第1話 塩漬けミイラ
「この世界」とトモヤがいた「もう一つの世界」はよく似ていた。
生物が進化と絶滅を繰り返し、やがて人間が誕生。
時の流れの中で様々な発明を生み出し文明を築き、時として国家同士争ってきた。
「この世界」にも多くの人種が暮らしていた。
それらの中には「もう一つの世界」では別の呼ばれ方をする者たちもいた。
「この世界」では「科学」と同時に発展した「魔法」という概念があった。
「この世界」には時折、「もう一つの世界」から迷い込んでくる者たちが居た。
迷い込む形は様々であり「漂流者」や「転生者」と呼ばれていた。
塩で満たされたタンクに横たわる女性を、トモヤは見降ろしていた。
「作業員が発見したそうだ。傍にあるのはそいつが吐いたものだ。全く、困った奴だぜ」
隣にあがってきた刑事を一瞥するとトモヤはため息をついた。
彼はアダム。ランペッタ警察の刑事で長い付き合いだ。
「まあ、死体なんて早々見慣れたものでないからな。仕方がないさ」
そう言いながらトモヤは白い手袋を着けると嘔吐物を避けながら遺体の傍に降りる。
「完全に皮膚が乾燥しているな」
「で、これは何百年前のミイラなんだ?」
「何百年?そうだな、恐らくは1か月もたってないんじゃないか?」
「1か月以内だって!?」
「ああ。塩には脱水作用があるんだ。塩は水分を吸い上げ結晶化する。それによってこのミイラが誕生したってわけさ」
トモヤは右手に着けた指輪をなぞった。
すると空中に12台のカメラが現れ動きながら現場を撮影していく。
現場捜査に置いてトモヤ達、魔学捜査官が使う基本魔法の一つであり短時間で様々な角度から 撮影ができるものだ。
撮影した映像は事前に登録されているマジックメモリと呼ばれる記録媒体に保存される。
「相変わらず凄い量だな」
具現化できるカメラは使い手の力量によって変化する。
撮影の精度を高めるためにも通常の捜査官だと平均するとカメラ数は大体4~5台程度。
だが彼はそれを高精度かつ平均の倍以上出すことができるSランク捜査官であった。
ただ、疲れるから本当は7、8台くらいが丁度いいらしい。
「命がけで逃げなさい。決して後ろを振り返ってはいけない」
トモヤは遺体の傍にかがみ、呟いた。
「何だい、それは?」
「俺が居た世界のある古い物語に記された話だ。ある街が神の怒りで焼かれ、とある家族が逃げ出した。神の使いは決して振り返るなと言うが妻が振り返ってしまい塩の柱になった……それ以外にも振り返るというのはあまりいい行為とは取られないんだ」
「まあ、俺は前だけ見ていたい人間だからね。それにしたって驚きだよ。ホラーが好きだったのか?」
所変われば常識も変わる。
かつていた世界では多くの信仰者を持つ物語もホラー扱いである。
尤も、この世界にも似たような物語はあるはずだが恐らくここにいる刑事はあまり活字を好むタイプではなさそうだ。
「物語のことはどうでもいいさ。だが、これはホラーじゃない」