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年末年始は妹と  作者: 雪竹葵
第1章 大晦日
3/10

3. 妹との昼食で

「着いたー!」

 俺たちは20分程歩いて、家から最も近いショッピングモールに来ていた。当然ながら、このショッピングモールの最上階には映画館が併設(へいせつ)されている。

 そしてやっぱり屋内は良いな。暖房が()いていて暖かい。

 俺は自分のスマホを取り出して時刻を確認する。今は午前11時30分を少し過ぎたくらいだ。

「もう昼だな」

「先にご飯食べに行こっか」

「そうだな」

 俺は知咲(ちさ)の提案に乗り、一階のフードコートへと移動する。

「お兄ちゃんお兄ちゃん、何かめっちゃ美味しそうなものたくさん!」

 知咲は目を輝かせながら周囲の飲食店を(なが)めてハイテンションになっていた。そんな知咲も可愛い。

「にしても、すごい人だな…」

 大晦日だというのに、フードコートの中央のテーブルは多くの人で埋め尽くされていた。

「なあ知咲、人が結構いるから最初に座席を取っておいた方が良いと思うんだが」

 …あれ?知咲からの反応が無いぞ?

 もう一度、知咲に声を掛けてみる。

「おーい、知咲ー。聞いてますかー」

 …やはり返事が無い。ただの(しかばね)のようだ。いや、生きてるけど。

 これ以上声を掛けても飲食店の魅力に取り()かれている知咲には届きそうも無いので、俺は知咲の肩を叩く。

 知咲はこちらを振り向いてから、

「な、なななな何、お兄ちゃん!?」

 と、かなり驚いたようだった。いくら何でもリアクションが大きすぎるだろ…。

 丁度その時、奥の方でテーブルから人が立ち去って行くのが見えたので、俺はその場所を指さしつつ、

「俺はあそこに座って待ってるから、俺の分の昼食も買ってきて貰えるか?」

 と提案した。

「あ、うん、了解」

 知咲はそう言って敬礼しつつ笑顔を浮かべた。今のは即死レベルで可愛いですね。

「じゃあお兄ちゃん、これよろしく」

 知咲は肩掛けバッグから財布を出し、バッグを俺に渡してから飲食店が並んでいる方へとルンルンしながら去って行く。

 俺は知咲の後ろ姿を眺めてから、先程人が立ち去ったテーブルへと向かった。

 俺がテーブルに向かっている間に他の人にそのテーブルを取られてしまった、などということも無く、俺は無事に席を確保する。

 俺の隣の席に知咲の肩掛けバッグを置き、知咲の席も確保完了。これで二人分の席は確保できたので、座れないという事態は回避することができた。

 にしても、本当に大晦日なのに人が多い。何かイベントでもあるのだろうか。それとも単に大晦日に出掛けたい人が多いだけなのだろうか。

 どちらにせよ、よくもこんな寒い日に出掛けようと思うものだ。人間は意外と自らの欲望に忠実な生き物なのかもしれない。

 寒いというマイナス要素が存在しても、出掛けるということがそれ以上のプラスになることを見出していなければ、そもそも出掛けたりなんかしない。

 つまりは出掛けることが好きだと思う人だけが出掛けるという当たり前の結論が導かれる。だからその欲求に従って出掛けたまでなのだろうが…。

 俺はどう考えてもこのような思考を持ち合わせていないのは明らかだ。むしろ寒いのに出掛ける人々の気持ちが理解できない。

 でも、プラス要素が無ければ出掛けないことも明白。

 まあ、ぶっちゃけ知咲が何でも一つお願い事を聞いてくれると言ったことがかなりのプラス要素な訳で、俺もかなり欲望に忠実な人間だった。

「お兄ちゃん、お待たせ~」

 知咲が両手に料理が乗せられたトレイをテーブルに置きながら俺の向かい側に座る。俺が知咲の肩掛けバッグで隣の席を確保したいうのに…。

「お兄ちゃんのはこれね」

「ありがと」

 知咲が俺の前に差し出してきたトレイには、様々なきのこが使用されたパスタ、そしてレタスとトマトのサラダが乗せられていた。ほんのりと醤油の香りが漂ってきており、なかなか美味しそうだ。

 一方、知咲が自分の前に置いたトレイには、少し大きめに切られたベーコンが多く入っているカルボナーラ、そして俺のと同じサラダが乗せられていた。こちらもかなり美味しそうだ。

