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第2話.実家を訪ねようと思います

 


 大神殿を出てきた私は、とりあえず実家に向かってみることにした。

 五歳から今までずっと神殿暮らしだったから、他に頼れるあてもないのだ。


 といっても、道順すらよく覚えていない。

 自分の生家がサフカという家だということは知っているんだけど。

 でも、最後にその家で過ごしたのは二十三年も前のことで……聖女として大神殿に連れてこられるときはカーテンを引いた馬車でやって来たので、王都のどこをどう歩けば家に着くのかサッパリ分からないのだ。


(というか、両親の顔もうろ覚えだ)


 この二十三年間、両親は一度も私に会いに来てはくれなかった。

 ときどきやって来るメアリの口から、彼らの話が飛び出すことはあったが……メアリがどれほど両親に愛され、大切にされているかを語られても、私には何の感情も湧かなかったし。


(……とりあえず、右?)


 当てずっぽうに私は歩き出す。

 馬車代も支払えないので、とりあえず徒歩で行ってみるしかない。


(たどり着けるかどうかは分からないけど!)


 この国――スナジル聖国の王都であるラスタは、大勢の人々で賑わっている発展都市だ。

 国王が住まう王宮を始めとし、聖国の象徴ともされる大神殿、それに騎士養成学校や貴族学校など……ラスタには人の集まる建造物が多いのだ。


 私も子供の頃はよく出歩いていたはずだ。

 でも五年も経つと区画や道も整理されているためか、どこを見ても、歩いていても見覚えのある物はなく……ちょっぴり寂しい気持ちになる。


 そして王都の大通りまで出てきたところで、私ははっきりと認識した。


(うん、無理)


 がやがやとした人混みに呑まれそうになりつつ、私は早々に見切りをつけた。

 さすがにこのまま、勘だけを頼りに実家に戻るのは不可能だ。

 何せラスタは広すぎる。私が徒歩で数日歩き通したとしても、サフカ家に到着するかどうか微妙なラインだと思う。


 ならば取るべき手段はひとつだ。


 ――誰かに道を訊く。

 これしかない。


(なるべく親身になってくれそうな人を探したい!)


 キョロキョロと周囲を見回し、迷いつつ、私はちょうど野菜を買い終えた主婦に話しかけることにした。

 足元に子供の姿は無いから……たぶんそう邪険にはされないはずだ。そう信じたい。


「あの、すみません。道をお尋ねしたいのですが」


 私が声を掛けると、彼女は眉を上げた。


「どこに行きたいの?」

「サフカという家に行きたいんです」

「ああ、聖女様の実家ね。ホントに聖女様は人気だねぇ」

「え?」


 言葉の意味が分からず、私は首を傾げた。


「人気、ですか?」

「アンタも聖女様のファンなんだろ? 多いんだよねぇそういう人」


 分かってる分かってる、というように何度も主婦が頷く。


「一目でいいから、あの美貌の聖女が生まれ育った家を見たい! って人によく道を訊かれるんだよ。観光客も多いしね」


(…………そうなの?)


 初耳である。今までそんなこと誰にも教えてもらえなかった。

 そもそも美貌の聖女も何も、私の顔は一般的には公開されていない。

 国を挙げての祭祀の際は、聖女の私も国民の前に姿を出すことはある。でも建国時からの決まりで、必ず顔を白いヴェールで隠すし、国民からの距離も離れているのでせいぜい体格くらいしか分からないと思う。


 だから、私の顔なんて実際は誰も知らないと思う。

 ……美貌の聖女とか呼ばれるのは決して気分が悪くはないけど、何だか申し訳なくなってくる。


(実物を知ったら幻滅されそう!)


「聖女様の実家をけなしたいわけじゃないけど――あの家も守銭奴っていうかねぇ。そういう人たちから高い見物料をふんだくってるらしいよ、アンタも気をつけな」

「は、はい……」


 よく意味は分からなかったが、私がこくこく頷くと――主婦は身振り手振りで教えてくれた。


「サフカ家は、大通りをこのまま真っ直ぐ突き当たりまで進んで、右に曲がって……そしたら服飾屋『ウェルツ』って店の看板が見えるから、そこで左に曲がるんだ。その後、またすぐ左に曲がって、ずっと進んでいけば煉瓦造りの屋敷が見えてくるよ」

「ありがとうございます!」


 そして説明もすごく分かりやすい。

 思ったよりも意外に近い場所の気もするし。


 私がぺこっと頭を下げると、彼女は目尻を下げた。


「今日はひとりで王都に遊びに来たのかい?」

「…………えっ」

「本当に気をつけなね。……ほら、さっきから男共がチラチラこっち見てるよ」


 そんな忠告の言葉を残して、「じゃあね」と手を振って彼女が去って行く。

 取り残された私はと言えば、ショックのあまりしばらく言葉が出なかった。


(遊びに来たって……私、今年で二十八歳なんですが!)


 いったい彼女の目には私は何歳に見えたのか。

 訊きたい気もするが、やめておきたい気もする。


 そしてどうにかショックから立ち直った私は、主婦の最後の言葉を思い出して……キョロキョロと周囲を見回してみた。

 目が合った数人の男性が、慌てたように目を逸らして去って行く。


 ますます私は凹んだ。


(ゼッタイおのぼりさんだと思われてる……!)




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