表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志  作者: 大田牛二
第二章 群雄割拠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/372

何進

 何進かしんは朝政を掌握するようになると、蹇碩けんせきが自分を害そうとしたことを怨み、秘かに蹇碩誅殺を考えるようになった。


「やれやれ、妹が皇后になってからこのようなことを考えなければならなくなってしまった」


 霊帝の使者がやってきた時は高貴な天上人の世界に行くのだと思っていたのだが、実際のところは多くの妖怪じみた連中が我欲をむき出しにする伏魔殿でしかなかった。


「その伏魔殿を少しでも住みやすいところにしなければな」


 何進が宦官の排除を考えていることを感じたのか袁紹えんしょうが何進の親客・張津ちょうしを通して諸宦官を全て誅滅するように勧めた。


 袁氏は累世の貴寵を受けており、豪桀が袁紹と従弟の虎賁中郎将・袁術えんじゅつに帰心していたため、何進は袁紹らを信任していた。


 しかしながら袁術は袁紹への対抗心から豪傑を用いているため、本当の意味で慕われていると言うと違うと思われる。


 何進は広く智謀の士を集め、何顒かぎょう荀攸じゅんゆうおよび河南の鄭泰ていたいら二十余人を招いた。


 何顒を北軍中候に、荀攸を黄門侍郎に、鄭泰を尚書に任命し、全て腹心にした。


「袁紹に、袁術か……」


 荀攸は何進が信頼を寄せる者たちの中にその二人がいることにわずかだが、眉をひそめた。


「袁紹は洞察力を持たない自信家に過ぎず、袁術は行動力のある我が儘……この連中に何を成し遂げることができようか……」


 一方、蹇碩は何進の動きを疑って不安になっていた。彼はそこで中常侍・趙忠ちょうちゅう宋典そうてんらに書を送った。


「大将軍兄弟は国制を掌握して朝廷を専断しており、今は天下の党人と謀って先帝の左右の者を誅殺し、我々を掃滅しようとしています。ただ私が禁兵を統率しているので、暫くは躊躇しているのです。今、共に上閤(省閤。宮門)を閉じて、急いで捕えて誅すべきです」


 中常侍・郭勝かくしょうは何進の同郡の人で、何太后と何進が貴幸に及んだは郭勝の力があったからである。郭勝は何氏を信頼して親しくしていたため、趙忠らと議論して蹇碩の計に従わないことにした。そもそも何進に喧嘩を売ったのは蹇碩であって、自分たちではないのである。それどころか自分たちは何進たちのために働いたことがあるぐらいである。蹇碩に味方する義理は無いのである。


 そのため逆に蹇碩の書を何進に示した。


「やはりな」


 ここでの何進の動きは素早かった。何進は黄門令に蹇碩を逮捕させて誅殺した。これを機に何進が蹇碩の屯兵(守衛の兵。禁兵)を全て指揮下に入れた。


「このまま一気にあなたの権力を拡大していくべきです」


 袁紹の意見を入れ、何進は権勢を争っていた票騎将軍(驃騎将軍)・董重とうじょう(董太后の兄の子)を排除することにした。元々宦官が董重を支持して党助(党援)になっているというのもある。


 董太后が政事に関与しようとした時、いつも何太后が禁塞(禁止、阻止)したため、董太后が憤怒してこう罵ったことがあった。


「汝が今、傲慢でいられるのは、汝の兄(何進)に頼っているからだ。私が票騎に命じて何進の頭を断たせるのは容易なことだ」


 これを聞いた何太后は何進に告げた。


 五月、何進が三公と共に上奏した。


「董太后は元中常侍・夏惲らを州郡と交通(交流)させ、財利を奪い集めて全て西省(永楽宮)に入れています。故事によるならば、蕃后は京師に留まることができません(蕃后は諸侯王の后です。董太后は霊帝の母で解瀆亭侯・劉萇の后)。本国に宮を遷すことを請います」


 少帝(実際は何太后)は上奏を裁可した。


 その後、何進が兵を起こして票騎将軍府を包囲し、董重を逮捕した。董重は免官されて自殺した。


 ここまでの動きから考えてみると何進は自分からでなく、相手から手を出した瞬間に動くというのが特徴的である。


 六月、董太后は憂い恐れて突然死した。


 意外にも人々は彼女の死を哀れみ、何進を批難した。


「意外だな、董太后が慕われていたとは聞いたことは無いが……」


 鄭泰が困惑しながら荀攸にそう言った。荀攸はこう言った。


「彼らは董太后を憐れむというよりはその先にいる渤海王……いや今は陳留王か。彼らはあの方を哀れんでいるのだろう……」


 劉協は董太后の死後、陳留王に移されていた。


 ある意味、この時、劉協がどうなるのかということに関心を持つ者は多く、同情する者もいたのである。


「大将軍が指示する皇帝よりも同情とはいえ、人心が集まる諸侯王か……」


 荀攸はそう呟いた。


 その頃、袁紹が何進に進言した。


「以前、竇武が内寵を誅滅しようと欲して逆に害されたのは、情報が漏れたのが原因です。五営の兵士は皆、宦官に畏服しているのに、竇氏はかえってこれを用いたので、自ら禍滅を取ることになりました。今は将軍の兄弟(何進と何苗かびょう)が並んで強兵を領しており、部曲の将吏は皆、英俊名士で、喜んで力と命を尽くし、もはや事は掌中にあるようなもの。これは天祐の時です。将軍は一挙して天下のために患を除き、後世に名を残すべきです。この好機を失ってはなりません」


 袁紹の意見を取り入れ、何進は何太后に報告して中常侍以下の宦官を全て罷免し、三署郎を用いて欠員になった職務を補うように請うた。


 しかし何皇后は同意しなかった。


「宦官が禁省(禁中)を統領するのは、古から今に至るまで、漢家の故事なので、廃してはなりません。そもそも、先帝(霊帝)が天下を崩御したばかりなのに、私がどうして姿を明らかにして士人(男)と共に事に対処できましょうか?」


 何進は何太后の意に違えるのが難しいため、とりあえず放縦な者だけを誅殺するかと考えた。


 しかし袁紹は宦官が至尊(皇帝・太后)と親近な立場におり、至尊の命を下に伝えたり、下の意見を上に伝達する立場にいるため、今のうちに全て廃さなければ、必ずや後の患になると考え何進を説得した。


 何太后の母・舞陽君や何苗はしばしば宦官から賄賂を受け取っていたため、何進が宦官誅殺を欲していると知ると頻繁に何太后に報告して宦官を庇い、またこう言った。


「大将軍は勝手に左右の者を殺し、専権して社稷を弱くしようとしているのです」


 何太后は心中で疑ってその通りだと思うようになった。


 何進は今まで真っ向から敵対してくる者に対しては率先して戦うが、相手が手を出さない限りではこちらも早々には手を出さないところがある。今のところ宦官たちは大人しくしている。ある意味、何進は敵対行動は受動的であると言えるだろう。


 そのため宦官が王朝の癌であるという認識は持っているが行動に移すことができなかった。


 ここが何進の弱さであり、良さでもあると言えなくはない。


 何進は大将軍としてはそこまで質は悪くないだけにここで行動を移せれば、もしかすればもう少し後漢王朝は延命することができたかもしれない。


 宦官は何進が思っている以上に鋭い剣を持っていることを彼は知らなすぎた。




 



今段階の後の曹操を支える軍師たちのイメージは


荀彧は人当たりのいい好青年。


荀攸は冷静沈着で少しドライ。


程昱は豪胆な性格。


郭嘉は毒舌家。


って感じで今のところ想定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