森鷗外「舞姫」(本文・口語訳・評論)22~嗚呼(ああ)、余は此書を見て始めて我地位を明視し得たり
◇本文
嗚呼、余は此書を見て始めて我地位を明視し得たり。恥かしきはわが鈍き心なり。余は我身一つの進退につきても、また我身に係らぬ他人の事につきても、決断ありと自ら心に誇りしが、此決断は順境にのみありて、逆境にはあらず。我と人との関係を照さんとするときは、頼みし胸中の鏡は曇りたり。
大臣は既に我に厚し。されどわが近眼は唯だおのれが尽したる職分をのみ見き。余はこれに未来の望を繋ぐことには、神も知るらむ、絶えて想ひ到らざりき。されど今こゝに心づきて、我心は猶ほ冷然たりし歟。先に友の勧めしときは、大臣の信用は屋上の禽の如くなりしが、今は稍(やゝ)これを得たるかと思はるゝに、相沢がこの頃の言葉の端に、本国に帰りて後も倶にかくてあらば云々(しか/″\)といひしは、大臣のかく宣ひしを、友ながらも公事なれば明には告げざりし歟。今更おもへば、余が軽卒にも彼に向ひてエリスとの関係を絶たんといひしを、早く大臣に告げやしけん。 (青空文庫より)
◇口語訳
ああ、私はこの手紙を見て初めて自分の位置をはっきりと悟ったのだった。恥ずかしいのは私の愚鈍な心だ。私は自分一人の行動についても、また他者のことについても、決断することができると自ら心に誇っていたが、決断できるのは順境の時だけであって、逆境の時には発揮されない。自分と他者との関係をはっきりさせようとする時には、頼りにしていた胸中の鏡は曇っていた。
大臣は既に私を厚く信頼している。しかし我の近眼はただ、自分が力を尽くした仕事だけを見た。私はこれに未来の希望を託すことには、神もご存じだろう、全く思い至らなかった。しかし今このことに気づき、私の心はまだ冷静を保つことができただろうか。(いや、できない) 以前友人が勧めた時には、大臣の信用は屋上の鳥のように手が届かないものだったが、今は少しこれを手に入れたかと思われるが、相沢が最近言葉の端に、本国に帰った後も、一緒にこのように働きたいなぁなどと言ったのは、大臣がそのようにおっしゃったのを、友人ではあるが公務上のことなのではっきりとは伝えなかったのだろうか。今更ながら思うと、私が軽率にも彼に向かってエリスとの関係を断つつもりだと言ったのを、さっそく大臣に伝えただろうか。
◇評論
前回のエリスの手紙の内容を整理する。
【第一の手紙】
愛する太田の不在に、エリスは改めて強い寂寥を感じる。
【第二の手紙】
・太田を思う気持ちがこれほどまでに強いのかということの自覚。
・太田は日本に家族等がいないから、生計が成り立つのであれば、きっとドイツに残るだろう。また、自分の愛でつなぎとめてみせる。
・それが叶わず帰国するのであれば、母親と一緒に行きたいが、旅費が準備できない。
・従って、どんなことをしてでもドイツに留まり、太田の出世の日を待ちたい。
・ロシア出張から20日経ち、離れて暮らす悲しみがどんどん強くなっていく。
・自分たちには子供ができたから、たとえどんなことがあっても、私を捨ててはいけない。
・もし太田が帰国するのであれば、自分もついていくと言って母親と喧嘩したが、母は縁者のもとに行くと言って折れてくれた。
・大臣に重用されれば、自分たちの旅費ぐらいは用立てることができるだろう。
・今はただ、太田の帰りを待つだけだ。
このようにエリスは、さまざまなケースを想定し、それぞれの解決策を彼女なりに考えていたのだった。そうしてそれらの事柄と自分の思いを、文字で太田にぶつける。太田にとっては、エリスの手紙というミサイルが、毎日ドイツからロシアに飛んでくるような感覚だったかもしれない。そうして彼は、「此書を見て始めて」、その衝撃によってやっと、「我地位」に気づくのだった。
「我地位」とは、現在自分が置かれている状況・立場のことで、具体的には、エリスとの生活の日々を経て、現在はそのお腹に子供がおり、エリスは自分との生活の継続を強く望んでいること。また、一度は失ったかに思われた出世の道が、再び目の前に開かれかけていること。
それにしても、気づくのが遅いよ、太田君。それから、自分の感慨を、「嗚呼」といううめきで始める不甲斐なさ、情けなさ。「こころ」の先生もKもそうだったが、他者とのコミュニケーションが取れず、しかし結果的に自分の意志は貫いてしまうということから生まれる悲劇が、明治文学にはよく登場する。東京大学を卒業した有為な若者たちのていたらく。
