一緒に落ちぶれよう
兗州刺史・曹操は司馬・荀彧、寿張令(県令)・程昱に鄄城を守らせ、再び陶謙征討に行った。
程昱は劉岱が戦死し、代わって曹操が兗州を支配することになった際、曹操が程昱を招いた。程昱は直ぐに様、これに応じた。以前、劉岱が招いても行かなかった程昱が曹操に招かれるとすぐに応じたため、郷里の人々は行動に矛盾があると述べたが、程昱は笑ってとりあわなかった。曹操は彼と語らい、気に入ると寿張県令を代行させることにして、今に至っていた。
「程昱殿、この戦いはいつまで続くのでしょうか?」
荀彧は程昱に問いかける。
「陶謙が死ぬか。誠心誠意の謝罪でもすれば終わるであろう」
「今、曹操様は陶謙を追い詰めている。いいえ追い詰めすぎていると言っても過言ではありません。そのような戦を続けていって果たして大丈夫なのかと思うのです」
「それを曹操様に話しされれば良い」
「わかってはおりますが……」
今の曹操は明らかに人の意見に耳を傾ける状態にない。
「ならば、今はこの戦いが早く終わることを願うだけだ」
程昱はそう言った。
「前回は予想外の援軍もあったが今回は大丈夫であろう」
その言葉通り、曹操は五城を落としてからそのまま各地を攻略して琅邪、東海に至ってみせた。経由した場所が残滅(破壊)されていった。
その後、兵を還して郯を通った。
陶謙は配下の将・曹豹と劉備を郯東に駐屯させて、曹操を邀撃させた。しかしながら曹操がこれを撃破してみせた。
曹操は更に襄賁を攻めて破り、通った場所の多くで殺戮を行っていった。
恐れた陶謙は逃走して丹陽に帰ろうとした。ここは彼の故郷である。
しかしちょうどこの時、異変が起きた。曹操軍が突如退却していったのである。
「また、物資不足でしょうか?」
関羽は劉備に問いかける。
「いや、どうだろう。ちょっとわからないな」
その後、徐州の者たちにも曹操が撤退したことがわかった。陳留太守・張邈と陳宮が曹操に謀反を起こし、呂布を迎え入れたのだと言う。
「これでしばらくは徐州には来れないですな」
簡雍の言葉に劉備は頷いた。
「しかし、張邈が曹操を裏切るのか……無常だね」
陳留太守・張邈は若い頃、遊侠を好み、袁紹と曹操と仲が良かった。
しかしながら袁紹が董卓討伐連合の盟主になった時、驕慢な態度があったため、張邈が正論を述べて、袁紹を責めた。すると袁紹は怒って曹操に張邈を殺させようとした。
されど曹操は同意せず、こう言った。
「孟卓(張邈の字)は親友である。故に是非があっても許容するべきだ。今、天下がまだ定まらないのに、どうして自ら互いに危めるのか?」
まだ前年、曹操が陶謙を攻撃した時、決死の志を抱いて家族にこう命じた。
「もし私が還らなければ、孟卓を頼りに行け」
後に曹操が帰還して張邈に会うと、互いに涙を流して泣いた。
このように曹操は張邈のことを深く信頼し、親友として接しており、多くの人から見ても本物の信頼関係だと思うほどであった。
そのため陳留の人・高柔が、
「曹将軍は兗州を拠点にしているが、元々四方の図(四方を兼併する考え)があるため、安んじてここだけを坐守することはできない。また、張府君は陳留の資本に頼っており、将来、隙に乗じて変を為すだろう。諸君と共に避難したいと欲するがどうだ?」
郷人にこう言った際、人々は高柔が年少ということもあってこの言葉を聞き入れることはなかった。
ちょうど高柔の従兄・高幹が河北から高柔を呼んだため、高柔は宗族を挙げて高幹に従うことにした。当時、高幹は袁紹に従って河北にいた。
皆が裏切ることは無いと思えるほど、曹操と張邈の関係であったが、当の本人である張邈は曹操に明かしていないことがあった。
呂布が袁紹から離れて張楊に従った時、彼は張邈を訪ねたことがあった。呂布はどこが気に入ったのか別れに臨んで張邈と握手して惜しんだ。
これを聞いた袁紹は大いに張邈を恨むようになった。そのため曹操も知らなかったということはなかっただろうが、彼は何も言うことはなく、張邈も明かさなかった。
しかしながら張邈はいずれ曹操が袁紹のために自分を殺すのではないかと畏れ、心中不安になる日々を贈るようになった。
そんな時、元九江太守・辺譲が曹操を謗った。具体的な内容は不明であるが、多くの人々の前で堂々と謗ったようである。それを聞いた曹操は辺譲と妻子を全て殺してしまった。
辺譲には元から才名があったため、兗州の士大夫が皆、恐懼した。張邈は曹操の暗黒面に触れた思いでますます恐怖するようになった。
そんな中、陳宮が宴に誘った。張邈は陳宮のことを剛直壮烈な人物で曹操の親愛を受けている男だと思っていた。そんな彼の宴に誘うとそこには従事中郎・許汜、王楷および張邈の弟・張超がいた。そこで彼らは張邈にこう切り出した。
「共に曹操に対して、謀反を謀ろう」
と、張邈は驚いた。彼らは曹操は父親の仇討ちとはいえ、多くの無辜の民を犠牲にしており、そのことを避難すれば、辺譲のように殺される。もはや曹操は兗州の長に相応しくない。
「だが……」
「兄上、誠に曹操を友とすることができるとお思いか」
張邈は弟のその言葉に無言になる。
(私は……)
陳宮が張邈に言った。
「今は天下が分裂崩壊して雄傑が並び起っています。あなたは千里の衆を擁して四戦の地(四方が争う要地)に当たり、剣に手を置いて四方を眺めていmすので、人豪と為るに足りていますが、逆に人の制御を受けています。情けないことではありませんか?」
反董卓連合に参加しておきながら結局、董卓と戦ったのは孫堅と曹操である。その曹操に対して使われているのが自分である。
(惨めだ……)
そう思わない時はなくはなかった。
「今、州軍(兗州刺史・曹操の兵)が東征しており、その拠点が空虚になっています。また、呂布は壮士で、戦を善くして遮る者がいません。もしとりあえず彼を招いて共に兗州を治め、天下の形勢を観て、時事の変を待てば、これも天下を縦横する一時(一つの時機、機会)となるでしょう」
(呂布を招くのか)
呂布と握手した時のことを思い出した。あの時、熱い思いが通ってきたのを覚えている。
(それにこのようなことを成そうとするのは、孟徳に親愛されている陳宮……)
「お前はなぜ、曹操を裏切る?」
「裏切るとは人聞きが悪い。私は相応しくない者を追い出そうとしているだけに過ぎません」
(こんな男にも孟徳は裏切られるのか)
曹操の笑顔が浮かぶ。その笑顔が汚れていくのを想像すると張邈はなぜか嬉しさを覚えた。
「わかった。従おう。共に呂布を招こうではないか」
「よく決断してくれました兄上」
張超が喜んで、張邈の手を取る。
(恐らくこれで私の手は薄汚れていくことだろう)
だが、これで曹操を汚すことができる。曹操は自分を裏切ることは無いかもしれない。しかし、曹操の元で居続けても張邈という男は落ちぶれていくだけであろう。
(それならば、一緒に落ちぶれようではないか……)
「私たちは親友だろ。曹操?」
それなら、一緒に苦しもう……そして、一緒に落ちぶれよう……親友として……