「そういうえば、これいくらだった?」

 俺は自分のパスタの料金を支払おうとポケットから財布を取り出す。

「あ、お兄ちゃんはお金出さなくて良いよ。私が(おご)るから」

「あ、いや、でも…」

 さすがにそれは兄として情けないので、何としてでも支払おうと言葉を発したが、なかなか思うように言葉が出てこない。

 俺が次の言葉を口にする前に、知咲が先に口を開いた。

「今日は無理矢理お兄ちゃんを連れて来ちゃったんだからさ、このくらい私に奢らせてよ、お願い」

 手を合わせて頼み込んでくる姿に俺は少し狼狽(うろた)えてしまう。そこまで頼み込まれると非常に断りにくい。

「それなら、良いけど」

 だから、俺がこう言ったのは自然だった。取り出した財布は無用になったので、再びポケットへと仕舞う。

「ありがと、お兄ちゃん」

 知咲は微笑みながら俺に感謝をしてくる。一瞬で恋に落ちそうなくらい可愛い。

 まあ、本当は俺が知咲に感謝するべきなのだろうが、どうもこういうのは苦手だ。人に感謝するのは少し照れくさい。

「ところで、私のバッグは?」

 今頃、知咲は自分のバッグがどこにあるのか気になりだしたようだ。そりゃ、向かいの席に置いてあれば見えないもんな。

「ほれ」

 俺は隣の席から知咲の肩掛けバッグを手渡す。知咲はそれを受け取り、

「ありがと」

 と再び俺に笑顔を向けた。にしても、その笑顔二連続は反則だろ…。

 知咲はバッグに財布を仕舞ってから、それを隣の席へ置いた。

「戴きます」

「戴きます」

 知咲に続いて俺も挨拶をし、パスタを食べ始める。

 にしても、このきのこパスタはかなり美味しい。きのこの風味が口の中いっぱいに広がる。そして醤油は濃すぎないため、きのこそのものの味もしっかりと主張している。

 本当に知咲に昼食を選ぶのを任せて良かった。

「ねえお兄ちゃん。私のも食べてみる?」

 数口食べた後、知咲がそんな提案をしてきた。

「良いのか?」

「うん、良いよ」

 知咲がそう言うので、少しだけ貰おうと俺は知咲のカルボナーラへと手を伸ばす。

 しかし、その手は知咲に優しく弾かれた。

「お兄ちゃん、そうじゃなくて」

 どのようにして知咲のカルボナーラを俺が口にするのだろう、と疑問に思っていると、知咲は自分のフォークでカルボナーラを巻き始めた。

 いや、まさかね。それを食べろとか言わないよね。

「はい、お兄ちゃん、あ~ん」

「いや、ちょっとま―んぐ」

 「ちょっと待って」と言い終える前に知咲に無理矢理フォークを口の中に入れられたので、仕方なくそれを食べる。

「どう?美味しい?」

「あ、う、うん、美味しい、よ」

 正直なところ、味なんかわかるわけが無い。だって、実の妹と間接キスをしたんだぞ?味よりも恥ずかしさが(まさ)るに決まってるだろ。

 でも、知咲と間接キスできたからこれもこれで良かった…かな。一生の思い出として取っておこう。

 というか、兄妹なら間接キス程度じゃ普通にセーフなんじゃ…。ということは、これは普通のカップルの間接キスの意味合いとは違うものになるはずだから、世間的にも問題は無いよね。うん、たぶんそう。

「じゃあ、次は私の番。お兄ちゃんのを食べさせて」

 せめてパスタという語を含めて言って欲しかった。今の俺は色々とまずい…。

「じゃ、じゃあ…」

 俺は震える手をどうにか動かし、きのこパスタを俺のフォークで巻いて、知咲の口の前へと差し出す。

「はむっ」

 そして、知咲はそれを食べた。

「う~ん、これもかなり美味しいね、お兄ちゃん」

「そ、そうだな…」

 知咲には恥ずかしいという感情が無いのだろうか。普通は兄妹でも男女のあれやこれやを意識してしまうものだと思うのだが…。

 やっぱり兄妹で間接キスは普通なのでは?

 その後、俺は最後まで味がわからないままきのこパスタを食べ続けた。食べ終えるまで知咲とのエンドレス間接キスが続くのだから、味わうことがもはや不可能だった。まじエンドレス羞恥(しゅうち)プレイ。

 一方、やはりと言うべきか、知咲は最後まで美味しそうにカルボナーラを食べていた。何故こんなにも平然としていられるんだ、コイツは。

 同時に、知咲との忘れられない思い出が一つ増えた、とも思うのだった。

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