李傕
呂布の下にいた蜀の兵が反乱を起こし、李傕の兵らを城内に招き入れた。
「信用できるか?」
「大丈夫です」
賈詡は侵攻すると決まった時点で配下を長安に先行させ、こちらに手引きする者の仕込みを行っていた。
李傕はそんな彼の言葉を信じて、兵を城内に入れた。
「問題ありません」
何らの問題もなく、侵入ができたと報告を受け、李傕は兵たちに好きなように暴れるように指示を出した。それにより、兵たちは略奪を始めた。
李傕は略奪するななどの綺麗事を言うつもりは無い。人の暴力性を発揮させる方が兵としては強いと彼は思っている。
呂布が城中で戦ったが、勝てなかった。明らかに勢いが李傕らの方が上であることと、自分の配下から反乱を起こした者がいることから、呂布自身が彼らを信じて動かせきれないというのもあった。
そこで彼は董卓の頭を馬鞍に繋げ、数百騎を率いて城外に逃走することにした。だが、その途中、青瑣門外で馬を止め、王允を招いて一緒に逃げようとした。
呂布は王允の傲慢さに腹を立てていたが、それでも王允への敬意を忘れていなかったのである。
しかし王允はこう言った。
「もしも社稷の霊を蒙って上は国家を安んじることができるのならば、私の願いである。もしそれができなければ、身を奉じてこれのために死ぬだけだ。皇帝は幼少で、私しか頼りにする者がいない。難に臨んでとりあえず逃れるのは、私には忍びない。汝には尽力して関東諸公に礼を尽くして頼み、関東諸公が勤めて国家を念じるようにさせてほしい」
そのため呂布は王允に別れを告げて、長安を脱出した。ここから呂布の放浪が始まる。
李傕と郭汜は南宮掖門に駐屯した。太常・种拂が、
「国の大臣になりながら暴虐を禁じて凌辱を防ぐことができず、白刃を宮に向かわせてしまった。どこに逃げることができようか」
と言い、戦ったが、彼らに返り討ちにあった。その他にも太僕・魯馗、大鴻臚・周奐、城門校尉・崔烈、越騎校尉・王頎を殺した。吏民の死者も一万余人に上り、街中が混乱に陥った。
王允は献帝を抱えて宣平門に上り、兵を避けた。
「皇帝がいます。敬意を示し、確保するべきです。さすれば我々は官軍になることができます」
賈詡としてはここから献帝が巻き込まれて死んでしまうのは今後のことを考えると問題になると思い、李傕らの行動に制限をかけるべきと考え言った。
李傕らはその言葉を受けて、城門の下で地に伏して叩頭した。
そんな彼らに献帝は問うた。
「卿らは兵を放って縦横させているが、何をしようと欲しているのか?」
献帝としては董卓から開放してくれた王允には感謝しているだけに彼らが敵であるという認識を持っている。
李傕らは賈詡に助けられながら言った。
「董卓は陛下に対して忠であったのに、理由もなく呂布に殺されました。我々は董卓のために讎に報いるのです。敢えて叛逆を為すのではありません。事が済めば、廷尉を訪ねて罪を受けることを請います」
李傕らは門楼を包囲し、共に上表して司徒・王允を出すように求め、
「董卓に何の罪があったのだ」
と問うた。
献帝としては董卓なんぞのために仇討するという彼らを信用できない。しかし、王允はこれでは献帝が殺される可能性もあると考えている。
そのため王允は門楼から下りようとした。
「王允……」
献帝は涙を流しながら止めようとしたが、
「どうかご自愛下されますことを」
王允はそう言って李傕らに会いに行き、彼らによって捕らえられた。
賈詡は李傕らの代わりに献帝の元に出向き、献帝の外に出て共に行くように促した。
翌日、天下に大赦を行った。そして、賈詡の主導の元、李傕を揚武将軍に、郭汜を揚烈将軍に任命し、樊稠らを全て中郎将にした。
ここで賈詡は意図的に彼らの上下の差をそこまで設けないようにした。
李傕らは自分たちの政権を強固にするために司隸校尉・黄琬を逮捕して殺した。
王允はかつて同郡の人・宋翼を左馮翊に、王宏を右扶風に任命していた。
李傕らは捕らえた王允を殺そうとしたが、賈詡は二人が憂患になると述べ、まず宋翼と王宏を招くべきと進言した。
王宏は使者を宋翼に送ってこう伝えた。
「郭汜と李傕は我々二人が外にいるため、まだ王公を危めていない。今日、召還に応じてしまえば、明日には共に族滅されるだろう。良い計はないだろうか?」
宋翼はこう言った。
「禍福は量り難いが王命である。避けることはできない」
王宏は溜息をついて言った。
「関東の義兵が鼎沸(鼎が沸騰すること。騒乱、喧噪の様子)して董卓誅滅を欲していたが、今、董卓が既に死んだため、その党与は容易に制すことができるだろう。もし兵を挙げて共に李傕らを討ち、山東と互いに応じれば、これが禍を転じて福と為す計になる」
宋翼はこれに従わなかった。
王宏も一人で行動するには力が足りなかったため、共に招きに応じた。
李傕らはもはや問題は無いとして、王允および宋翼、王宏を逮捕し、併せて殺した。王允の妻子も全て死に、族滅された。
