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三国志  作者: 大田牛二
第四章 天下の命運
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郭嘉

 赤く染まる手を見る。もはやこの命の炎が燃え尽きようとしているのは明確である。


 それでも……それでも……あなたの傍で燃え尽きることができるのであれば、むしろ本望であろうと思う。


 あなたの傍で燃え尽きて灰となるのであれば……何を悲しむことがあろうか。







 曹操そうそう田疇でんちゅうに命じ、その衆を率いて道案内させながら、まず徐無山に上り、軍を率いて盧龍塞を出た。


 塞外の道が絶えて通れなかったため、山を切り開いて谷を埋め、五百余里を行軍した。白檀を通り、平岡を経由し、鮮卑庭を渡り、東の柳城を目指した。


 曹操軍が柳城から二百余里離れた地まで来た時、烏桓はやっとそれを知った。まさか曹操軍がそこまで侵攻していたとは思わず、誰もが動揺する中、


「何を恐れることがあろうか」


 蹋頓とうとんがそう叫んだ。


「連中の侵攻を察知できなかったことは我らの落ち度であった。そのことは認めよう。しかし、それほどの侵攻の速さを行えば、戦列は伸びきることであろう。我らには以前として地の利がある。その地の利を活かせば、十分に勝つことはできる」


 彼の号令を元に、袁尚えんしょう袁熙えんきおよび遼西単于・楼班ろうはん(楼班は丘力居の子)、右北平単于・能臣抵之のうしんていしらが数万騎を率いて曹操軍を迎撃するため出発した。


「連中はこのままいけば、白狼山まで到達するかもしれんな」


 蹋頓がそう考えると諸将に言った。


「私に良い考えがある」


 八月、曹操は急ぎに急いで、白狼山に登った。するとそこで突然、烏桓に遭遇した。烏桓の兵が甚だ強盛であるのに対して、曹操軍は車重(輜重。物資)が後ろにあり、甲冑を身に着けた者が少なかったため、左右の者が皆懼れた。


