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眠りの神子、ユリア・ディ・ヴィスコンティ


 ペンダントを奪われた伯爵令嬢が、気分が悪くなったと場を辞した後、その晩餐会はそそくさとおしまいになり、マリーナも自身の部屋に帰ってきた。鏡台の前に座り、今回の戦利品を眺めた。

 やわらかい赤色の、女性の横顔が彫られたカメオは、マリーナの手の中で優しく微笑んでいる。

「素敵な意匠だわ。あの伯爵家欲しがるのもわかるわね」

 マリーナは傍に立つ長身の男性に、そのペンダントを差し出した。

「この宝石に()()()()()()()()しまっておいてちょうだい」

「かしこまりました」

 男は大柄な上背をかがめて、ペンダントを受け取る。

 マリーナはそのまま着替えるからと、彼を下がらせた。


『欲しいものは何でも手に入れる、略奪令嬢、マリーナ・ディ・ヴィスコンティ』


 自身がそう呼ばれていることを、マリーナは知っていた。

 彼女自身が、そう仕向けているのだから。

 そうしなければ、ならなかった。

 それが彼女の、役割だった。


 そうすれば、彼女は目覚める、はずだった。


 はずだったのに……。


 やっぱり、私には無理なのだろうか……


 『闇堕ち』なんて――



 一夜明け、朝食を取り終えたマリーナは庭で摘んだ花を手に、いつものように屋敷内にある神殿を訪れた。真新しい白の石材で建てられた小規模な神殿は、朝の柔らかな日差しを受け、静謐な空気をまとわせていた。

 マリーナは外扉の衛兵をねぎらい、中に入ると最奥の部屋へ進む。大きなステンドグラスのはめられたその部屋には、人々がひざまずき祈る場所があり、その先に荘厳な棺にも似た寝台があった。

 中には、一人の少女が今日も静かに眠っている。

 マリーナは彼女の胸元に摘んできた花をたむけた。

 長い銀色の髪に、透き通るような白い肌、桃色の唇と髪と同じ銀色のまつ毛に彩られた瞼はいつも固く閉じられている。一日に一度、創世の女神を信奉する修道女によって着替えられる白絹のワンピースを着た彼女は、一目見れば人形と思われても仕方がないだろう。しかしよく観察すれば、彼女はずっとゆっくりと呼吸をしているのがわかる。

 彼女は生れ落ちてから今まで、食事も排泄も必要とせず、ずっと眠りながら生きてきたのだ。

 マリーナは彼女の傍らにひざまずき、祈るように両手を合わせ目を閉じた。


 『伝説の眠りの神子』

 この世界を創造したと言われる『創世の女神』の生まれ変わり。

 それが彼女。マリーナの双子の姉、ユリア・ディ・ヴィスコンティだった。


『伝説の眠りの神子が生まれ、彼女を歓待する国は最高の栄華に浴するだろう。そして、国が災厄に見舞われ危機に瀕した際には、彼女は目覚め、救世の聖女としてその国を救うだろう』


 これが『眠り神子』の伝説、そして、今彼女がこの神殿に祀られている理由だ。

 マリーナの父、マルツィオ・ディ・ヴィスコンティは、眠りの神子を生んだことが評価され、元は子爵だったが、伯爵の称号を叙勲した。同時に貴族街で王宮から一番近い、数年前に公爵が領地に下がったことで空いていた屋敷に、王族はいつでも眠りの神子と言う『生き神』を礼拝できる神殿を作ることを条件に、自身の居を構えることを許された。


 いや、そうなるように、マルツィオが画策したのだった。


 もともと伯爵家から預かった土地を細々と治めていたヴィスコンティ家だったが、辣腕な商業人マルツィオの代で、その土地をそれなりの商業都市にまで発展させる。しかし、彼の出世欲はそこにとどまらず、常に身を立てる機会をうかがっていた。その時、ある噂が耳に入る。

『この領地のどこかで、眠り続けている赤子が生まれた』と。

 もし『伝説の眠りの神子』なら利用できると考えたマルツィオは、家来にその赤子を探させた。

 そして見つけたのが、不幸な馬車事故で両親を亡くし、年老いた祖母に引き取られていた、一歳に満たない赤子のマリーナたちだった。

 マルツィオはすぐにこの赤子たちを引き取ることにした『自分の落とし子』として。

 そして眠りの神子を武器に、彼は一気に有力貴族へと成り上がった。

 眠りの神子が実際にはマルツィオの血を引いていないことは、ヴィスコンティ家でもごくわずかな人間しか知らず、その扱いはトップシークレットだ。

 使用人や侍女たちはもちろん、自身の妻や子供たち、()()()()()()()自身にも秘密だった。


『じゃあ、なぜ“私”がこのことを知っているのか』


 マリーナは目を開け、台座の中のユリアを見た。

 今まで一度も開かれたことのないその瞼。

 しかし、マリーナはその瞳の色を知っていた。

 その、強い意志を宿した、燃え上がるような赤い瞳を。


 なぜなら――。


『私には、この世界と全く同じ世界の乙女ゲームを、救世の聖女としてプレイした記憶があるからだ』


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