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破棄系

星の示す未来

作者: アロエ




日も暮れてもうじきに暗くなろうかという頃合いの事。一人の少女が虚ろな表情でふらふらと国境の方へと歩いていこうとしていた。



「おやぁ、そこのお嬢ちゃん。あんた、大変な目に遭ってきたようだね」



年若い、しかも美女の類いになるのにここに来るまでに誰にも少女に声などかけなかった。しかしそんな事など知る由もないと言わんばかりに、道端の石に腰掛けた老婆は声をかけた。嗄れた声は辛うじて女性であると判断できるもの。声をかけられた少女は一瞬身を小さく跳ねさせ、のろのろと老婆に目を向けた。



「……何で、そう思いましたの?」


「そりゃあ、長く、長く生きてきた婆だからね。大抵の事は聞かずともわかるものさ」



飄々とした風に老婆が答えれば少女はなるほどと納得したように小さく頷き息を吐きだす。



「……そう。貴方、あの場にいた人というわけではないのね」



あの場という言葉を口にしてはまるで痛みを思い出したかのように俯き、睫を震わせた。それを見た老婆が再びそっと口を開く。



「あんたがいう場がどこの事かはわからない。けれどあんたはとても辛く厳しい波に襲われる運命だ。これは誰にも変わる事ができない、あんた自身が耐えて、整理をして、立ち直らなきゃ解決できない問題さね。今はまだ考えるだけでも辛いだろう。でも、それを乗り越えられたならきっとあんたには祝福が与えられるよ。そういう星の巡りだ」



しわくちゃで開いているのかわからない細い目の老婆はそういうと空を見上げる。少しずつ出始めた星々が、老婆の言葉に応えるよう煌めき夜空を彩っている。それらを見ながら老婆は右腕をゆっくりと上げていくと星を指差していく。



「ほぉら、見てごらん。あの一際輝く白の星の少し下に小さく赤い星があるだろう?あれがあんたの星だ。周りの星々に圧迫されながらもまだ輝きは失っていない、それどころか夜が深まる程に少しずつだが光は強くなっているはずだよ」



自分の足元に視線を落としていても暗くなり始めている事もあって、あまりよく見えない。それで更に鬱々とした気分になっていたが、老婆に促されて僅かながら興味が湧き、おずおずと空を見上げ。目を見開いた。


色とりどりの星が煌めき、何かを囁いているような笑いあっているような。そんな不思議な思いを抱いたのだ。今まで淑女らしいマナーとやらを延々と学ばされてきたがポカンと開け放した口を戻すに思考も至らなくなるほど。



少女には衝撃だった。



それからどれくらい経っただろう。そんなに長くは見とれていなかったはずだが、我に返って慌てて口を閉じた時、老婆が笑った。



「ふぇっ、ふぇっ、星に魅入られたかね?でもそれは悪い事じゃあない。よく言うだろう、死んだものは星となって残してきた家族や友人なんかを見守ってくれるようになると」



本当にそんな事が起きているかなんてあたしらにはわからないけど、でも星には簡単には言い表せないような不思議な力が宿っているんだよ、と羞恥に頬を染めていた少女に語って聞かせた。それはまるで幼い子に絵本などを読み聞かせるように柔らかで優しい調べ。


そんな老婆の声を聞いているうちに、少女はなんだかズタズタに引き裂かれたように感じていた胸が少しずつ癒やされ、もやもやと渦巻いていたものが抜けていくように思えた。



「そう……。ではきっとあの私の星も私が今消えてなくなってしまうかこの試練を乗り越えられるか、見ているのね」



今までもずっと見守ってきてくれたのかもしれない。もしかしたら寝ている間に次の試練を乗り越えられるようにと力をくれていたかもしれない。


それに気付かなかっただけで。


そう星を見つめながら零せば老婆はまた嗄れた声で笑う。



「そうさね。今がどれだけ辛くとも、落ちるところまで落っこちちまったら、もうそれ以上は落ちようがない。あとは自力で登ってくか、それとも上から誰かが縄やら手を差し出してくれるかもしれないだけさ。安心おし。少なくとも老い先短いあたしより若いあんたには活力もある。まだ次を望めるんだよ。希望の灯が完全に消え失せちまったわけじゃない」


「……そうね」



目を閉じ、息を大きく吸いこみ吐き出す。そしてゆっくりと目を開いて行くと少女は星々の輝きをその目に移し花が開いていくような微笑みをのぞかせた。



「ここで終わってたまるもんですか。ええ、こんな不完全な思いを抱えたまま私は潰れる女じゃないもの」



くるりと身を翻し、少女は来た時よりも足取り軽く歩きだす。



「ありがとう、占い師のおばあ様。私まだまだやれそうよ」


「そりゃあ良かった。しっかりあんたの心が済むまでおやり。大丈夫、あんたの味方は近くにいる。声を出せないだけで、タイミングを掴めないだけで足踏みを踏んでいるにすぎない。なんならあんたから近づいていっておやり。必ずその手を取り返してくれるからね」



その言葉に手のひらを返してきた連中とは別に自分を心配そうに見ていたものたちの顔が次々と浮かんできて少女は目頭が熱くなる思いを堪え、後ろ手に手を振って老婆と別れる。


少女の堂々たる背が見えなくなるまで老婆は見送って、そして腰を緩慢な動作で上げると汚れたローブの中から杖を取り出しコツコツとそれを鳴らしながら国境いの道を越えて夜闇にと消えて行った。


近くに突っ立っていたにも関わらず少女にも老婆にも声をかけなかった門番はひとりごとを漏らす。



「今日は静かな夜だねえ。一っ子一人きやしない」
















それから暫くして。とある貴族のスキャンダルと少女の話題が国を駆け巡った。


パーティーで無実の罪を着せられて国外へと追放されかけた少女と、少女の無実を訴えた両親、知人、そして様々な場所で彼女を見ていた証人たち。


彼女は多くの人々によって潔白を主張し、彼女の罪とあげられた全ては証拠が不十分であったり辻褄が合わないと露呈した。


罪を着せたものは逆にその仕打ちと非道さが広まり公の場から姿を消す事となり、少女は新たに縁のあった心優しく彼女を一心に見つめ共に歩いてくれる得難き人を得て、苦も楽も共にしその一生を生き抜いた。


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