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三国志  作者: 大田牛二
第一章 数多の戦旗

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荊州南部の混乱

 張温ちょうおんが涼州を討伐するために、幽州の烏桓突騎三千人を徴発していた。


 元中山相・張純ちょうじゅんが将になることを請うていたが、張温はこれに同意せず、涿令・公孫瓉こうそんさんに指揮させることにした。


 公孫瓚は字は伯圭といい、若い頃から声が大きく頭が周り容姿も優れていた。


 盧植ろしょくの元で劉備りゅうびと共に勉学を学んでいたことがある。


 太守の劉氏が法律に触れて廷吏に連行されたとき、公孫瓚は法に触れる危険を犯してこれに随行し、雑役を代わって務めた。劉氏が日南郡に流罪となりそうになると、公孫瓚はこれに随行するため北虻山の上で先祖を祭り、米と肉を捧げて涙を流し祈った。


 人々はこの姿を見て涙を流した。劉氏は赦免を受けて帰還することができると多くの人々が公孫瓚のことを褒め称えた。


 公孫瓚はこう言ったことから孝廉に推挙されて郎となり、遼東属国長史となった。数十騎の小勢を率いて城外に出て辺境の砦を巡察したとき、数百騎を率いた鮮卑族の一団を見かけた。これを自ら突撃して半数の手勢を失うも撃退した。鮮卑は公孫瓚を恐れ、この後、国境を侵すことは稀になった。


 こういったことから評価されて将となった公孫瓉の軍が薊中に至ったが、食糧の支給が滞ったため、烏桓の多くが叛して本国に還ってしまった。


 張純は将になれなかったことを恨んでいたため、同郡の元泰山太守・張挙ちょうきょおよび烏桓大人・丘力居きょうりききょらと連盟して挙兵した。


 薊中を侵略・略奪して護烏桓校尉・公綦稠こうきちょう、右北平太守・劉政りゅうせい、遼東太守・楊終ようしゅうらを殺し、兵衆が十余万に及んで肥如に駐屯した。


 張挙は天子を称し、張純も彌天将軍・安定王を称した。州郡に書を送って張挙が漢に代わるべきだと伝え、漢の天子が位を避けることを要求して、公卿に張挙らを迎え入れるように命じた。


 その後、張挙らは幽・冀二州を侵し、荒らしまわった。











 十月、長沙賊・區星きょうせいが将軍を自称した。衆が一万余人に上り、城邑を包囲攻撃した。


 霊帝れいていは詔を発して議郎・孫堅そんけんを長沙太守に任命して討伐させることにした。


 孫堅が長沙郡に到着した時、郡中が震服(震えあがって従うこと)した。


 孫堅は良吏を選んで任用し、こう命じた。


「謹んで良善を遇し、官署の文書を治める時は必ず治(治政の道理)に則り、盗賊は太守に送れ」


 孫堅はすぐに長沙の官吏の心を掴むと素早く軍をまとめて進軍して、賊に攻撃されている地への救援に向かった。その素早さと孫堅の有名を知っている賊は恐れて逃走した。


「逃がすか」


 孫堅自ら将士を率い、方略を設けて一月足らずの間に區星らを破って平定してみせた。神業に近い速さである。


 周朝しゅうちょう郭石かくせきと言った者たちも徒衆を率いて零陵・桂陽で挙兵し、區星と互いに呼応していた。


 孫堅が區星を平定した頃、廬江太守・陸康りくこうの甥が宜春長を勤めており、周朝、郭石らの攻撃に晒されていたため使者を送って孫堅に救援を求めた。


 孫堅は厳を整えて(厳正な態度で)救援に向かうことにした。


 しかしながら本来、管轄外の郡への出兵のため主簿は進み出て孫堅を諫めた。しかし孫堅はこう答えた。


「孫堅には文徳がなく、征伐によって功を立てた。郡界を越えて討伐し、他の郡を保全するのだ。これによって罪を獲たとしても、海内において何を恥じる必要があるか」


 孫堅は郡境を越えて遠征した。


 助けを求められた以上は助けに行く。それが孫堅である。彼の旗下の下に従う程普ていふ韓当かんとう祖茂そもらは実に誇らしげであった。


 瞬く間に宜春を救うと、孫堅は続けて零陵・桂陽にも兵を進めた。


 零陵に至るとそこで賊相手に奮闘する将の姿が見えた。強靭なる肉体で大剣を振り回す大男である。


「援軍として参った。長沙太守・孫堅である」


 孫堅はその将に大声で叫んだ。


「おお、長沙太守の援軍とは感謝する。私は黄蓋こうがいと申す」


 黄蓋、字は公覆という。祖先が南陽太守の黄子廉という人物であった。黄蓋の一族は祖父の時代に零陵へ移住し、若い頃に父が亡くなったため貧しい生活をしていたが、常に大志を抱き、上表文の書き方や兵法の勉強に勤しみ、郡の役人になった男である。


「賊はどの程度か」


「数は多いものの、烏合の衆でございます」


 剣を振るいながら黄蓋は叫ぶ。


「では、我らの敵ではござらんなあ」


 孫堅はそう笑うと一斉に兵を賊軍に突撃させた。


「江東の虎は伊達ではないぞ」


 孫堅軍の凄まじい強さに賊軍は大破された。


「黄蓋殿、我らは桂陽にこのまま向かいまする」


「桂陽にもでございますか。しかし、よろしいのですか。あなたは長沙太守。本来は管轄外でございましょうに」


「皆が大変な時、何故、協力せずにいられましょうか」


 孫堅は太陽のような輝きの笑みを浮かべてそう言った。


(ああ、このような男がこの世にはいたのか)


 その眩しい笑顔に目を細めながら思う。


(この男と共に戦場を駆けてみたい)


「この黄蓋めも着いていきますぞ」


「おお、感謝する」


 黄蓋はこうして孫堅に付き従うようになった。彼は郡の役人として評価され、三公から中央へと呼ばれたが、これを断ってまで孫堅に従い、以降、孫氏三代に仕え続けるのである。


 孫堅の活躍により、荊州南部での反乱は鎮圧され、朝廷は孫堅の功績を記録し、彼を烏程侯に封じた。


 



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