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三国志  作者: 大田牛二
第三章 弱肉強食
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宛の戦い

 197年


 正月、曹操そうそう張繍ちょうしょうを討伐するため宛の東を流れる淯水に駐軍した。


「どうしたものか」


 張繍は勝ち気に溢れた人物ではなく、冷静な人物である。彼は曹操軍と戦えるほどの兵力を自分に無いことも理解していた。それでもそう簡単に降伏したくは無い。そこで賈詡かくに曹操と戦って勝てるかと聞いた。


「無理です」


 あっさりと彼は答えた。


「そうか無理か……」


 賈詡がそう言うのであれば、勝てないと思えるほどには張繍は彼を信頼していた。


 張繍は兵を挙げて曹操に投降した。


「よく降伏してくれた」


 戦うことなく宛を手に入れられたことに曹操は喜んだ。一戦ぐらいはするだろうと思っていたためである。


 さて、曹操という人は実は熟女が好きで、かつ人妻、未亡人を好むところがあった。そんな彼が美しい張済の妻のことを知るとこれを姫妾にした。これには武人としての誇りを忘れてはいなかった張繍は曹操を恨んだ。


 また、曹操は張繍の驍将・胡車児こしゃじに金を与えたと聞いた。どちらから接近したのかは不明であるが張繍からすれば、彼を通して自分を監視しようとしているのだと疑い懼れた。そのため彼は段々と投降したことを後悔するようになった。


 曹操の失敗は張済の妻を自分の手篭めにしたことよりもどちらから接近したかは不明であるものの張繍を下手に不安にさせる行動をしてしまったことであろう。


「曹操軍に勝つことはできないでしょうか」


 再び彼は賈詡にそう問うた。今度は例え勝てないと言われても戦死覚悟で戦うつもりであった。だが、ここで賈詡は、


「勝てます」


 と言った。


「誠にですか?」


「勝てます」


 賈詡はそう言うと策を話し始めた。


「三人一組となって各自別々の場所から曹操軍の陣地を抜けて、曹操の本陣へと向かいます。既に彼らの合言葉は調べ上げていますので、合言葉を述べるように命じられた場合は私がこれから言う合言葉を返してください」


 彼はそう言って、合言葉を伝え始めた。


「あなたはこうなることを予見して準備なさっていたのか?」


「ええ、可能性があるとは思ってましたので、しなければしないでやらなければいいことですしね」


 賈詡は使用人に鎧を持ってこさせ、それを着る。


「本陣奇襲を指揮するのは私が行います」


「あなたが?」


 鎧を着ながら賈詡は言った。


「私以上にご信頼のおける方がいらっしゃるのであれば、その方にお任せしますが?」


「いや、あなたにお任せする」


 曹操と好を通じ始めている諸将は多い。そんな中で彼ほどに信頼できるとは思えない。何より、


(この状況でなんと頼もしいことか)


 賈詡という男に頼もしさを感じている。


「奇襲に成功した際、火をつけますので、それを合図に残った兵を率いて曹操軍の精兵がいる全軍に奇襲を仕掛けてください」


「後軍で無くとも良いのか?」


 奇襲に成功しかつ確実に曹操の息の根を止めるのであれば、曹操軍の後軍に奇襲をかけた方が逃げ道を無くせるのではないか。


「奇襲に失敗した時の場合、あなたはその実行犯を私であると真っ先に曹操にお告げしてください。全ては私が独断でやったこととするのです。その際にあなたが後軍へ攻撃を仕掛けるような場所に駐屯していると言い逃れが難しくなります。前軍への奇襲ならば城から打って出れば十分、可能です」


「それは……」


(この方は失敗した時に私へ害が及ばないようにしてくださっているのか)


 失敗した時のことを考えた上で彼は策を作り上げていたのである。


「なるほど……わかりました。そのように動きましょう」


「では、私は向かいます」


 賈詡は夜間の中、兵を三人一組に分けてそれぞれ別報告から曹操軍の本陣に向かわせた。ゆっくりとまるで陣を巡回する真面目な兵のように悠々と歩きながら彼らは本陣に向かった。


 そして、それぞれが本陣に近づくと賈詡は襲撃を指示した。


「各々方、義務を果たさせんことを」










 曹操の長男がこの時、曹操と共に本陣にいた。名を曹昂そうこう、字を子脩と言う。曹操の最初の正室である劉夫人との子であるが、劉夫人は早くに亡くなったため、第二夫人だった丁夫人が彼を養った。彼女は曹操との間に子が産まれなかったため、彼を大いに可愛がった。


 激愛を受けたものの彼はそれに甘えることなく、わがままどころか責任感が強く真面目な青年へと育っていた。


 そんな曹昂が本陣への襲撃に真っ先に気づき、父のいる陣幕へと駆け込んだ。


「父上っ」


 ちょうど張済の妻と寝ていた曹操を叩き起すと張済の妻を引きずり降ろしてこれを殺した。


「何をするか」


 曹操が怒鳴ると曹昂はこう言い放った。


「臣下としての義務を果たしたまでです」


 彼は現在、張繍軍が襲撃をかけてきたことを伝えた。


「早くお逃げになるべきです」


 曹昂はそう言って曹操を馬に乗せ、共に逃走を図った。更にここから本陣から火が上がったため、炎の中、逃走することになり、更に逃走に気づいた張繍軍は彼らを追撃し、ありったけの矢を放った。曹昂は曹操を守りながら戦い続けた。だが、敵の放った矢が曹操の馬を射抜き曹操の体は馬から落ちた、


