第0話 大戦当夜
世界で1番信頼していた人を今日、私はこの手で殺す。
つん、と鼻をつくのは肉の焼ける匂い。
辺りを見渡すと一面が炎に包まれていた。
赤く染まりきった空とあちこちから聞こえる人々の悲鳴で、ここが戦場なのだと改めて実感させられる。
剣を握る右手の感覚はもう無い。
けれど、それでも私は剣を振らなければいけない。
まだあの人を殺せていないのだから──。
握り慣れていない剣をなんとか持ち直し、私は立ち上がる。
その瞬間だった。
「かはっ...!」
息ができなかった。
どくどくと、口から鮮血が溢れ出る。
喉が焼けてしまいそうな痛みに私は「あああ...」と、声を上げながら震える手で自分の首に触れる。
...よかった、まだ繋がっている。
「ねぇ、あなただったの、...?」
背後から、掠れた声で問いかけられる。
たった今私の首を斬ろうと攻撃した相手から。
「...。」
「...なん、で。」
「...。」
私は沈黙を貫いた。
彼女と話すことはない。
全ての”元凶”である貴方に話しても無駄でしょうから。
「そっか。じゃあ、あなたは私の敵なんだ。」
カチャリ。
後ろで彼女が剣を再び構え直すのが聞こえた。
駄目、今はまだ駄目。
首元の傷の修復が終わってない。
「小さな頃から教え込まれてたの。...誰であろうと、敵はその場で殺せってね。」
「...へぇ、それで可愛い妹を殺すんですか。本当に恐ろしい方ですね。...ねぇ、義姉様?」
もう後戻りは出来ない。
所詮、私達は己のために愚かな幻想に縋り続けていただけなのだ。