ヒオリトシオリ
夏休みが終わって9月後半のある日、私は日織と帰り道を歩いきながら話していた。
「ねえ、日織……」
「んー?どうした、栞?」
「……ううん、やっぱいい」
「えーほんとに~?」
夏休みが明けてからの私は日織に上手く話しかけられない。少し前までこんなことで悩むことなかったのに……。日織を意識すると、話したいことがあっても口に出せなくなる。そんな私を日織はニヤリと笑って流してくれる。
「そういえば栞、進路決めた~?」
「うん、西大の推薦受けるつもり、親とか先生から受けたほうがいいって」
「えー!すごいじゃん!栞、いつも成績よかったしね~」
「日織は決めたの?」
「う~ん…私、華大にしようかなって」
「え………」
「住み慣れた所を離れると思うとやっぱり寂しいね」
そう言って日織は苦笑いする。
「じゃあまた明日ね」
「うん、明日…」
この「また明日」がどんどん少なくなっていくことに焦りが積もる。できることなら今すぐにでもこの気持ちを日織に言いたい。でも日織は私の事を親友としていつも一緒にいるわけで、いきなり私に好意を伝えても困らせるだろうし、それに今の関係が崩れるかもしれない怖さが私を縛り付ける。一層、このまま親友としての私の方が一番いいのかな…………。
帰宅して早々にお風呂と夕飯を済ませて、私はベッドで画面を眺める。心のモヤモヤを少しでも無くそうと癒し動画を見たり、音楽を聴いても減るどころか余計に増えた。
「はぁー………きも………」
寝たくてもいつもなら普通に起きてる時間。加えてモヤモヤが残ったまま心が落ち着かず全く寝れる状態じゃない。
「…………?」
たまたま開いたサイトの中に匿名で質問できる欄があった。こういうのはよく見かけてはいたものの私が手を付けることはないと思っていた。でもこの時は無性に誰かに聞いてほしくなり、こんな悩み誰も真剣に相手しないだろうと思いつつも、悩んでいること全部書き殴った。
朝、いつも通りに橋の手前で日織と合流し、会話しながら登校する。私の心の状態とは反対に、秋の気配が感じられて空も清々しいほどに青々としている。この世界に私だけが異質なものに感じさせられる。日織と離れた日には私はどうなっているだろう…………。
「……-ぃ……ぉ―ぃ…………ねえってば!」
「え……っ!?」
「どうしたの栞?何だか最近ボーっとしてること多いよ?何か悩んでるんじゃないの?」
「いや、なんでもないよ。ありがと」
「ほんとに?何かあったらすぐに話して。私じゃ解決できるかわかんないけど、聞くことぐらいならできるから!」
「うん…」
そういうとこだよ、日織。日織はいつだって私に優しくて、誰よりも真剣に話を聞いてくれる。そんな日織だから私はこんなに悩んでるんだよ…。
私の席はクラスの一番後ろ。机の上に教科書とかを多少雑に置いておけば、授業中に何かしていてもすぐに隠せる。これを利用して私は時々授業中にゲームをしたりする。
「…………?」
通知が入ったから開いてみると昨日の質問の答えのようだ。こんなに早く来るとは思っていなかったから若干驚きつつも、適当な、あるいはバカにした答えが来ているのではと恐る恐る見た。すると思っていた以上に丁寧に回答されていた。
昼休みに見ることにして日織には適当な理由をつけて私は一人で回答を見るのに集中した。内容は私の考えも交えた上で書かれていた。
―――――――――――――――
・親友を恋愛対象に入れるのはおかしいか
→私は何もおかしいなんて思いません。ずっと傍にいて、親友さんの魅力を知っているからこそ、その感情が動いたのでしょう。あなたが親友さんとずっと一緒にいたい、例え離れていても親友さんにとって特別な存在であり続けたいと思っているとしたらその気持ちを大切にしてください。
・告白したとして、今の親友の関係が壊れないか不安
→確かに不安ですよね。恐らく親友さんは今までそんな風にあなたが想っていたなんて想像もしていなかったでしょうから。ですが聞く限り親友さんならあなたの想いを伝えても大丈夫のように思えます。無責任に聞こえるとは思いますが、親友さんはきっとあなたの気持ちを受け止めその後も変わりない関係を維持できるでしょう。
・告白したくてもどういう風にしたらいいか分からない
→確かに色んな伝える方法があって、どう言えば一番いいのかわかりませんよね。少し想像してみてください。親友さんと大事なお話をする際、あなたはどのような方法で話したいですか?自分が落ち着いて話せると思える手段があなたにとっての一番の伝え方なんだと思います。またどう言えばいいのかですが、こればかりは正直私にも分かりません。お役に立てずすみません。ですが親友思いのあなたならきっと良い答えが見つかると私は信じています。
ここまで偉そうに回答してきましたが、私にも現在好きな人がいます。なのであなたと同じ立場にいるわけです。上手くいくか分かりませんが、お互いに頑張りましょう!
