移動教室
「…あれ?」
私が教室に入ると、クラスメイトたちは一人も教室にいなかった。もう休み時間も終わりに近づいているこの時間に誰も教室にいないなんて、みんなどうしたのだろうか?何か授業の変更でもあったのかもしれない。
「どうしよう…」
私は前の授業の時、体調が悪くなり保健室で休んでいた。普段から貧血気味で、ふらふらして保健室で休ませてもらうことも珍しくなかった。今日は割と早く回復してきたから、次の授業には間に合うように急いで教室まで戻ってきたのに、その教室には誰もいない。
授業が変更になったのか、それとも移動教室に変わったのか、誰かに聞こうにもそれができない。今から学校中を探すとなると、もう少ししか残っていない休み時間も終わってしまうだろう。それに授業が変更になっていることも考慮するとすべの教科書を持ち歩かないといけなくなる。今の私にはそんな体力はない。八方ふさがりだ。
「はぁ…」
ため息をついて自分の席に座り込む。
私はいつもこうだ。
幼いころから身体が弱く、何をするにもうまくはできない、そのせいで周りにも気を遣わせてしまう始末。人に迷惑をかけたくないと常々思っているのに、一人ではなにもできない。
今だってそうだ。私は一人ではなにもできない。
前の授業中に具合が悪くなり、授業が中断、みんなに迷惑をかけてしまったし、隣の席の水瀬さんには保健室まで連れて行ってもらうなんて、さらに迷惑をかけてしまった。
水瀬 咲弥さん。
彼女は嫌な顔一つせず、私を保健室のベッドに寝かせ先生に様態を伝えると、ただただ心配そうにしながら戻って行った。とても優しい人だ。あんなに綺麗で、なんでもできるのに私みたいなのにも普通に接してくれている。あんなにいい人とせっかく隣の席になれて話す機会も増えた。せっかくだから仲良くなりたいけど、私なんかじゃ迷惑になるだけなのかもしれない。
「はぁ~、私ってほんとダメ、水瀬さんに迷惑かけたくなかったなぁ」
ため息が止まらず、思いを口に出すと目が潤んで涙がにじんできた。このまま誰もいない教室で泣いて授業をサボってしまおうかと思ったとき…
「椎名さんはダメなんかじゃないよ」
優しい声がきこえ、目の前に綺麗なハンカチが差し出された。
「え⁉」
驚いて顔をあげると、そこには今まさに考えていた私の隣の席の女の子、水瀬咲弥さんが立っていた。
「み、水瀬さん!どうしてここに⁉」
「椎名さんを探してたから」
「わ、私を?」
「移動教室に変更になったことを伝えたくて、保健室に行ったんだけど入れ違いになっちゃったね」
「そう、だったんだ」
水瀬さんは私のことを考えて、わざわざ保健室まで来てくれた。水瀬さんが私をそこまで気にしてくれていた!その事実が私の心を幸せで包み込んでいく。
生きててよかった!体中の細胞が活性化している気がした。
「それに…」
「あ…」
「私は椎名さんにもっと頼って欲しいな、友達でしょ」
そう言って水瀬さんはハンカチで私の目元を拭いてくれた。目の前で微笑む彼女の顔を見て、私は思いっきり泣いた。声を上げて泣いた。ガン泣きする私を水瀬さんは優しく抱きしめてくれた。ここぞとばかりに私は水瀬さんに抱き着いた。
水瀬さんはとってもいい匂いがした。
「ざじゃじゃん、っでよんで、でっか?」
訳:「咲弥さんって呼んでいいですか?」
「?」
涙と鼻水まみれでうまく話せない私の言葉に咲弥さんは困ったように首をかしげていた。
かわいすぎて細胞が活性化した。
登場人物ファイル
椎名結花…儚げな雰囲気の少女。小さな頃から身体が弱く、そのせいで周りに迷惑をかけたことが何度もあり、自分に自信を持てないままでいた。咲弥と話をするようになってからは本来の明るさを取り戻した。今は筋トレに興味がある様子。




