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年末年始は妹と  作者: 雪竹葵
第2章 元日
8/10

8. 妹の合格祈願は

 俺は知咲(ちさ)に引かれ、お守りが置かれている社務所(しゃむしょ)へと足を運んだ。

 そこには健康祈願や金運上昇、恋愛成就などのお守りが多数並べられており、さらにそれぞれのお守りに三種類のデザインが用意されていた。

「どれにしようかな~?三種類もあるし、全部にしようかな~?」

「さすがにそれは止めた方が良いんじゃないか」

 たくさん持ったところで同じ神社のものならば効果は変わらないだろうし、欲張っただけ何かしら(ばち)が当たりそうな気がするし。

「このピンクのにしようかな~」

 本当に知咲はピンクが好きだな。

 ちなみに、合格祈願のお守りはピンク、水色、白の三種類だ。

「じゃあ、これをください」

 そう言って知咲はピンクのお守りを手に取る。それから知咲が財布を取り出してお金を払おうとするが、それよりも先に俺は巫女(みこ)さんにお金を手渡した。

「お兄ちゃん…?」

 知咲は不思議そうな顔をする。俺が何も言わずに代わりにお金を出したのだから、当然の反応だろう。

「知咲が受験で頑張って欲しいからな」

 俺はあまり知咲の受験を応援できていなかったように思う。だから少しでも受験を応援したいという気持ちが伝わって欲しいと思って俺はお金を出したのだ。

「うん、頑張る!」

 いつも通り可愛らしい笑顔で、そしていつも通り元気に知咲は返事をした。

 知咲は本当にいつも通りだった。いつも通り理想の妹だった。

 けれど、理想はあくまで理想でしか無いはずで。現実はほとんど理想とは異なるもののはずで。

 だから、たぶん俺は理想の妹としての知咲しか知らないのだ。


 ◇ ◇ ◇


 神社での用事を全て済ませたため、俺たちは家に帰ろうと歩き出す。

「今年も良い年になると良いな~」

 知咲は歩きながらそんなことをポツリと言った。いつも通りの笑顔だった。

 俺はその場で立ち止まる。鳥居を(くぐ)る直前だった。

「お兄ちゃん…?」

 数歩進んでから隣に俺が居ないことに気付いた知咲は振り向いて不思議そうな顔をする。いつも通り可愛らしい。

 そのいつも通りの知咲がやはり作り物のように感じてしまう。俺の勘違(かんちが)いかもしれないが、気になって仕方が無いのだ。

 だから疑問を解決すべく俺は質問をする。

「昨夜のことなんだが、知咲が『今年もありがと』って言ってきたのは何だったんだ?」

 昨夜、知咲は俺に感謝の言葉を述べた。それは、いつも通りの笑顔で元気良い感謝とは異なっていた。

 俺は単純にその理由が知りたかった。

「いや、あ、あれは…」

 知咲は少し狼狽(うろた)えた後、

「ごめん、忘れて!」

 と言って両手を合わせて俺に頼み込む。

 忘れることなんかできる訳が無い。いつもとは違う知咲の姿はかなり衝撃的だったし、何より可愛かったし。

「なあ、知咲。俺の目の前のときだけ無理してないか?」

 次いで、俺は直球な質問を知咲に投げかける。中途半端に質問をしたところで誤魔化されてしまう可能性があるからだ。

 俺は真実をはっきりさせたかった。知咲が俺の前で理想の妹を演じているのかどうかを。

 俺の質問を聞いた知咲は、

「どうしてそんなこと訊くの…?」

 と驚いたような表情をする。その表情は俺が知っているどの知咲の表情とも異なっていた。

「知咲、答えてくれ」

 俺は余計なことを一切言わず、それだけ口にした。

 直後、知咲は目に涙を浮かべる。

「お兄ちゃんは、私のこと嫌いなの?」

「いや、そんなことは」

「嘘。絶対嘘!」

 最早、俺の言葉は知咲の耳には届かない。ただ知咲は(なか)ば叫ぶように言葉を放つ。

「もういい!私帰る!」

 そう言って俺にお神籤(みくじ)とお守りを投げつけて走り去る。

 俺は後を追おうとするが、できなかった。追いかけたところで今の俺には知咲に掛ける言葉を持ち合わせていなかったからだ。

 そもそも俺は状況を飲み込めていなかった。知咲の涙の意味するものが理解できなかった。

 俺は静かに知咲が投げて地面に落ちたお神籤とお守りを拾う。お守りはポケットに入れ、お神籤は自分のものと共に左手で近くの木に結んだ。

 元日の神社は人で(にぎ)わい、話し声などが耳に届く。今更ながら人の多さを実感する。

 そして俺は一人、帰路(きろ)()いた。

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