「父上っ」


 曹昂は自分の乗っている馬に父を乗せ、そのままその馬の尻を剣で切りつけた。痛みにより、冷静さを失った馬は一心不乱に走り出した。


「昂っ」


 曹操は叫んだ。兵に囲まれつつある息子の姿を見ながらも馬は止まらずに駆けていく。


「父上、ご壮健で」


 そんな曹昂の声だけが聞こえながら曹操は逃走した。


「あなたが曹操の御子息ですか?」


 至るところに矢が刺さり、腹、背には矛が刺さっている曹昂に賈詡は問いかけた。答えない曹昂をみながら賈詡はもはや彼が長くないと思ったため言った。


「何か言い残すことはありますか?」


「私は……子として臣としての義務を果たした」


「なるほど……では、私も義務を果たすとしましょう」


 そう言って、賈詡は曹昂の首を斬った。


「さて……流石に曹操まではいけなそうですね」


 自軍の状況を見ながらそう呟いた。


「まあ良いでしょう。誰もが義務を果たしきれば良いのことなのですから」









 曹操の本陣に奇襲が行われたことは前軍にも伝わった。そのため前軍は曹操を守るために本陣へ救援に向かおうとする。そこに火を見て、張繍は前軍へ奇襲を仕掛けた。


 前軍にいた校尉・典韋てんいはその奇襲を受けて殿を買って出た。彼は奮闘し、力戦した。左右の者がほとんど死傷し尽くし、典韋も数十の傷を負ったが、決して膝をつけることなく、張繍の兵を殺していった。


 張繍の兵が前に進んで彼を縛ろうとしたが、典韋は両脇に二人を挟んで撃殺し、目を見開いて大いに罵ってから立ったまま死んだ。


 彼が死んだ後も兵たちは彼に中々近づこうとはしなかったという。


 曹操は散兵を集めて舞陰まで引き還すことができた。本陣と前軍が奇襲されても軍の統制が崩壊せずに済んでいたためである。


于禁うきん


 曹操は平虜校尉・于禁を呼んだ。彼は当時、後軍におり、前軍、本陣から逃れてきた兵たちを結集させ、混乱が激しい諸軍を整えて後退していたのである。


 だが、曹操が彼を呼んだのはその功績を褒めるわけではなく別件についてである。


 于禁が後退する道中で青州兵が人を劫掠(侵犯、略奪)しているところに遭遇した。曹操の生死がはっきりしていなかったことで曹操であるから従っている彼らはそのような行動を行い、逃走の準備を図っていたのである。これを知った于禁は青州兵の罪を譴責して攻撃した。


 青州兵は逃走して曹操の生きていることがはっきりし、軍をまとめつつあったため彼の元へ逃れて助けを乞うたのである。


 于禁は到着するとすぐ曹操に謁見しようとはせず、まず営塁を建てた。于禁の周囲の者が言った。


「青州兵が既にあなたを訴えています。速やかに公を訪ねて弁明するべきです」


 しかし于禁はこう返した。


「今は敵が後ろにおり、いつでも追いついてくる。先に備えを為さなければ、どうして敵を迎えられるのだ。それに公は聡明であるため、中傷誹謗が通用するはずがない」


 于禁はゆっくり塹(堀)を掘って営を構え終わってから、入謁して曹操に詳しく状況を述べた。


 曹操は悦んで于禁にこう言った。


「淯水の難では私でも狼狽したのに、将軍は乱の中でも整えることができ、暴を討って塁を堅めた。将軍には動かすことができない節がある。たとえ古の名将でも、どうして越えられるだろうか」


 曹操は于禁の前後の功を記録して益寿亭侯に封じた。


 さて、曹操が軍を立て直しつつある中、張繍は騎兵を率いて追撃し、曹操軍を襲おうとした。


「駄目です」


 賈詡はそれを止めたが、張繍は曹操軍に襲いかかった。しかし、軍を立て直した曹操はこれを撃破してみせた。


 張繍は敗走して穰に還ると賈詡は言った。


「既に劉表りゅうひょうへ援軍を求める書簡を出しています。劉表の軍と連合して守りを固めましょう」


 こうして張繍軍は劉表軍と守りを固めた。


 そのため曹操はこれ以上、戦うのは難しいと判断して諸将に言った。


「私は張繍らを降したが、すぐにその人質を取ることを怠ったため、このようになってしまった。私は敗れた理由が分かった。諸卿はこれを観ていろ。今から後に再び敗れることはない」


 曹操は軍を率いて許に還った。


「曹操は殺せなかった……」


 撤退したことを知った張繍がそう呟いた。


「仕方ありません。曹操軍の誰もが臣下としての義務を果たしていましたから……」


 賈詡はそう答えた。






次回は敗れた曹操サイドの話。

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