―――――――――――――――
「はぁ~~~~…………」
私は大きくため息をついた。アドバイスをもらえたのは嬉しい。だけどこれから行動に移そうと考えるとどっと疲れを感じる。やばい、なんか緊張してきた……。
机に顔を伏せていると誰かが頭をクシャクシャと撫でてきた。ちらっと見ると日織がニヤついていた。
「どーしたの、栞。寝不足~?」
「違う。あと髪クシャクシャってするのやめてって言ってるじゃん」
「え~だって栞の髪さらさらだからついやりたくなるんだよね~。それで?何かあったの?」
「うーん…………日織さ、今度いつ空いてる?」
「来週の週末なら空いてるけど、何か買いたいものでもあるの?」
「まあそんなとこ」
「ふ~ん、私もついでに新しい服でも買おっかな。あ、じゃあね!」
午後の授業の予鈴が鳴り、日織は自分の席に戻った。
そして一週間後の週末、私たちは街に買い物に行った。正確には買い物じゃなく、ただ一緒に時間を共有したかった。日織の予定を聞いたのも特に目的があったわけでもなく、考えなしに出た言葉がそれだった。
ほんと、何やってんだろ私………。
夕陽が差す帰りの電車の中、偶然にも私たちがいた車両には他の乗客はいなかった。私たちはがらんとした車両で肩を並べて誰にも気を遣うことなく会話を楽しんだ。
今日、日織と遊んで改めて実感した。私は日織が好きだ。できることなら今ここで気持ちを言いたい。でもこんなに楽しく喋ってる時間をもっと味わっていたい。もう、私、どうしたらいいの………。
「栞……?なんで泣いてるの……?」
「え…………?」
目元を触ると涙が出ていた。全く気付かなかった。
「いや、話が面白くて」
「じゃあなんでそんな辛そうな顔してるの……?」
「ごめん、ちょっと目がかゆくて…」
「うそ、栞は何か隠そうとするときいつもそうやって口を隠す。ねえ、ほんとは何かあったんでしょ?お願い話して。栞の辛そうな顔を見るのは嫌なの!」
話そうか悩んでいるとき、降車駅のアナウンスが入った。
「…………じゃあ明日の放課後、B棟の三階空き教室で待ち合わせしていい?そこで全部話す。でも一つだけ約束して。聞いて私のことが嫌いになっても、親友でいてくれるって…………」
「…わかった。もし今栞に無理言ってるならごめんね」
「ううん、私こそせっかく遊んだのにこんなになってごめん…」
駅に着いてからの私たちは気まずい空気のまま分かれ道まで一緒に帰った。
翌日は中学以来初めて一人で登校した。いつも隣にいた存在がいないというのはものすごく寂しく落ち着かない。でもそれ以上に、今日、いよいよ告白するということで胸が張り裂けそうなほど緊張している。私は昨日日織と別れてから何度ため息をついただろう。教室に入ると既に日織がいた。日織は一瞬私に気付いたようだった。でも気を遣ってくれているのか、他の子と話し始めた。今の私はただ友達と話している日織にさえ嫉妬している。そんな独占欲の塊みたいな今の自分が心底嫌になる。
この日の授業の内容は全く頭に入らなかった。
放課後になり私は一人で先に空き教室で待ち、しばらくして日織が静かに入ってきた。この時私は頭の中が真っ白になって、手汗が止まらなかった。
「それで…栞は何で悩んでるの?」
「うん…」
私は必死に口に出そうとしても上手く口が動かなかった。スカートを握りしめ唇を結び、日織の方を見れずに視線を下に向けた状態が数十秒続いたと思う。その数十秒は私にとっては体感で何分も経った気がした。すると心配そうに私を見ていた日織が優しく言葉をかけてきた。
「私が要求しておいて変だけど、言いずらいなら無理して言わなくていいよ?栞が落ち着いて話せるようになってから話してくれればいいから、ね?」
私に気遣いの言葉をかけてくれた日織はカバンに手を伸ばし、体を出入り口に向けようとした。その様子を見ていた私は気づいたら日織の制服の袖を摘まんでいた。
今、この時を逃したらこんな機会は来ないかもしれない。あったとしても日織の心境や周りの環境が少し変化して、私の想いが伝わりにくくなるかもしれない。私はもう告白する勇気を保てなくなるかもしれない。そんな負の考えが日織の背中を見た瞬間に脳内によぎり、反射的に体が動いていた。
「栞……?」
「私ね………日織のことが好きなの。親友としてとかじゃなくて恋愛対象として……。でもこんなこと日織に言ったら、私……もぅ…日織とぉ………っ…………今までみたいに話せないんじゃないかって…!」
突然の告白に日織は少しの間困惑したような表情を見せた。でも袖を摘まんだ私の手を握り、下を向く私の顔を覗き込んだ。
