番外編8.みんな羊になっちゃえですわ!!(コミックス4巻発売記念SS)
コミックス4巻発売を記念したSSを書きました。
いつも通りのテンションです。ぜひご覧ください。
「羊ですわ~~~~~!!!!!!!」
――それは、エウロパ様の思いつきで始まったイヴリンサマーキャンプ翌日のこと。
昨夜の肝試しのショックが抜けきらず、ほとんど眠れなかった私は何者かの悲鳴によって目を開けた。
「い、今のは……?」
「あの変な女の人の叫び声だね」
すでに目覚めているキラが冷静な口調で言う。確かに、「ですわ」口調で叫ぶといえばエウロパ様以外にはいないだろう。
慌てて身支度をととのえてからテントの外に出ると、エウロパ様は湖の傍で長い髪の毛を振り乱していた。その様子は、まるで髪の毛が激しくダンスしているかのようだ。
彼女の周りには欠伸をしているアレックス殿下に、エウロパ様の罵倒待機をしているイグナ殿下、エプロンを装着しているハハロパ様など、いつもの面々の姿もある。だいたいの人が、エウロパ様の悲鳴によって起こされたのだろう。
「エウロパ様、羊がどうかしたんですか?」
エウロパ様が大興奮しているのはいつものことなので、私はその発言の理由を問いかける。
すると振り返ったエウロパ様は、一心に私を見つめながら頬を緩めた。
「ああっ、イヴリン様、ごきげんよう! 今日も可憐でいらっしゃいますわ……! そんなあなたはさながら南の島に一夜だけ咲く伝説の麗しき花、そしてわたくしはあなたという名の花に潤いを求めてまとわりつく、しがない一匹の蝶――」
「おはようございます。さようなら」
「いやんっ、イヴリン様、どうか聞いてくださいまし! ――実はわたくし、人を羊に変身させる魔法を覚えましたのよ!」
にこやかな報告を受けた私は、半ば反射で「まぁ、素敵ですね」と返す。
「イヴリン、よく考えて。そんなに素敵な魔法じゃないから」
キラに指摘されて、確かに……と思い直した私は咳払いをする。
「一応お伺いしますが……その魔法はいったい、なんの役に立つんですか?」
「それはもちろん、迷える子羊の役に立つのですわ」
「ややこしいんですけど、どなたか困っている方がいるということですか?」
羊になりたくて困っている人なんて思いつかないけど、そういう特殊な事情を持つ子羊――ならぬ人もいるのかもしれない。するとエウロパ様は真剣な面持ちで頷いた。
「ご慧眼ですわ、イヴリン様。実は昨日の間に、イヴリンサマーキャンプの運営者であるわたくしのもとにいくつかの相談事が寄せられておりまして……『自分だってせっかくなら羊回で羊になりたかった』『一生に一度は羊になってみたかった』『柳矢先生に羊の姿になった華麗な自分を描いてほしかった』『キラ君の羊姿が見たかった』などなど」
寄せられているという投書の数々を、エウロパ様が滑らかに読み上げていく。いつの間にか控えていた神官長も、首を縦に振っていた。
「ワシらは全員が羊になりましたからな……羊になれなかった者たちが運命を嘆くのも当然ですじゃ」
「羊になる運命なんて、ないほうがいいと思いますけど……」
私だって、湖に落ちて羊になってしまったことで散々な目に遭ったのだ。
そう反論しつつ、頭の中に思い浮かべてみる。ええと、確か――。
羊になった人たち……イヴリン・セオドア・エウロパ・アレックス・神官長・神官たち
羊になってない人たち……キラ・カリン・イグナ・オズ・メアリ・ハハロパ・ジャクソン
……そうそう。こんな感じで、羊になれた人となれなかった人は分かれているのよね。
とか思いつつ、私は傍らのキラを見下ろす。すぐ視線に気づいたキラは、訝しげに眉根を寄せた。
「……イヴリン。その目はなに」
「ごっ、ごめんなさいキラ。キラが羊になったら、真っ黒い毛にきれいな黄金色の目をした羊さんになるのかしら、それはちょっと見てみたいかも……とか、そんなことを考えていたの」
ただでさえ美少年のキラのこと。羊になったとしても、それはそれは美しい羊になることだろう。
私の言葉を受けたキラはあからさまにいやそうな顔をすると、エウロパ様に視線を移した。
「ねぇ。その魔法って危険なんじゃないの?」
湖にかかっていた羊の呪いは、愛される者に口づけされないと人間に戻れないというものだった。
