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三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

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暴君の死

 董卓とうたくは弟・董旻とうびんを左将軍に、兄の子・董璜とうこうを中軍校尉に任命した。


 このように董卓の宗族内外(遠近の宗族)がそろって朝廷に列しているというのが、漢王朝の状況であった。


 董卓の侍妾が懐に抱いている中子(長子と少子以外の子)も皆、封侯されて金紫(金印紫綬)で遊んでいたという。。


 董卓は越権して天子を真似た車服を使い、三台(「三台」は尚書台、御史台、符節台、または尚書を中台、御史を憲台臺,謁者を外台といい、合わせて三台と呼んだ)を呼び出した。


 尚書以下が皆、董卓の府を訪ねて啓事(報告)するようになった。


 また、郿に塢を築いた。壁の高さと厚さがそれぞれ七丈あり、三十年分の穀物を蓄積した。


 董卓はこう言った。


「事が成ったら天下に雄拠する。成らなくてもここを守れば天寿を全うするだけの蓄えがあるだろう」


 董卓は人を誅殺することを何とも思わず、諸将の言語に過失があれば、すぐに面前で殺戮した。人々は安寧な生活ができなくなっていた。


 そこで、司徒・王允おういんと司隸校尉・黄琬こうえん、僕射・士孫瑞しそんずい、尚書・楊瓉ようせきは董卓誅殺を密謀し始めた。


 彼らは慎重に事を進めようとしていた。


 鄭泰ていたい何顒かぎょう荀攸じゅんゆうは董卓暗殺を図ったが、事が露見し、鄭泰は袁術えんじゅつの元に逃走して、病死。何顒は捕らえられて、牢獄に入れられ今後の拷問を恐れて自害した。荀攸も捕らえられたが、如何なる拷問に屈することはなく、沈黙を保っているという。


 自分たちも同じような目に合う可能性は高い。そのため慎重に慎重を喫していた。しかしながら未だに名案が浮かんではいなかった。


「全く、だらしないわね」


 その様子を貂蝉ちょうせんは見ていた。


 彼らがどうにか董卓を暗殺してもらわなければ、目的の物を見つけることができない。


「ちょっと力を貸すとしますか」


 貂蝉は呂布りょふに近づいた。


 王允らが董卓の暗殺に躊躇している理由の一つは呂布の存在がある。彼は弓馬に習熟しており、膂力(体力)が常人を越えていた。董卓は自分が人を遇す態度に礼がないと知っていたため、行動する時は常に呂布を自分の護衛として従わせており、甚だ寵信して父子の誓いを立てるほどであった。


 そのため董卓に暗殺者を近づけるのも難しかった。


 そんな彼に貂蝉は近づき、関係をもった。


「さてと、次は……」


 貂蝉は董卓の女官の間で呂布が女官に手を出していると噂を流した。


 董卓の性格は剛褊(強情・頑固)で、そのことを知るとかつて突然、手戟(小戟)を抜いて呂布に投げつけた。


 呂布は手戟を避け、様相を正して謝罪した。


 董卓は怒りを収めたが、この件の後に董卓は呂布に中閣(宮中の小門)を守らせた。僅かに遠ざけたと言っていいだろう。呂布は女官である貂蝉と関係をもったこともあり、不安を覚えるようになった。


「さて、これで動きなさいよ」


 貂蝉はこの董卓と呂布の状況を王允たちに密かに伝えた。


 王允は呂布に対して友好的に接していた。そのため彼は呂布に暗殺を企ていることを悟られないようにしながらもこのことを知って、悩んだ。


(呂布という男を暗殺に使うことはできるだろうか?)