「余は我身一つの進退につきても、また我身に係らぬ他人の事につきても、決断ありと自ら心に誇りしが、此決断は順境にのみありて、逆境にはあらず。我と人との関係を照さんとするときは、頼みし胸中の鏡は曇りたり」
ここからは、太田が、この時の自分の状況を、「逆境」と捉えていることが分かる。「我身一つの進退」についても、「我身に係らぬ他人の事」についても、この時は「逆境」であったから、「自ら」「決断」することができなかった。「我と人との関係」をよくよく考え判断しようとするときには、「頼みし胸中の鏡は曇りたり」という不甲斐なさ。自虐とも思われる説明だが、判断力の欠如の原因は、「我が鈍き心」ということらしい。これも、「弱き心」と同意だろう。
「自分は弱くて魯鈍だから、決断できなくても許してね。だって、逆境なんだもん。そんな難しい状況の時に、冷静に判断することはできないよ」ということらしい。
太田は、エリスから送られる愛の手紙によって、初めて自分の置かれた立場をはっきりと理解する。エリスの愛は深いこと。自分との間に、子供がいること。エリスは日本までついていきたいと思っていること。これらは太田にとってすべてが「逆境」と感じている。太田には、一人で日本に帰るという選択肢しかない。
こう考えてくると、太田は、「頼みし胸中の鏡は曇りたり」と言うが、彼ははっきりと「明視」している。太田の気持ちは決まっているのだ。自分はどうしたいのか、自分がどうすべきなのかが。
また、エリスの手紙はもう一つ、重大なことを太田に気づかせる。それは、天方大臣の信頼を得つつあり、日本に帰国後も大臣のもとで仕事をすることができる可能性が、意外に高いということだ。「大臣は既に我に厚し」以降の文章からは、大臣からの信頼が、いつの間にか強くなっていることに気づいた様子が伺われる。自分は自分に与えられた「職分をのみ見」ていたので、気が付かなかったし、「余はこれに未来の望を繋ぐことには、神も知るらむ、絶えて想ひ到らざりき」という状態だったと太田は説明する。この、「これに未来の望を繋ぐことには、神も知るらむ、絶えて想ひ到らざりき」は眉唾だ。「未来の望」は、わずかであっても、太田の心にはあった。それが無ければ、彼はここまでの尽力と活躍をしないだろう。彼は、友人相沢が与えてくれた最後の望みの綱に賭けたのだ。だから、「神も知るらむ」というのは嘘だ。これでは神の罰が下る。
太田の希望は、好都合なことに、次第に実現されようとしている。そうしてそれに対し、太田は素直な気持ちを述べる。「今こゝに心づきて、我心は猶ほ冷然たりし歟」と。立身出世の道が、今、自分の前に再び開かれようとしている。そのことに気づいた太田は冷静ではいられない。心の弾みを感じているのだ。「大臣の信用」を「稍(やゝ)」「得たるかと思はるゝ」上に、「本国に帰りて後も倶にかくてあらば」と、大臣も考えてくれているらしい。かつて強く望んでいた晴れやかな世界に、再び戻ることが実現しようとしている手ごたえを、太田は感じている。
続いて彼がそのすぐ後に想起するのは、「今更おもへば、余が軽卒にも彼に向ひてエリスとの関係を絶たんといひしを、早く大臣に告げやしけん」ということだった。自分の気持ちは天方大臣や相沢とともに活躍することにある。しかし、エリスにはまだ全く何も話していないし、当然別れの了解も得ていない。エリス側の手続きが全くないどころか、彼女は自分を深く愛し強く信頼している。もし現在の状況と今後の見通しを彼女に話したら、いったいどうなるだろう。その時間が欲しい。と、太田は考えている。
自分の気持ちは天方大臣側にある。しかしそれを実現させるためには、エリスとの話し合いや、エリスの納得・承諾の手続きが絶対に必要だ。だからこの後太田に求められるのは、せめてそれらのことを誠意をもって行うことだった。
また、太田は相沢に確認するべきだった。以前、エリスと別れると告げたが、もうそれを大臣に伝えたのか。しかし太田は、そうしない。伝えてしまった場合と、まだ伝えていない場合それぞれのケースごとに、その後の対応が変わるはずだ。太田は嘆くだけで、そのように冷静に判断したり、実際に必要な行動をすることができない。
相沢の様子からすると、やはり大臣はすべてを知っていると思われる。太田にはエリスがいることを知った上で、相沢と大臣は、自分たちのテリトリーに太田を引き込もうとする。それは、太田の能力を見込んだ上でのこともあるが、エリスを軽んじていることも表す。
自らを、「鈍き心」、「近眼」と卑下する太田の慨嘆はまだ続く。




