第一章 プロローグ
初投稿です。
なるべく、ペースを維持しながら、投稿していけたらと思っています。
満月が中天に差し掛かる頃、夜の闇を切り裂く様に馬の嘶きと、馬蹄が地面を激しく抉った音が鳴り響いた。
馬車が一瞬ガタリと揺れる。
大型の馬車の内部は、左右両脇に座席が備え付けられており、
しっかりとした造りをしていて、悪路でも多少の揺れなど感じさせないようだ。
座席には、和服を上品に着こなした美麗な少女が長い睫毛を伏せて座っている。
この馬車の乗客が少女だけだったのなら、令嬢の旅路の途中の様にも思えるが、少女のまとう張り詰めた雰囲気が、これが楽観的な旅ではないことを物語っていた。
少女の周囲には、まるで彼女を奥の席から逃がさないかの様に、大柄な男たちが座っていた。
男たちは、黒服を着込み、サングラスを掛け、厳めしい表情で黙して座っている。
少女は、気丈にも不安を沈黙で隠しながら、姿勢を崩さない。
その態度が、彼女の芯の強さを表していた。
>>>>>>
その馬車を、後方から追いかける一人の少年がいた。
まだ、青年というには、幼さの残した顔立ちをしている。
歳の頃は、10代半ばといったところか。
前方を疾駆する大型の馬車を、少年もまた全速力で走って追う。
上半身には、防刃防弾チョッキを着込み。左腰に佩刀。
通常の打刀よりも少し長い刀が、鞘の中には納められている。
背面の腰には、銃のホルスターが取り付けられており、彼が唯の10代半ばの少年ではないことが伺えた。
少年が地面を蹴るたび、足元が周囲の魔素と反応して青白く光る。
視界の隅を高速で流れていく景色。
スピードは、馬車より生身で疾走する少年の方が速いようだ。
鍛えられた足腰から確かな走法によって、装備の性能を十全に引き出すだけではなく、少年は自身を強化する術式を発動させている。
生身では、通常出す事が出来ない速力で移動しているのにも関わらず、少年の表情には余裕があった。
ザサッ
耳元のイヤホンから、澄んだ声の通信が入る。
『ここがラストチャンス。
向こう側に渡られたら、こちら側のターミナルからじゃ、直ぐには追いかけられないわ』
「ああ、分かってる。ここで決めるぞ。」
少年は、短く答えると、一拍気合を入れ、馬車との距離を一気に詰めた。
馬車に近づくと、跳躍し、背後から前方へ高速で移動する馬車の屋根へ着地した。
瞬間、屋根に取り付いた物音で、内部の黒服達が異変を察知した。
懐から取り出した大型の拳銃を音の鳴った方へ向けて構え、躊躇することなく引き金を引いた。
連続する発砲音と、木片を散りばめながら抉れる天井。
しかし、気配を察し、音よりも早く少年は、身を翻し、後方の扉側へ落ちる様にして滑り込んだ。
「奴ら、銃を持ってんな」
『これで現地の勢力の可能性は下がったわね。応援は必要?』
「いいや。余裕だよ」
短い会話を終えて、少年は不敵に笑った。
同時に、馬車の後方に備え付けられた扉から、内部に素早く侵入する。
中には、拳銃で武装し立ち上がっている3人の男と和服を着て座っている艶やかな少女が1人。
後方から侵入した少年に、4人の視線が向けられた。
天井へ銃撃していた黒服達は、すぐさま体勢を整えて少年へ銃口を向ける。
刹那、左手の1番近くの黒服の元へ、瞬時に間合いを詰めた少年は、引き鉄を引く前に掌底で黒服の顎へ一撃。
必殺の威力に撃ち抜かれ、黒服の首が勢いよく時計回りに曲がる。
流れる様な動きで、意識を刈り取った黒服を引き寄せる。
発砲してくる右側の男の銃撃を、引き寄せた黒服の背中を盾にして受ける。
そして、盾の死角から、相手の左耳へ向かって掌底を痛打した。
鼓膜を破られ体勢崩した黒服を横目にしながら、続け様に、盾にした黒服を左前の最後の1人に向かって、前蹴りで蹴り飛ばす。
行動を阻害された黒服は、拳銃を真っ直ぐ構えられず、突っ込んできた仲間を大急ぎで退かせようともがく。
「きゃ!」
和服の少女の驚いた小さな悲鳴が全て出終わる前に、少年は右側の黒服を馬車の後方、開いたままの扉から外へ投げ飛ばした。
「今外に放り出した奴は、アバターだ」
少年が短く通信相手に指示を出す。
『分かった。そっちには私が。ターゲットは任せたわ』
間髪入れずに澄んだ声の少女から返答が来た。
首尾よく2人を無力化し、正面に向き直った少年は、しかし、小さく舌打ちをする。
左前の最後の黒服の1人が、大柄な同僚に覆い被されながらも、右手を頭上にかざしていたからだ。
(こいつは、アバターじゃない!ハイブリッドの術者かっ!)