 盲点だけに悩みつつも彼はできると思った。呂布は名誉欲が強いと言われている。だが、王允からするとそれは微妙に違い、彼には英雄願望(ヒロイズム)があると感じている。つまり董卓という暴虐者を討ち滅ぼす英雄として祭り上げれば、十分、こちらになびかせることができるのではないかと思った。


(ここで危険を避けていては董卓をいつまでも滅ぼすことはできない)


 王允は覚悟を決めて呂布に会いに行った。呂布は王允のことを嫌っておらず、自ら危うく董卓に殺されそうになったことを語った。


(やはり行ける)


 王允はこれを機に董卓誅殺の謀を呂布に告げて内応させようとした。しかし呂布は迷い、


「父子のような関係はどうするべきでしょうか?」


 と問うた。王允はこう答えた。


「君は元々、姓が呂なので、本来骨肉ではない。今、死を患いる余裕もないのに、なぜ父子というのか。戟を投げた時、父子の情があったというのか?」


 呂布は同意した。


 呂布を暗殺の実行者にするというのは協力者たちに驚きを与えたが、それでも呂布が実行できれば董卓を滅ぼすことができる。


 王允たちは協力者たちの同意を得ると暗殺のために献帝けんていの元に密かに趣いた。


 四月、献帝は病を患ったが、治ったため、未央殿に百官を集めて大きな会を開くことにした。


 そこに董卓も朝服を着て、車に乗って入宮することにした。。


 道を挟んで兵を並べ、董卓の営から皇宮まで左に歩兵が、右に騎兵が立ち、守衛の兵が周りを囲み、呂布らが前後を護衛した。


 王允は尚書僕射・士孫瑞に自ら詔書を書かせ、呂布に授けさせた。計画の漏洩を恐れての行為である。


 呂布は同郡の騎都尉・李肅りしゅくと勇士・秦誼しんぎ陳衛ちんえいら十余人に偽って衛士の服を着させ、北掖門内を守って董卓を待たせた。


 董卓が門に入ると、李肅が戟で刺した。しかし董卓は服の中に甲冑を着ていたため、戟が刺さらなかった。それでも董卓は腕)負傷して車から落ち、後ろを向いて、


「呂布はどこだ」


 と大呼した。すると呂布はそこに現れて、


「詔によって賊臣を討つ」


 と応えた。


 董卓が大いに罵った。


「庸狗(飼い犬。または凡庸な犬)が何をするのか」


 呂布は董卓の声に言い終わる前に矛を持ち、董卓を刺した。その後、兵を促して斬首させた。


 主簿・田儀でんぎと董卓の倉頭(奴僕)が進み出て董卓の死体に向かって走ったため、呂布は彼らも殺した。

 

 呂布が懐から詔書を出して吏士に命じた。


「詔によって董卓を討っただけだ。残りは皆不問とする」


 吏士は皆、正立したまま動かず、万歳を大唱した。


 百姓が道で歌舞し、長安中の士女が自分の珠玉や衣装を売って酒肉を買い、互いに慶祝する者が街肆(街中)を埋めた。


 董卓の弟・董旻や董璜らおよび宗族は老弱とも郿に居たが、全て群下(属僚、群臣)に斬られたり矢を射られて死んだ。董卓の三族が滅ぼされます。


 董卓の死体は市に曝された。当時は暑くなり始めた時で、董卓は元々充肥(肥満)だったため、脂が地に流れるほどであった。


 守尸の吏(死体を監視する官吏)が大炷(大きな灯心)を作って董卓の臍の中に置き、火を灯すと、日が明けるまで光明を保ち、これが連日続いたという。


 その後、諸袁(袁氏)の門生が董氏の死体(ばらばらになった董卓の死体)を集めて焼き、灰を路に撒いた。これが暴君の最後であった。


 董卓が死んだ隙に貂蝉は董卓の私物を回収する兵に化けて、屋敷の中を片っ端から探し回ったが、項羽の小剣は見つからなかった。


「なんで無いのよ」


 彼女は苛立ちながら指を鳴らすとその場にいた兵や屋敷を燃やして董卓の屋敷から立ち去った。


「ふふ、これが項羽の小剣ですか……」


 ある場所で小剣を持ちながら微笑む男がいた。その男の名を大費たいひという。


「後は、赤兎馬が欲しいんですよねぇ」


 彼はそう言って笑った。




 


 

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