「言ってくれてありがとう……。こんなに辛い思いさせてたのにもっと早く気づいてやれなくてごめんね…?栞がここまで私の事を思って悩んでくれてたんだから、私もちゃんと答えたい。だから少しだけ時間もらえる?」
私の告白を聞いても変わらない日織の優しさと、ここまで来るのに葛藤したことの記憶で私はしばらくの間泣く事しかできなかった。
告白してから5日後の夜、日織から近所の公園に来るように呼び出された。私はすぐに家を飛び出し速足で向かった。公園に着くと日織が電灯横のベンチに座っていた。恐らくあの返事だろう。そう思うと急に胸が苦しくなった。日織もこっちに気づいたようで小さく手を振ってきた。
「ごめんね、こんな夜遅くに」
「ううん……」
日織は場所空けポンポンと優しく叩き、私に座るように指示した。
「………ねえ、私のことはいつからそういう風に見てたの?」
「…高校に上がって日織が陸上やってるの見た時から。私、吹部だから練習するときグラウンドが見えるって言ったじゃん?…最初は頑張ってるなーって、そのくらいだった」
「え~バカにしてる~?」
「いや、そうじゃないって」
こんな会話久しぶりにしたからか、さっきまで緊張していたのが少しずつ抜けていく。やっぱり日織と一緒にいると楽しいし落ち着く…。
「で、日織が県大に選ばれて遅くまで自主練してた時、なんか日織を見てるとかっこいいなって…すごいなって思った。でもそのせいで一緒に帰ることも減ったし、休み時間とかでも陸上の子たちと一緒にいること多かったじゃん?あの時日織が遠くにいってしまうみたいで嫌だった。二年になったら前みたいに戻るかな~って思ったら今度は後輩って……」
「え~仕方ないじゃん。あの時はほんとに後輩に指導しろって先輩たちにも言われてたし…」
「うん、わかってる…後輩たちをちゃんとまとめてるとことかかっこよかったよ…」
日織の方をちらっと見ると少し照れていた。
「でもこの時はまだ寂しいなくらいな感じで、そこまで意識してなかった…」
「…………それじゃあ、さ……っ…私を……好きになったのって…いつ?」
言いにくそうに話す日織をかわいく思い、口が緩みそうになったけど我慢した。
「8月に二人で行った祭りで、私が下駄で足痛めたとき日織がすぐ茂みで処置してくれて…その時の日織を見てたら胸がどきどきして…あぁ、私、日織が好きなんだな…って思った」
「……そっか…………」
「ねえ、日織…?返事、聞いてもいい…?」
「うん……今こうやって改めて話してわかった…」
日織は私と距離を詰め、頭を傾けてきた。
「……………………私でよかったら、お願いします……」
その一言を聞いた私は一気に涙が溢れた。日織は「もぉ~」といいながら手で涙を拭ってくれた。私はただただ嬉して、そのまま日織に抱き着いた。すると日織も優しく抱き返してくれた。嬉しい…とにかく嬉しい……。こんなことならもっと早く言っておけばよかった…。そしたら卒業までにもっと日織と色々できたのに…。でも今は、この時間を味わっていたい…。
「日織…ありがと…」
「ううん。私こそ好きになってくれて、ありがと……」
この日以来、私たちは前よりも一緒にいようとした。でも私たちは受験生。せっかく付き合い始めたのに遊びに行くことも制限された。そして時間はあっという間に過ぎていき、12月。私は推薦で受けた西大に無事通ることができ、時々日織の家に行っては遊ぶのを我慢しながら勉強に付き合った。日織は部活引退後から予備校に行っていたようで、周りが驚くほどに成績が伸びたという。勉強を付き合うといっても私が手伝えるのもギリギリのレベルの問題ばかりだ。とっくに華大のレベルは越えていると思ったが日織曰く、念には念をだそうだ。日織はここまで慎重派だっただろうか。こんなことが本番の直前まで続いた。私はこの数か月で今まで見たことない日織を見ることが出来た。もう満足だ、そう自分に言い聞かせた。
後日日織から合格報告が送られた。私は日織と一緒に喜びたかったのに素直に喜べなかった。やっぱりこれからも一緒にいたい。会いたくても日織は入学準備や手続きで会えず、話すのは電話越しだった。
そして、最後まで日織とは会えず私は入学した。
遠距離恋愛となり、いい加減切り替えろと自分に鞭を打つも日織のことを思えば思うほど辛くなる。そんなことを考えながら校舎に続く桜並木を通っているとき強い風が吹いた。まるで今の私に日織が元気づけてくれているみたいに感じる。風と共に桜が舞い散り、風の音と一緒に誰かに呼ばれているような気がしてふと後ろを振り向いた。そして私はその私を呼ぶ声がする方へと走った――――――。
いかがでしたでしょうか?
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