王宏が臨命の際(死に臨んだ時)、罵ってこう言った。
「宋翼の豎儒(愚かな儒生、読書人)は大計を議すに足りない」
李傕は王允の死体を市に曝した。
敢えて死体を収めようとする者はいなかったが、故吏(旧部下)の平陵令・趙戩だけは官を棄てて死体を収め、埋葬した。
以前、王允が董卓討伐の功労を独占したため、士孫瑞も功を王允に帰して封侯されてはいなかった。そのおかげで士孫瑞は難から免れることができた。
李傕らは賈詡を左馮翊に任命し、更に封侯しようとした。しかし賈詡は、
「これは救命の計です。何の功がありましょうか」
と言って固く辞退した。
李傕らは賈詡を尚書僕射にしようとしたが、賈詡は、
「尚書僕射は官の師長であり、天下が望みを託している官です。私の名は元から重くないため、人を服すことができません」
と言った。最終的に賈詡は尚書に任命された。
「彼らはやがて不満を持ち、互いに攻撃しあうことになるだろう……」
そこからどう抜け出すかが、今後の課題であると思いながら彼はそのための最善は何かと考えるようになった。
李傕らが長安城の中に入った兵たちは一斉に略奪を行った。その手が蔡邕の娘である蔡琰の元にも伸びた。
蔡琰はこういう時に女がどんな目に合うことかわからないような人では無い。
(私は蔡邕の娘。その私が陵辱されるなど……)
異民族のような格好をした男たちが入ってきたのを見た瞬間、彼女は舌を噛み切り、自害を図った。倒れこみ、意識を失う瞬間、入ってきた男たちの首が飛ばされるのを見た。
そして、白い格好の男と二人の貧相な男が入ってきた。
「お前に興味は無いが、お前の血筋には興味はある。死んでもらっては困る」
白い格好の男がそう言ったのを聞きながら彼女は意識を手放した。
「どうだ、どうにかなるか?」
二人が倒れている蔡琰の傍に寄るのを見ながら白い格好の男、左慈が問いかけた。
「どうにかするのが医者ですので」
張仲景がそう答える。
「私としてはこのまま死んでもらって解剖するのが良いのだが……」
そう言うのは、董奉である。
「解剖はその辺りの有象無象にやれ」
「やりますともせっかく戦で解剖する材料が増えたのだ。しっかりとやらねばな」
董奉は医者を名乗っているが、実のところ生者に興味はなく、死者の体に興味があるという男である。
「取り敢えず、舌をくっつけましょう。今なら回復できましょう」
「そうだな、まあその後、蘇生できるかはこの女次第だ」
「必ずや蘇生させます」
二人は見事に施術を持って、噛みちぎられた舌を元に戻した。
「糸は残るかもしれませんが、仕方ありませんね。生きること以上に大事なことはありません」
張仲景は彼女がまだ意識が取り戻していないが生命の危機は脱したことを述べた。
「せっかくの美女だ。解剖したかったなあ。せっかく自害したんだからそのまま死なせれば良かったものを」
「何を言っているのですか。私たちは医者です。人を救うことが使命であり、そのために腕を磨くのです。そして、患者はその努力に報いるために救われる義務があるのです。彼女は義務を果たした。素晴らしい女性だ」
董奉は左慈に張仲景を指さしながら言う。
「こいつの方が私よりも変人だからな」
「知ってる」
左慈は肩をすくませながら二人を連れて屋敷を出るとそこに子供がいた。
「さっきから外にいた子供だな」
左慈はその子供が自分たちが入ってからずっと外に留まっていることを知っていた。
「いやあ、入ったら殺されることになるなあと思いましてね」
子供はそう言った。彼は彼らの中の特に左慈が常人の存在では無いことを知っていたのである。
「もう入って良いぞ。お前に渡すために生かしたのだからな。あとこの屋敷にある書物も持っていくといい」
「いいの?」
「構わん。全て覚えたしな」
「じゃあ、もらう」
子供は意気揚々と入ることを決めると後ろから彼の部下らしき者たちが現れ、屋敷の中に入り、蔡琰を始め、書物などをごっそり持っていった。
「女よりも書物が欲しかったけど、美人だからそのまま僕のものにしようっと」
子供はそう言って立ち去っていった。
「あれが劉豹か。まさか子供だったとはな」
左慈はそう呟いた。
蔡琰が目を覚ますと目の前には子供がいた。
「あなたは?」
「僕はね。劉豹」
子供はそう答えた。子供の格好を見ると明らかに自分たちとは違う格好であり、その格好から彼が匈奴であることを理解した。
「なんで……?」
「色々あって、あなたは僕のものになったんだよ」
劉豹はそう言って笑った。
道端で倒れている人がいたら緊急蘇生を試みて、例え、このまま死なせてくれって言っても殴ってでも蘇生させるのが張仲景。
道端で倒れている人がいて、駆けつけて死んでいれば喜々として解剖し、生きていれば唾を吐き捨てて立ち去るのが董奉。でも金さえくれれば薬はくれる。




