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三国志  作者: 大田牛二
序章 王朝はこうして衰退する

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曹騰

 176年


 五月、永昌太守・曹鸞が上書した。


「党人とは、あるいは老齢で徳が深く、あるいは士大夫の中の英賢で、皆、王室を輔佐して陛下の左右で大計を為すべき者のことです。しかし久しく禁錮を被り、困苦の中で辱めを受けています。謀反大逆でも大赦を蒙っているのに、党人に何の罪があって、彼らにだけは寛恕が開かれないのでしょうか。災異がしばしば現れ、水害・旱害が繰り返し至っているのは、全てこれが原因であると考えます。寛大なるお心をもって、天心に副うべきです」


 上書を読んだ霊帝は激怒してすぐに司隸と益州に詔を発した。檻車で曹鸞を逮捕させて槐里獄に送り、拷問して殺してしまった。


 霊帝は更に州郡に詔を発した。改めて党人の門生、故吏、父子、兄弟で官位にいる者を調査させ、全て免官して禁錮に処し、これが五属(五服内の親族。五服は自分を一代として父、祖父、曾祖父、高祖父に至る五代の親族)に及んだ。


 ますます人々の恨みは王朝へと向けられていった。


 そんなこの年、黄龍が譙に現れた。


「あれは黄龍か」


 この黄龍を見た男がいる。光禄大夫・橋玄きょうげんである。


 梁冀がまだ全盛を誇っていた時に若くして県吏となった人である。彼はその梁冀を盾に悪逆を成していた羊昌を勇気をもって罪状を調べ上げて捕らえたことから名声を得た。


 その後、漢陽太守の時に上邽県令の皇甫禎を臧罪として髠笞(髪を剃り、鞭打つ)の刑に処して、市で皇甫禎を死なさせたため、一帯は震え上がらせた。また、郡の名士の姜岐を召して吏にしようとしたが、姜岐が病と称して応じなかったために怒り、督郵を派遣して強迫し、


「もし姜岐が来なければ汝の母を嫁とするぞ」


 とまで言った。郡内の士大夫が挙って諌めたために橋玄はようやく諦めた。この一件は論者達の大きな非難を浴びることになった。


 その後、辺境へと出兵して戦うなど戦もできる人で、やがて三公に登るほどになった人物である。


 その彼が太史令・単颺ぜんちょうに、


「これは何の祥ですか?」


 と問うと、単颺はこう答えた。


「その国(黄龍が現れた国)から後に王者が出て興隆することになるというものです。それは五十年に及ばず、黄龍が再び現れることでしょう。天事恆象(天が常に人事を反映して起こす現象)はその応です」


 この時、橋玄の反応について史書は無言である。ただこのことを無言で内黄・殷登いんとうが記録したと書かれている。












 もう一人その黄龍を見た男がいる。その男はもはや床から体をまともに動かすことができないほど弱っていた。曹騰そうとうである。


「また、黄龍……」


 黄龍を見るのは二度目である。この黄龍の意味を曹騰はもはや理解していた。


「王朝の終わりが近づきつつある……」


 そのことを思いながら思い出すのは一番最初に仕えた皇帝……生涯、仕えることになると思っていた皇帝……順帝のことである。


『曹騰……私は君たちがとても愛おしい』


 順帝はそのようなことを自分だけでなく、宦官たちによく言っていた。


『私たちは所詮は宦官でございます。陛下』


 宦官をよく思ってくれるのは嬉しいがそれでは順帝自身の名声が損なわれると思い、咎めたものである。


『宦官……確かに君たちは宦官と呼ばれている。それでも君たちは人なのだ。自分で子孫を残せなくとも、物欲を持っている。人のために考えることもできる。主のために命をかけることもできる。これを同じ人と言わざるとして誰を人というのか』


 彼は宦官と呼ばれた全ての者に慈愛を示し続けた。


『私は君たちの醜さも汚さも全てを私は愛そう』


「あの方は我らを愛し、我らに養子を得る権利を与えてくださった……」


 曹騰は涙を流す。


 誰よりも宦官という存在を愛してくれた慈愛の人は若く三十歳で世を去ってしまった。


『殉死はしてはならない……』


『なぜ……』


『君にはこの王朝を終わりがどうなるか見てもらいたいのさ』


「陛下は既にこの王朝が終わりを迎えることを知っていたのですか?」


 その言葉に答えてくれる人はもういない。


「お祖父様、お呼びでしょうか?」


 そこに戸を開き、入ってきたのは孫である曹操そうそうである。


「おお、操や、こっちへおいで……」


 曹騰は手招きする。曹操が近づいていくのを目を細めながら見る。


 この孫を得ることができたのも全ては順帝の愛があったためである。


(陛下……)


 順帝は王朝の終わりを見ろといった。しかしながらまだ王朝の終わりは来ていない。その終わりを見に届ける前に自分の終わりが近づきつつある。


「お祖父様……」


「操や、わしの願いを聞いてもらえぬか?」


「願いとは……?」


 曹騰は小声で呟くようにいった。


「この王朝は終わりを迎えようとしている……操にその終わりを見届けて欲しい……その終わりがもし……」


 敬愛すべき皇帝のいた王朝、誰よりも心優しい王朝……せめてそれが良き終わりであって欲しいと願うことは許されないのだろうか。宦官であっても願うことだけは許してもらいたい。


「その終わりがもし醜いものであるというのであれば、せめてその終わりを良き終わりとしてもらいたい……」


「それはどういう意味ですか?」


 曹操は驚きながら言う。


「それがわしの最後の願いだ……」


 曹騰は静かに目を閉じた。
















 黄色い服の男と仮面の男が黄龍が天高く登っていくのを見ている。


「そうか、それがお前の願いか」


 黄色い服の男の言葉に仮面の男は静かに聞く。


「ふふ、良き終わりをか……実に面白い……」


 仮面の男の方を見る。


「良き終わりという願いがされた。実に面白い願いだ」


 黄色い服の男は実に面白そうに呟く。


「さあ、見ようではないか。その願いが果たされたのかを、その願いによって終わりを迎えた後の三つの王朝の終わりを、良き終わりとは何かを、さあ見ようではないか」





序章 完


次回 第一章 数多の戦旗

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