テンプレだけど、当事者は辛い。
大好きなラノベ・乙女ゲーム。
悪役令嬢転生物も好きだった。
色んな物を読みあさった。
ゲームも、無料・有料問わずやりまくった。
物語はいつも私を夢の世界に連れていってくれる。
辛い境遇になっても、身につけた知恵と能力で成功を勝ち取る。
読むと幸せな気持ちになった。
現実と解離すればするほど、読んだ時の幸せ感は増した。
今度生まれ変わったら、こんな世界で、主人公として生きてみたい。
そう思った時もあるほどに。
だけど、今味わっている現実は、痛い。
夢じゃ無いから悲しい。
突き飛ばされて痛い。
座り込んで床も冷たい。
足もくじいたのか痛い。
騒ぎに気づいた人たちに遠巻きに見られているの恥ずかしい。
好きな人からの冷たい視線も胸に痛い
全部全部辛い気持ちが沢山集まって最上級に辛い。
でも、物語の主要キャラたる悪役令嬢は顔を上げて、凛として無ければいけない。
大切な断罪シーンなのだから、最後まで役目を果たさなければならない。
この断罪が終われば、私の人生は終わるのだろう。
主人公の良い子ちゃんのその後はスチルとか、エンドロールで流れたりする事もあるけど、悪役令嬢のその後は数行だ。
数行の未来が私に待っている。
死なのか、償いの日々なのか。
それはわからない。
だけど、今、物語のクライマックス。
イザベラの最後の見せ場だ。
誇り高いイザベラがうつむいたままじゃいけない。
妙な義務感で頑張って、顔を上げる。
でも、辛いなぁ。
泣きそうなのを堪えて、苦しみを堪えて、何でも無い顔をする。
辛い気持ちを悟られることはプライドに触るから。
やっぱり主要キャラはすごいな。
こんな辛いことを耐えなくてはいけないなんて。
とか、どうでも良いことを思ってしまう。
「何か言うべきことがあるだろう。」
「何か・・・とは?」
反射的に言葉が出た。
意識は紗菜でも、言葉や態度は、まだイザベラのままだ。
イザベラの今までの記憶と、私、紗菜の記憶がごっちゃになって気持ち悪い。
「謝罪の言葉もないのか。」
「・・・・私をこのように辱めるのは殿下の意向ですの?」
口からは一応貴族令嬢のような言葉が出た。
けど、なんだか違和感が半端ない。
「そうだ。私は君、イザベラ・ヴァーテブラとの婚約を破棄する。」
言うと思った。
そういう流れだと思ってた紗菜は平気だけど、今までのイザベラの記憶が号泣してる。
好きだったんだろうな。
イザベラはイザベラなりに頑張った。
この国の第二王子の婚約者として、常に緊張してた。
勉強もさせられてきた。
ストレスが半端なくて、わがままだったけど。
でも、頑張ってきたと思う。
一番認めて欲しい人には認められなかったけど。
「そして、新たにシンリー嬢を婚約者に迎える。
今までの君の行動は許されない。
本来ならそれなりの罪に問われる所だが、君には更生の機会を与えて欲しいというシンリーの温情により奉仕活動を命ずる。今すぐ現場に向かえ。私は無理ではないかと思うが、シンリーの為に少しは君の性根が矯正されることを願っている。」
王子様が口を閉じると皆が口々にシンリーを讃える。
シンリー優しい。
シンリー素敵。
シンリー最高。
って、鈴宮紗菜の語彙能力なら二文字で終わってしまうような内容の事、お貴族様特有の修飾語を付けだらだら話している。
あぁ、茶番だなって思う。
私はズキズキ痛む足を堪え、なるべくイザベラらしく優美に立ち上がると頭を垂れた。
平民のシンリーにはできないだろう、イザベラの今までの努力の集大成のようなカーテシーを。
スカートを掴む指先、力の入れ方、スカートの素材に合わせわずかに持ち方を変え、最も美しく見えるようにスカートの中に隠れている足先まで神経を行き届かせる。
もちろん腰を折る時は重心がぶれないように腹部に力を入れ、頭を垂れる。早さ、角度も望ましいと指導された事を優美に、どれほど辛くても何よりも優美さを優先して行う。
「殿下の御心のままに。」
静かに、それでいて、遠くまで通るように意識して発声する。
令嬢は声、話し方でも人を魅了しなければならないと教育されてきた。
ほぅ。
と、遠巻きに眺めていた群衆からため息が漏れた。
私はそれを、聞きながら姿勢を戻すと、そのまま背を向けた。
沢山の視線が私の背中に注がれているのを感じる。
振り返りたくなる。
「シンリーに感謝の言葉もないのか。」
「謝罪をしろ。」
今頃、そんな言葉も聞こえる。
だが、振り返らない。
振り返ってなるものか。
背中の視線が冷たい物に変わっていくのを感じる。
見られているだけ。
なのに痛い。
なのに、温度を感じる。
イザベラはこれにずっと耐えてきたんだ。
悪意ある視線、ただの興味本位の視線、なら、見られない方が良い。
誰にも存在を感じられない方がマシだろう。
そう、前世の私のように。