第六話
「えっと、それで具体的には何をする為にここに来たの?」
「はいっ、タダヒトさんたちのことを教えていただけたらな、と思いまして。
傷がすぐに治ったのもそうですし、『どうして顔に本を付けてるのか』とか、『図書塔で何をなさるつもりなのか』とか──とにかく、興味津々なんです!」
「そ、そうなんだ……。いや、俺のはほら、ファッションだから」
あくまでも、それで押し通すつもりのようだ。
来意として妥当かどうかはさておき、強烈な印象を与えたことは確からしい。
少なくとも、かなり個性的な二人組であることに関しては同感である。
「……別に、教えることなんて何もないけど」
「まあ、実際詳しいことは話せないかな」
彼の同意を得られた為か、空色はどこかホッとするような表情を浮かべた。
フィアナに向けられた右眼が「それ見たことか」と言っている。
「けど、わざわざお菓子まで持って来てくれたわけだし……」
わずかに考え込んだ後、タダヒトは口を──ないのだが──開いた。
「実は、俺たち“ヴァルナ機関”の人間なんだ」
「タダヒト⁉︎」
「いいだろ、これくらいなら。秘密にしてるわけでもないし」
「そ、そうだけど……」
「で、昨日も言ったとおり、図書塔を復活させることを任されてる」
彼の言葉に、女生徒は納得した様子で手を叩く。
「なるほど、それでお掃除をしてらしたんですね。
タダヒトさんは本がお好きなようですから、天職なんじゃないですか?」
「どうかなぁ。まあ、小中高と図書委員ではあったけど」
「としょいいん?」
首を傾げるフィアナだったが、少年はこれを鮮やかに黙殺した。
「ところで、マックールさん。授業はいいの? まだ午後だけど」
「はいっ。今日は昼までの物しか取っていませんでしたので」
どうやら、精隷学園では全生徒が統一されたカリキュラムを受けるのではなく、各々授業を選択して受講するらしい。
タダヒトがいた世界で言うところの、「大学」に近いシステムか。
ちなみに、当然ながらアルビオンにも朝昼夜の概念が存在し、「午前」や「午後」と言い表す場合もある。
「へえ、意外と自由そうだな」
「以前はどうだったのか知りませんが、今はもう授業なんて形だけの物ですから。『全世界の学力の統一』だなんて掲げていますが、その実重視されているのは精隷による試合です」
「試合……。それって、もしかして昨日の」
「はい。
あの時勝利したコノート国もそうですが……結局、みなさんは他国の力を奪うのに必死なんです」
どこか哀しげな声で、彼女はそう結んだ。
現在、アルビオンでは国家間での戦争行為が禁止されている。
そこで重要になって来るのが、学園で行われるギルド同士の「試合」だ。
この「試合」に勝利することにり、他国が兵力を得る機会を減らす──つまり、魔法の獲得を未然に防ぐ──ことができる。謂わば、生徒たちは精隷を用いた、「先行投資的代理戦争」を行っているのだった。
「ですが、その分私のような田舎者でも、一応勉強することができてます! 私、その点だけは、代表に選ばれてよかったと思ってるんですよ?
