第8話 エンカウント
川沿いを歩いて数時間。
お昼過ぎに出たので、空が徐々に赤みがかってくる。今のところ特に問題もなく、魔物も出てきていない。
とりあえず日が沈んで暗くなったら家に帰ろうか。
『アンタ、結構歩いたのに全然疲れとらんな』
そんなもんか?
普段から休日は色んな所に行ってたし、数時間歩いていることもよくあった。慣れているのだろう。たしかにセリを背負っての移動だが、セリは大体10~20キログラム位なので、少し重いくらいだ。本人もおとなしく入っているので、楽だしな。
・・・まぁジタバタされたら下ろすだけだけど。
しかし、言われてみると確かに疲労感は少ないな。この調子だと、夜通し歩いてもいける気がする。
「しかし結局魔物には会わなかったな」
『何や?魔物に会いたいんか?嫌そうにしてたやん』
「襲われるのが嫌なだけで、魔物には会ってみたい。どんなのか気になるし」
『・・・アンタ変わってんなぁ。普通魔物に会いたいとか思わんで』
そんなもんか?
まぁまだこの世界二日目なので考え方が違うのかもしれない。
いまいち魔物の怖さがわからないんだよなぁ。
見た魔物ってセリだからな。
!、そういえば川の中にも魔物がいるってセリが言ってたな。
「なぁセリ、この川にいる魔物ってどんな魔物なんだ?」
『さぁ?会ったことないしなぁ』
・・・・えっと、どうゆうこと?
いるって言ってたじゃん。知らないの?
『いるのは確かや。ただ、遠くから見ただけやさかい、よくは分からん』
そういうことか、てっきり知ってるもんだと思ってた。
『遠くから見たときは、大きな鋏が水面から出てたで』
「鋏か・・・カニかな?」
釣れるか?
家に釣り道具あるかな?あれば試してみよう。 餌はどうしようか。
『アンタ、なんかしようとしてるやろ』
「いやいや、そんなことないぞ」
ふぅ、勘の鋭い奴だな。
『アンタ足止まってんで』
・・・・・
考えに意識が行き過ぎて、歩みが止まっていた。そりゃ気づかれるわ。
「いや、実はーー」
『!! ススム、少し下りぃ!』
急にセリが大きな声を出し、器用にリュックから飛び出る。シュタッと俺の前に着地して、川沿いの側にある茂みを睨みつける。突然のことなので、俺はただオロオロしていた。
「なぁ、どうしたんだ?」
『アンタが見たがってた魔物や、そろそろ出て来んで』
ガサガサッ。
セリが言うのと同時に茂みが揺れ、そいつは姿を現わす。
全身が黒い毛で覆われた大きな蜘蛛だった。大きさは俺の腰ぐらいまである。
「蜘蛛!?、 でかっ!!」
『アーススパイダーや、この辺やとよく見かけるで。糸に気い付けや』
どうやらセリはよく知っている魔物らしい。セリの様子を見る限り問題はなさそうだ。
しかし、これだけでかい蜘蛛だと、顔とかもはっきり見える。昆虫の顔って気味悪いの多いよな。
しかも見た感じ、毒も普通に持ってそうだな。
「セリ、毒とかに気を付けろよ」
『大丈夫や、攻撃される前に終わらせるで』
そういうと、セリは尺取り虫のように身を縮める。そして消えた。
実際に消えたわけではないが、速すぎて目で追えなかった。その場には土煙だけ残っている。
『ススムー終わったでー』
どこに行ったのかとキョロキョロしていると、アーススパイダーの向こうからセリが向かってきた。アーススパイダーはというと、頭から尻まで風穴が空いており、絶命しているのは見てすぐ分かった。数秒してその体は地面に崩れ落ちる。
セリは、一撃でアーススパイダーを倒した。まさか瞬殺とは、セリさん恐れ入ったよ。
「一応、どうやって倒したか聞いていいか?」
大方予想はついてるけど
『思いっきり体当たりしただけやで。当たる瞬間に鋼質化を使って威力をあげるんや。自分も痛ないし一石二鳥やで』
ああ、鋼質化も使ってたのね。
鋼並の強度の物があんな速度でぶつかったら、生物の体なんかひとたまりもないわな。
「そうか、俺には速過ぎてまったく見えなかったよ」
『そやろ!そやろ!、あれはスピードが命やねん。あの技を避けんのは難しいでぇ』
ぴょんぴょんしつつ自慢するセリ。
確かに避けるのは難しい。てか無理、少なくとも俺には避けられない。
セリが味方でよかった、こんな死に方は嫌だしな。緑色の血溜まりを作りつつある蜘蛛の死体を見て思った。
「ん?あれなんだ?」
蜘蛛の死体の中にキラリと光るものが見えた。恐る恐る近付くと宝石のような石が落ちている。流石にそのまま触るのは嫌なので、軍手をして拾う。元々肉にくっついてたのか、肉片がついていたのですぐさま川で洗った。一気にSAN値が下がったよ。
『それは、魔石やな』
「魔石?」
『せや、魔物が自然から取り込んだ魔力を凝縮させたもんや。魔石が一定の質まで育つと、魔物は進化したり、変異したりすんや』
え?魔物って進化するの?
『その魔石を見る限り、このアーススパイダーももうちょっとで、何かしら変化してたと思うで』
「それを聞くとなんか悪いことしたな」
『なにゆうてんねん。この世は弱肉強食、コイツがウチらの前に出てきたんがあかんねや』
それはそうだが、まだ襲われてもなかったし。そもそも向こうに敵意はあったのか?
『ん?、アーススパイダーは基本温厚やで。多分無いんちゃう?』
・・・そうか。
アーススパイダーよ、ウチのツチノコもどきが凶暴ですまない。お前の魔石、無駄にはしないからな。
「今日はもう帰るか・・」
『?、ええけど、どないしたん?』
なんでもないよと返しておく。少し歩いた所で門を出し家に戻った。
こうして魔物の初エンカウントは終わった。
故アーススパイダー「ぼくは悪い蜘蛛じゃないよ」