「よく見ろ。連中も我々がここまで来ているとは思っていなかったようだ」


 郭嘉かくかは烏桓の陣を指さしながら言った。


 曹操はその言葉を受けて、高地に登って烏桓の陣が整っていないことを理解した。


「よし、先手必勝だ」


 兵を放って攻撃することにし、張遼ちょうりょうを前鋒にした。更に副将として、李典りてん楽進がくしん、そして、


「私も行く」


 郭嘉が自ら売り込んだことにより、彼も副将として出撃することにした。


「ごほ、ごほ」


 出発してすぐに郭嘉が口に手を当て、咳き込んでいた。心配した李典が話しかける。


「郭嘉殿、ご気分が悪いようだが」


「大丈夫だ」


 しかし郭嘉の顔色はあまりにも優れたものではなかった。そんな中、張遼と楽進の部隊が烏桓の陣に攻撃を始めた。


 この時、両軍の右側に断崖絶壁の崖があった。あまりにも急な場所故、曹操軍の誰一人、警戒していない場所であった。そこに烏桓の兵が現れた。


「行くぞ、勇者たちよ」


 蹋頓はそう叫ぶとそのまま馬に乗って、断崖絶壁を駆け下りた。配下も同じように駆け下りていき、そのまま曹操軍の先鋒の側面を突いた。


 これにより、先鋒の軍は真っ二つに分断されてしまった。


「なっあそこを駆け下りてくるとは」


 李典は驚きながら前の張遼と楽進の前方の後方の曹操のいる本軍へ伝令を飛ばした。


「おい、何を勝手なことをしている」


 郭嘉が息絶え絶えになりながら、そういう。


「このままでは全滅の危険性があります。ですのでまずは合流を図るためこちらに救援の使者を送ったのです」


「張遼たちの元へ送った伝令を戻せ、そしてこう言い直せ、このまま烏桓の本陣を攻め落とせとな」


 郭嘉はそこまで言って、咳き込む。手は赤く染まる。


「郭嘉殿。あなたは公に大変尊重された方です。そのあなたをここで失うわけにはいかない」


「はは、もちろんさ。ここで死ぬつもりは無い。それでも勝たねば、ならんのだ。今、連中を滅ぼさずして、いつ滅ぼすのか」


 郭嘉はそう言って、この奇襲を耐え続けるように指示を飛ばしていった。


 一方、後方の状況に楽進は張遼に言った。


「我々はこのままでは挟み撃ちを受ける可能性がある。一旦、李典と郭嘉殿を救いに行くべきだ」


 しかし、張遼はこれを無視した。


「貴様、郭嘉殿の御身に何かあれば公のお怒りを買うことになるぞ」


「この状況は公からも見えているはず、援軍は公から送られるであろう。我々は本陣を落とすことに集中するべきだ」


 張遼はこの後、李典の救援の伝令も来たが無視し、攻撃を続けた。


「それで良いさ」


 郭嘉はこの状況に笑う。


「李典、どれだけ崩れずに耐えることができるかが勝負だ」


「郭嘉殿……承知しました。なんとかしましょう」


 郭嘉、李典の必死の指揮により、奇襲を受けて崩れかけた軍を立て直していく。


 その間、張遼は楽進と共に攻撃を続けていった。


「くっどうしたものか」


 思ったよりも相手が崩れるどころか本陣を集中的に攻撃している。ここで蹋頓に迷いが生まれた。


 このまま郭嘉、李典の陣を襲い続けるか、本陣を襲い続ける張遼、楽進を挟み撃ちにするべきか。


「迷ったな」


 郭嘉は李典に守りを捨てて一転攻勢に出るように指示を出した。


「それではせっかく立て直した軍を再び崩してしまうことになります」


「ごほっ、良いからやれ、ごほっ」


 郭嘉は咳き込む、もはや口からは血が溢れるほどに出ている。


「ええい、もう私が直接指示を出す」


 李典から戦鼓を奪うと打ち出して兵に前進を指示した。


 これに蹋頓は驚き、彼の軍は奇襲により生まれた優位性を失い、それどころか瀕死に近かったはずの郭嘉と李典の部隊に押され始めた。


 この間についに烏桓の本陣が崩れた。張遼が追撃をかけようとするのを楽進が止める。


「もはや連中の本陣は崩れた。今は李典と郭嘉殿を救いに行くべきであろう」


 楽進が断固として追撃を拒否したため、張遼は渋々追撃を諦め、烏桓の奇襲部隊に攻撃した。曹操の本軍から曹純そうじゅんの黒豹騎が駆けつけ、蹋頓は逆に挟み撃ちを食らうこととなった。


 最後まで蹋頓を戦えぬいて、戦死した。彼の他、烏桓の名王以下の者が殺され、胡・漢で投降した者は二十余万口に上ったという大戦果を上げることになった。


「なぜ、追撃をかけなかったのか」


 郭嘉は張遼に激怒する。


「あそこで追撃を仕掛けておれば、袁氏の兄弟の首など得られていたのであろうに……」


 そこまで言ったところで咳き込む。


「まあ良い。これで河北は完全に我らのものになるだろう」


 郭嘉はそう言うとぶっ倒れた。


 曹操は戦勝に喜びつつも郭嘉の状況を受けて、撤退を決めた。そして柳城に帰還した。


「郭嘉……」


 郭嘉は河北に来た時から調子の悪い時が度々あったが、まさかこれほどになるとは曹操とて思っていなかった。


「公、なんというお顔をされておられる」


 郭嘉は珍しく敬語で曹操と話す。


「これほどの状況になる前に言ってくれれば……」


「ふふ、あなた様の天下を取る姿を見ようと逸り過ぎました……」


 郭嘉はそこまで言ってから再び、咳き込む。


「私はなんの後悔もしてはおりません。あなたに出会う前の私は世の中を憂いながらも何もできなかった。己の才能を示すこともできなかった」


 だが、曹操という英雄と出会い、変わった。


「ですが、あなた様にお会いし、己の才能という炎を燃え上がらすことができるようになった」


 郭嘉は己の鼓動が早まるのを感じる。


「私に後悔はございません。あなたのお側で燃え尽きることができるのであれば、何も後悔などございません」


「郭嘉……」


 曹操の両目から涙が溢れ、郭嘉の手を手に取る。


「どうか……どうか……天下を……お取りください……ませ……」


 郭嘉の目は閉じられ、手には力がなくなった。


「哀しいかな奉孝、痛ましいかな奉孝、惜しいかな奉孝」


 曹操はそう呟いた。


 その後、郭嘉の息子である郭奕かくえきを取り立てた際、荀彧じゅんいくに手紙を送り、再び郭嘉の死を悼むとともに、別の手紙で、


「郭嘉は私と軍略を論じるときは、南方は疫病が多いためきっと自分は生きて帰れないだろうと言いながらも、天下を得るためには先に荊州を得るのが妥当と主張していた。彼の計略は真心から出たものではなく、命を棄ててまで功業を打ち立てようという考えから出たものであったことはこのことからもわかる。それほどの心で仕えていたのに、どうして彼のことを忘れることができようか」


 と追慕したという。


 郭奕は父ほどではなかったが、洞察力に優れた人物であったが、若くして死んだという。




次回も一応、曹操サイドです。

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