蜘蛛の巣
以前、upppiに投降したもの。
長編が書き終わらないので代わりにUP。
Yの祖父は蜘蛛の巣を見つければ、家でも外でもすぐに壊してしまう人だった。
「蜘蛛の巣はいけん。蜘蛛がおるやつはなおいけん」
Yはそういい含められ、見つければ駆除するようにしつけられた。それはYの父親も幼い頃から同様だったそうでYの父親も祖父の目があるところで蜘蛛の巣を見つけたら嫌々ながらも即座に蜘蛛の巣を払っていた。
そんなYの祖父だったが、蜘蛛以外のムカデやネズミなど他の、蜘蛛より余程人に害のありそうなものの駆除にはそれほど神経を尖らせることはなかった。
蜘蛛だけ特別だった。
ある日、当時まだ小学校に入ったばかりだったYは夕飯を祖父と外で食べることになった。初めてのテストの点がクラスで一番良かったので、祖父がご褒美をくれることになったのだ。あまり外食の習慣がなかったYは大喜びで夕暮れの歩道を祖父と一緒に歩いて近所のレストランへ向かった。
その帰り道。
Yが食べている間に外はつるべ落としに日が暮れて、街灯はあれども暗い夜道を祖父と手をつないで帰ることになった。幼かったYは寒かったこともあるが何より暗い夜道が怖くなって、途中から祖父のコートの中に入れてもらっていた。そして、尚も怖いので、きれいな夜空を見て歩いていた。そのときだった。
「Y見てみい」
祖父が道沿いの竹林を指さした。
そこには竹林の枝草に張った蜘蛛の巣が早くも夜露をまとって街灯の灯りで光っていた。
「わかるか?」
祖父はYにそう尋ねた。
きらきらときれいに光る蜘蛛の巣を見上げていたYは、それで、奇妙なことに気づいた。
蜘蛛の巣についている夜露が朝みるそれより大きい気がしたのだ。それでじっと目を凝らすと、
「目がある」
「あれは人じゃない」
Yの言葉に響くように祖父が言葉を重ねた。
「じーちゃん」
明らかに人とは違う夜露を指してわざわざ人ではないということは、人であることもあるのか、それは何だ。そして、人ではないというあれは。
Yは怖くなって聞けなくて、ただ祖父を呼び、祖父の服を握っていた手に力を込めた。
「よう見とけよ」
巣には蜘蛛がいた。
蜘蛛はするすると夜露に近づいていく。夜露は蜘蛛が近づくほどに揺れていたが、それは蜘蛛が夜露に近づく振動によってとは言えないほどだった。
夜露の隣まで来た蜘蛛は夜露に蜘蛛の糸を渡し、夜露を包んでいく。
夜露は更に揺れた。
蜘蛛の巣全体が揺れていた。
それは蜘蛛の巣に捕まった蝶が逃げようと足掻いている様にとてもよく似ていた。
やがて、完全に夜露が蜘蛛の糸に包まれ真っ白な固まりになると、だんだん揺れは収まり、同時に夜露のまとう糸は赤くなり黒くなり最後には茶色になって、揺れが完全になくなったころには、Yもよく見て知っている蜘蛛の卵になっていた。
「あれは人じゃなかったけん、見せたが、人がつかまっとる時もある。蜘蛛の巣はいけん。蜘蛛がおるやつはなおいけん」
そう言って祖父は手近な木の枝でいつもの様に蜘蛛の巣を払った。
蜘蛛は道に落ちてささっと逃げたが、卵は暗闇に紛れてどこに行ったかわからなかった。
祖父も探さず、木の枝を放ると、再びYをコートの中にしまって、Yを引きずる様に歩いて帰った。
以後、Yも蜘蛛の巣を見つけると払っている。夜露はあれ以後見ていない。
一つ気になるのは、あの蜘蛛の卵からは何が生まれるのか。
祖父はそれを語ることなく先日亡くなった。
そして今、Yの目の前の蜘蛛の巣には、捕まった夜露がある。あの夜以来の夜露だ。
その夜露の中に漂う目はじっとYを見ている。
まだ蜘蛛はいない。