財を許可させ、毎日のように商人から物を買い漁った。

 エドアルドが他の令嬢の持ち物を褒めれば、嫉妬からそれらを『命令』して取り上げた。

 これまでの鬱憤を晴らすように、マリーナはわがままにふるまった。

 そしてついたあだ名が、略奪令嬢、マリーナ・ディ・ヴィスコンティ。

 これは、子爵から成りあがったヴィスコンティ家に対する皮肉もあっただろう。

 一度結んだ婚約は、よほどのことが無いと覆らない。

 いっそマリーナに取り入ったほうが得策と、担ぎ上げる人のほうが多かった。

 次第に、マリーナの周囲は利己的で上辺だけの人間ばかりになっていた。

 そして誠実で品行方正を絵にかいたようなエドアルドの心は、どんどんマリーナから離れて行ってしまう。

『本当に欲しかったもの』がどうしても手に入らないマリーナは、虚しさからますます物欲に溺れていく。

 そんな中で、いつの間にかマリーナの所有物の中に、ある石があった。

 手のひらに収まる大きさで、何かがひしゃげたような変な形。鈍く光る黒色をしていて、黒曜石ともブラックオニキスとも違う不思議な石だった。いつもの宝石商が訪ねてきたとにでも買ったのだろうか。ここ最近、マリーナは自身が何を購入しているのかも定かではなかった。

 全く美しくないはずなのに、なぜかそれに心惹かれたマリーナは、それを肌身離さず持ち歩くようになった。小さな巾着に入れて、コルセットに隙間に押し込む。それを持っていると、心が落ち着くような気がしたのだ。


 そして、あの日を迎える。


 それはエドアルドが十九歳を超え、近衛隊長を叙任されたのち、準備に一年をかけ、ようやく迎えることになった結婚式の、前の夜だった。

 マリーナは眠りの神子の神殿に向かっていた。

 今そこで、王と王子、神官とわずかな役人で明日の結婚を神子に報告する小さな祭事が行われており、尋ねればほんのわずかでも、会話ができるかもと思ったのだ。

 もう一年以上、親しい会話を交わしていない愛おしい人。

 一目見るだけでもいいからと、マリーナは入口で止める衛兵に『命令』し、中に入った。

 扉の前で、話し声が聞こえた。祭事が終わった王と王子が神官たちが祭具を片付けている間、雑談に興じているようだった。

「眠り神子は、相変わらずの美しさだな。ずっと眠っておられるのに、不思議なものだ」

「そうですね。父上」

 二人はあまり人気のない状況にリラックスしているようで、気軽な調子で言葉を続けた。

「それにしてもよかったのか? 結婚するのが、妹の方で」

「何を言うのですか、父上? もうずいぶん前に決めたことではないですか。それにその言い方は彼女に失礼ですよ」

「いや、あの時はマルツィオの根回しや圧がすごくてな。周りの推挙もあり決めてしまったが、まさかあんな娘とは……」

「父上。今部屋には誰もいないとは言え、言葉には気を付けるべきです。確かに、少し問題行動のある方ではありますが……」

「いっそ姉の方と結婚出来ればできればよいのだがな。ずっと寝ているおなごと子は作れんだろうし。まぁ顔は似てるから、代わりとしては申し分ないか」

「ですから! お言葉をお控えなさってください。そのような下賤な物言いをすべきではありません」

「相変わらずお堅いなぁ。お前も『眠り神子様は今まで見たどの女性より美しい。いつか結婚出来たらいいな』と言っていたではないか」

「あれは! 子供時代の戯言です! だいたい代わりだなんて僕はこれ……も……」

 ここまで聞いて、マリーナは扇子をその場の落とし、踵を返して走り去った。

 神殿を飛び出し、無我夢中で足を動かし、靴が脱げても、低木でドレスが裂けても、走り続けた。

 目的地もなく、ただ逃げていた。

 誰にも愛されない、この世界から。


 しかし足がもつれ、マリーナは屋敷の庭園の中心で盛大に転んだ。

 そこにはユリアを模した創世の女神像が、噴水の中央で優しく微笑んでいた。

 その像と、擦りむいた自分の手を見て、マリーナは涙を流して笑いだす。


 たまらないほど、みじめだった。


 どこまで行っても、姉の身代わりにしかならない自分。

 愛されない自分。


 いっそ消えてしまいたかった。


 いらない!


 いらない!


 こんな自分なんて!


 こんな!


 こんな世界なんてーー!!


 マリーナの心叫びを感じ取った黒い石は、突如高熱を発する。

 驚いてコルセットから取り出し、袋から手の上に出すと、途端に石が割れ、ぼろぼろと崩れて消えた。

 次の瞬間、目の前の空間がひび割れ、黒い影が無数の手のように現れた。

「な、なに!?」

 黒い影はマリーナを包み、割れ目の中に誘った。

 マリーナは驚き抵抗しながらも、どんどんと自身の思考が破壊衝動に侵されるのを感じた。


『そうだ。すべて壊してしまえばいい』


 こんな世界は、いらないのだから。


 その夜、王国全土を強い地震が襲った。

 各地から黒い影が発生し、それに包まれた生き物が、魔獣魔物化し、人々を襲い始める。


 災厄の始まりだった。


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