何らかの術式の発動を感知して、身構える少年。
しかし、黒服の手は、少年に向かず、馬車の床へと叩きつけられた。
閃光とともに、爆発する馬車。
間一髪、黒服の意図を読んだ少年は、和服の少女を抱き抱え、破砕された屋根に出来た穴から、全力で上空へと跳び上がった。
満月を背にし、少年は少女を両腕で横抱きに抱えながら、空中で姿勢を制御する。
眼下で大破する馬車。
大量の木片を撒き散らしながら、地面に擦り付けられながら横転して、残骸だけを残して馬車は完全に動かなくなった。
(出の早い術にしては、大した威力だったな。しかし、任務が失敗したとみるや、まさか自爆とはな。怖い怖い…奪われるくらいなら死んだ方がいいって訳か?ターゲットがいるのに、躊躇しなかったな…)
警戒しながら馬車の惨状を見下ろしていた少年は、敵の動きが無いと判断して、腕の中の少女を見た。
少女は、空中で怯える訳でもなく、少年の瞳をジッと見返してきた。吸い込まれる様な美しい瞳で。
誰もが見惚れる様な艶やかな美貌に、一瞬ながら、少年は目を奪われた。
空中から地面へ着地する。着地の瞬間に、衝撃を和らげる術式の発動を忘れない。
「よし、もう大丈夫だ」
少年は、腕の中の少女に話しかけたが、返事がない。
「?」
少年が覗き込むと、少女は気を失っている様だった。
>>>>>>
「様子は、どう?」
大破した馬車から、距離を取り、安全を確認してから、焚き火を起こした少年の後ろから、鈴の音が鳴る様な澄んだ声で少女が声を掛けた。
「トワか」
少年は、首だけ動かして背後を確認して、少女の名前を呼んだ。
トワと呼ばれた少女は、黒髪のロングヘアがよく似合う誰もが振り返る様な美しい顔と、瑞々しさと静謐さを併せ持つ、澄んだ雰囲気の少女だった。
どこかの制服だろうか、セーラー服に、薄手の黒の長袖のジャケットに、足元には腿まで届く防具を付けている。
彼女の細い脚に合う様に調整されているが、レガースタイプの防具だろう。
背中には、一本の刀。腰には、二刀一対の小太刀を佩ている。
制服に防具とは、アンバランスな出立ちだが、彼女が着ると調和して見えるのが不思議だった。
「見ての通りだ。気を失ってる。」
少年は、顎だけ動かして、焚き火から少し離した場所に横たわる和服の少女の方を指す。
少年のそんなぶっきらぼうな態度を気にした様子もなく、トワは、横たわる少女の顔を覗き込むと、無事を確認してホッと溜息をついた。
「間違いなく保護対象の夜久野キキョウさんね」
トワは、横たわる少女、夜久野キキョウの外傷をチェックしながら、少年に話しかけた。
「ああ、間違いない。途中で馬車から放り投げた奴はどうだった?」
「ダメだったわ。すぐに接続を切られてしまって…だけど、接続を切られる前に、サングラスの下の顔は見れた」
少年は、驚いた様子もなく、焚き火を見ながら答えた。
「そうか…3人のうち2人はアバターで、1人はハイブリッドだった。最後の術者…失敗とみるや、ターゲット諸共自爆しようとしたぜ。まーあ、奴らの装備と見た目からして、十中八九…」
少年は最後まで語らず、言葉尻りを少女へ譲った。
「ええ。ロシア勢だと思う。逃げた方角からも予想はしていたけど、船で大陸に渡るつもりだったのかしら」
「さあな。このまま奴らの進路を探れば、海岸線沿いに奴らの仲間でも見つかるかもしらないが、今は身動きが取れないからな」
新しい疑問に、少年は興味無さげに答え、キキョウの方を見た。
「そうね。保護対象の奪還が任務の最優先。このまま護衛しながら、本部に帰還するのがいいでしょうね」
冷静に状況を分析するトワに、「ああ」と少年。
「少し待っててもらえる?一応、本部に確認の連絡を入れるから。この辺りは、通信が悪くて…繋がりやすいところを探してくる」
「勢力圏から、だいぶ離れているからな。気をつけていけよ。この辺りは、街道があるといっても〝出る〟ぞ」
ぶっきらぼうな態度の中に、思いやりを見せる少年に、トワは微笑を送る。
冷静で静謐な物腰の中に、女性らしい柔らかさが生まれる。
「大丈夫よ。それより、カナタの方こそ、護衛対象がいる事を忘れないでね」
カナタと呼ばれた少年は、短く「ああ」と答えて、トワを見送った。
横たわるキキョウの近くに移動したカナタは、周囲に警戒の網を意識の中で飛ばしながら、すぐに自爆しようとした敵の姿を思い出す。
(誘拐をしておきながら、失敗とみるや躊躇わず消そうとするとはな…胸くそ悪い奴らだぜ)
キキョウを取り巻く複雑な事情が思い起こされ、カナタは自身の気分が悪くなるのを感じた。
焚き火の光に照らされるキキョウの寝顔を見るともなしに見て、カナタは任務前に聞かされたのキキョウの話を思い出していた。