6. 年が明けて
朝起きてリビングに行くと、天使が舞い降りていた。
「お兄ちゃん、おはよ~」
「お、おはよ」
そこには淡いピンクの振袖を着て、髪の毛をお団子にし、さらに化粧までした知咲がいた。あまりにも可愛いため、一瞬、本当に天使かと思った。
「この振袖、お母さんに着せて貰ったんだ~。どう?似合う?」
本当に似合いすぎていて最早言葉で表現できないくらい可愛い。
仮に今この瞬間に俺が死んだとしても、人生を絶対に後悔しない自信がある。
「そんなに私のこと見てどうしたの?」
「い、いや…」
そんなに見ていたつもりは無いのだが、実際には結構見ていたらしい。いや、だって本当に可愛いんだもん。
「私が可愛いからお兄ちゃんが見惚れるのも仕方ないよね~」
知咲が自分で自分のことを可愛いと言っているが、実際にその通りなのだから反応に困る。
今日も知咲はいつも通りだ。昨日の夜の出来事が嘘ではないだろうかと疑ってしまう程に。
だが、昨日の夜の知咲の感謝の言葉はあまりにも衝撃的な出来事だったので、鮮明に覚えている。これが嘘だということはまず無いだろう。
「そういえば、お雑煮できてるよ」
「そうか」
俺は返事をした後、食器棚からお椀を取り出してお雑煮を装う。
毎年思うことだが、つゆの中に餅を浸しておくのはどうなのだろう。時間が経つとドロドロになったりしないのだろうか。
ダイニングテーブルに座って挨拶をしてからお雑煮を口にする。
餅のもちもちした食感が堪らない。本当に餅は美味しい。
ただ、知咲は俺の向かいに座り、何故か俺がお雑煮を食べ始めてからずっと俺のことを見続けている。ものすごく食べづらいんですけど。
ちなみに、知咲はお雑煮を食べている訳では無い。だから尚更、意味がわからない。
「知咲は食べなくて良いのか?」
「私はお母さんと一緒にもう食べたし」
俺と父さんだけハブられているのは何ででしょうかね。この頃の男子は女子よりも権力が弱いからですかね。
「で、知咲は何をしてるんだ?」
「お兄ちゃんの食事風景の観察?」
何で疑問形なんだよ…。
知咲は誤魔化すようにニヒヒと笑う。知咲の笑顔は本当に可愛い。笑顔が可愛い女子選手権とかあったら確実に世界一だろう。
「お兄ちゃんってさ、良い人だよね~」
「いきなりどうした」
「いや、良い人だな~と思って」
二回も言わなくていいから。照れくさいだろ。
「あ、照れた?」
知咲は意地悪にもそんなことを訊いてくる。また知咲にからかわれた。
俺は誤魔化そうとお雑煮を一気に平らげる。
「ご、ご馳走様でした」
くそ、喉が詰まった。
俺は慌てて食器棚からコップを取り出し、そこに冷蔵庫から取り出したお茶を入れ、一気に飲み干す。
「はぁ…」
食道が一気にすっきりし、喉の詰まりが解消されたことを実感する。死ぬかと思った…。
「大丈夫?お兄ちゃん」
いつの間にか俺の近くに来ていた知咲は心配そうに俺の顔色を覗う。顔が近い、何か良い匂いするし可愛いし。
「まあ、何とかな」
俺は目を逸らしつつ答える。
「それなら良かった」
知咲は安心したような表情を浮かべる。
知咲は可愛いだけで無く、俺のことも気遣ってくれるため、本当に良い妹だ。
「じゃ、初詣に行こうか、お兄ちゃん」
「そうだな」
毎年、元日の初詣は俺と知咲だけで行っている。母さんと父さんは元日の人が多い神社が嫌いらしく、俺が覚えている限りでは母さんや父さんが初詣に行ったことは無かったように思う。
だから、元日は俺たち兄妹にとって必ず二人だけで出掛けられる特別な日なのだ。