もし人間に戻るために同じような条件が必要となると、羊化には相応のリスクがあることになる。
「ご心配なく。わたくしの魔法であれば、二十四時間が経過すると自動的に人間に戻れますので」
「けっこう長いよ」
キラが突っ込む。
「エウロパ、もうよせ!」
そこで声を上げるのはセオドア様だ。
「キラ君が美羊になったりしたら、ますますイヴリンの心がキラ君に移ってしま――」
「男の嫉妬は見苦しいですわよ!」
「うわー!」
エウロパ様に突き飛ばされたセオドア様が、水しぶきを上げて湖に落下していった。
私はホッとする。羊の呪いはすでに浄化されているので、セオドア様はただ濡れるだけで済むのだ。
「ええい。もうこうなったら……羊になっていない全員を、今から羊にしちゃいますわよ~!」
反論を嫌ったのか、急速にエウロパ様が魔力を練り上げ始める。今すぐにでも魔法を使う気なのだろう。
しかしその頃には危険を察知したのか、キラとオズ殿下はエウロパ様から距離を置いていた。さすが常識人たち、危機管理能力も高い。
その場に残っているカリンちゃんとメアリはといえば、何やら楽しそうに話している。
「メアリお姉さんは、どんな羊になるんでしょう?」
「カリンこそ、きっと情けないくらい小さくて弱そうな羊になるわよ。そうなったら、仕方ないからあたしが守ってあげるけど……」
ジャクソン様とハハロパ様の姉弟も、和気藹々としている。
「ハッハッハ。嬉しいなぁ。私だって一生に一度は羊になってみたかったし、柳矢先生に華麗な羊姿を描いてほしかったし、キラ君の羊になった姿も見てみたかったからね」
「あら。さてはエウロパさんに投書を出したのはあなたですね? ジャクソン」
「ギクーッ」
わりと乗り気な面々の中、イグナ殿下はひとりで興奮していた。
「エウロパの手によって羊になれる日が巡ってくるとは……! 羊になれば、エウロパに首輪とリードを着けられて散歩することもできるということか。いや、それは羊にならずとも――可能!」
何やらゾッとする発言に背筋を震わせながらも、私はエウロパ様に呼びかける。
「エウロパ様、もうやめましょう。私には分かります……そんなことをすれば、間違いなく収拾がつかない事態になるって!」
「ですが、イヴリン様。わたくしはイヴリン様から聖女の地位を継いだ者として、新たに覚えた魔法の出来を見ていただきたいんですの!」
真摯な眼差しで告げられた私は、一瞬考えてから首を横に振る。
「……いえ! 聖女は瘴気を祓うのが役目であって、人を羊に変える必要はありませんから!」
「それでは行きますわ。――みんな『羊になっちゃえですわ』~~!!」
私の制止する声にも構わず、エウロパ様が聞いたことのない呪文を口にする。
その瞬間、強い光が彼女の身体から放たれて――。
「メェ……?」
「メッ……!?」
「メェ~」
「メェメェ!」
「メエメエメエ~!」
「メェエ…………ホゲ」
「メヒェッ。メヒェヒェッ……」
――すべては羊になっていた。
キラも、オズ殿下も、カリンちゃんも、メアリも、ジャクソン様も、ハハロパ様も、イグナ殿下も……全員が、もふもふもこもこの羊へと姿を変えていたのだ。
なんと甚大な魔力を有するエウロパ様の魔法は、離れた位置に移動していたキラやオズ殿下までもを容赦なく捉えていたのである。
「そんな。また、メェメェパニックが……」
両手で口元を覆う私のもとに、頬を紅潮させながら大量の涎を垂らすエウロパ様が近づいてくる。
「うふ、うふふふふ…………。邪魔者が全員羊になった隙に、わたくしはイヴリン様とイチャイチャラブラブパニックの大チャンスですわ!」
「まさか、最初からそれが狙いで……!?」
「もちろんですわ。この魔法は、母女神がわたくしに与えてくれた最高のアシストです!」
そのとき、私とエウロパ様の間に、湖から自力で這い上がってきたセオドア様が躍り出る!
「やめろエウロパ! イヴリンが怯えて――」
「貴様も再び『羊になっちゃえですわ』ーー!!!」
「メェーー!!!!!!」(うわー!!!!!!)
セオドア様が見覚えのある茶色い羊に変身させられるのを横目に、私は黒い毛を持つ羊に颯爽と近づく。
「……キラ。逃げましょう!」
「……メェ」
私の腕に抱きかかえられたキラ羊は、遠い目をしてこくりと頷いた。
あと二十四時間くらい、ここには戻らないようにしよう。







