The Queen of Kabuki-cho (1)
ep1です。
夜の歌舞伎町は煌々としている。
歌舞伎町という街は、この国では片手で数えるほどしかない、まともな経済活動が維持されている稀有な街である。この国にとって悲劇と形容すべき10年の間でも、「東洋一の歓楽街」は健在であった。
歌舞伎町を除けば、「新宿」と総称される地域の治安は惨憺たるものであった。新宿だけではない。例えばもっと東にある、かつて飯田橋や上野の駅があった場所の周辺などは特に、数年前の繁栄が嘘のように荒廃しきっているという話だ。
寒さは、歌舞伎町で遭遇した銀髪の女がくれた衣服や靴のおかげで何とか凌げるようにはなっていた。ただ、足が少し悲鳴を上げ始めている。
何しろ外に出るのは、銀髪の女に代々木のビルまで連れてこられたあの日以来なのだ。30分ほど歩いたであろうか。
「火薬の匂いがする」
どうやらカリンと名乗っているらしい銀髪の女が、久方ぶりに口を開いた。
「道を変えるわ。ついてきて」
次の瞬間、カリンの姿はなかった。周りを見回すが、人影すらない。レイラはしばらく呆然としていた。
突然、左腕に痛みが走った。強い力で引っ張られるがままに、背中を建物の壁に打ちつけたようだ。
「何してるの?ついてきてと言ったはず」
勝手に消えたのはそっちでしょ、という言葉が喉元まで出かかったが、レイラはそれをぐっと抑えた。
「ごめん...なさ...い...」
しっかり発声したつもりだったが、消え入るような声になったかもしれない。
「歌舞伎町にもギャングや不良はいるわ。余計な争いには巻き込まれないように。いい?私はこの辺の道を大体知っているから、信用したほうがいいわよ」
「どこへ行こうとしているんですか。私安全なところに戻りたい」
「レイラ」
「はい」
「この東京で安全な場所なんて、皇居くらいしかないわ。それかタイムスリップすることね。何もしなければ何もかもなくなる」
「でも、あのビルから連れ出すなら私以外にもいっぱいいる」
「あの子たちにはあの子たちの仕事があるの。まだ仕事がないのはあなただけ」
「仕事なんていらない。家に戻りたい」
「じゃあ、戻れば?その服と靴は置いていきなさい」
兄がいなくなった今、家に帰ったところですぐに生活に窮することになるのは目に見えていた。そもそも家がまだあるのかどうかもわからない。生まれてからずっと、非日常が日常に成り果てた街で暮らしてきた。カリンに「安全なところに戻りたい」と言ったが、どこにも安全がないことはわかっていた。だから、これはある意味茶番だった。目の前の女の思い通りに動くのが少し癪に触って、抵抗したに過ぎない。あの日からレイラの運命はカリンに委ねられているのだから。
少し間をあけてレイラは、静かに首を横に振った。
***
カリンの後を追って駆けると、銃声が聞こえた。かなり近い。
「何が起きてるんですか」
「おおかた、少人数の不良同士で揉めているだけね。この街で起きる抗争なんて、ほとんどは大したことない」
「でも私の兄は、死んだ」
「大したことはないと言っても、銃でやりあっている。あなたの兄の死も、ここではありふれた悲劇に過ぎない」
乾いた銃声の音が聞こえてきた。
「この程度なら、避け方を知ってさえいれば巻き込まれることはないわ。でも一つだけ気をつけておかないといけない。いい?時にはそこそこ強い勢力同士がやりあうこともある。そういう時には、決まって『ヤツ』が裏で糸を引いている。この街の暗黙知よ」
「ヤツって?」
「通称、『歓楽街の女王』。歓楽街の女王はこの歌舞伎町の秩序を10年間守り続けている存在よ。どこか突出した勢力が現れないように、時に手を結ばせ時に反目させて、歌舞伎町の力関係を制御している。歌舞伎町がこの国の中で唯一と言っていいほど栄え続ける理由よ」
そんなことが本当にできるのか、と思った。前を駆けるカリンが急に曲がったので、レイラは躓きそうになりながらなんとかついていく。
「なんでわざわざそんなことをするんですか」
「さあ、私に聞かれても。自分の商売を邪魔されたくないとかじゃない?私には興味ないけど」
「ふうん」
そんなことが簡単にできるとはとても思えなかった。おそらく相当な手練れなのだろう。もしくはこの話自体がでたらめなのか。
「そして、『歓楽街の女王』は未だ謎の存在なの。名前も、顔もわかっていない」
にわかには信じがたい話だった。
「その『歓楽街の女王』の正体を突き止める。これがあなたの最初の仕事よ」
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