お二人のような、ヴァルナ機関の方のお陰ですね」
彼女はすぐにまた笑顔を浮かべ、タダヒトを見上げた。
その瞳はやはり、まっすぐに相手の姿を映している。
何故フィアナが礼を述べたかと言うと、要するに学園を運営している組織こそが「ヴァルナ機関」だからだろう。
そもそも、彼らは精隷制度その物を管理する為に存在しているのだ。
「ど、どういたしまして──と言うか、実際俺らは何もしてないけどね。新設されたばかりの部署だし、俺なんて最近拾われたんだから」
「そうなんですか? じゃあ、私と同じ『新入り』なんですねっ」
つまり、彼女は入学したばかりの一年であるらしい。
一緒にされた為か、空色はますます面白くなそうであったが。
「まあ、そんなところかな。今回が初仕事だし。
あ、そうだ。改めて、昨日はありがとう。今更だけど、無事辿り着けたよ」
「はいっ、お役に立てて何よりです。
お二人は、昨日学園に到着したんですよね?」
「うん」
「でしたら、私が学内を案内致しましょうか?」
これは思わぬ申し出だったはずだ。
少年は迷ったらしいものの、断る理由を思い付かなかったのだろう。
「マックールさんさえよければ、お願いするよ。俺も、学園の敷地については興味あるし」
「ええ⁉︎」
声を上げたのは、もちろん彼の相方である。
「信じられない!」とばかりに右眼を丸くさせていた。
「なんで⁉︎ そんなことしてもらう必要ないのに⁉︎」
「いや、一応参考までに知っておきたいだろ? 学園がどうなってるか。かなり広いみたいだし、また迷うかも知れないじゃん」
彼の言うとおり、精隷学園の敷地は広大である。
島一つがまるまる敷地となっている──主に学生が活動するのはそのうちの一部だが──のだから、当然だ。
「で、でも……あっ! まだここのお掃除だって残ってるよ? これも大切な仕事でしょ?」
「けど、すぐに終わらせなきゃいけないわけじゃない。取り敢えず、今日やれるだけやって、残りは後日でも問題ないよ」
実際そこまで急いではいないのか、空色はすぐさま反論に窮する。
「でも……」と再び呟いたものの、後が続かなかった。
「決まりですね!
もちろん、私は空色さんもご一緒にと思っているんですけど……」
フィアナは相手の様子を伺うように首を傾げる。
が、またしてもそっぽを向かれてしまった。どう言うわけか、よほど警戒されているらしい。
思わず苦笑した彼女に対し、タダヒトは申し訳なさそうに言う。
「ごめん、気にしないでくれ。なんか、昨日からちょっと不機嫌なんだ」
「いえ、大丈夫です。確かに、私も少しはしゃぎすぎてしまったので……。
それでは、また明日の朝に伺いますね?」
「うん、よろしく頼むよ」
「はいっ、お任せください!」
順調に発育した胸に手を当て、フィアナは元気よく頷いた。
※
それから、とっぷりと日が暮れ夜になった。
タダヒトらは図書塔の一階、エントランス部分にいる。
壁にかけてあるランプのお陰で光源はあるものの、やはり室内は薄暗く不気味な雰囲気だ。
一通り整理は済んだらしく、雑多に転がっていた本棚や椅子は全て壁際に寄せられていた。
しかし、時間が経っても彼女の機嫌が直るには至っていないようで、
「あれ、なんでなの?」
腰に手を当てた空色は、むすりとした表情で尋ねる。昨日ここに着いたばかりとは、正反対の状態だ。
「いや、なんでって言われても……別にいいだろ、案内してもらうくらい。
そっちこそ、どうしてそこまで彼女を嫌がるんだ?」
「別に、嫌って言うか……気に入らないだけだし?」
「それを『嫌』って言うんじゃ」
呆れた声で言いながら、彼は背負っていた棺桶を床に寝かす。
どうやら、これからこの中で眠っている物を使い、何かを行うつもりらしい。
「全然違うよ? 似て非なる物だよ?
だいたい、出逢ったばかりの人間にあんなに馴れ馴れしくできるなんて、考えられないもん」
「ああー。まあ、言いたいこともわかるけど」
「て言うか、どうでもいいよそんなこと。それよりも」
彼女は棺桶を顎で指した。
「今はレアンのことが先だから。ね? タダヒトだって、気になってるんでしょ?」
「そりゃあな。……植物状態の人間を使って、どんな非人道的なことを?」
「人聞きの悪い言い方しないでよ……。
だいたい、レアンは病気で寝ているわけじゃないし、これはタダヒトの為でもあるんだよ?」
「俺の為? 『生まれ変わる』って奴か?」
「そう。
とにかく、蓋、開けてみて?」
言われたとおり、タダヒトは側面にあるスイッチを押す。
昨日と同様、わずかに蓋が持ち上がり煙が噴き出して来た。
それから、彼は柩を開ける。中ではやはり、「白い少年」が不気味な色の液体に浸りながら眠っていた。
(うわぁ、やっぱり犯罪臭半端ないな)
顔があれば、眉をひそめているところだろうか。
何度見ても慣れない様子のタダヒトを他所に、少女は説明を始める。
「それじゃあ、さっきも言ったとおり実験を始めるよ?」
「あ、うん。
で、どうすんの?」
「まずは、彼の胸の真ん中に手をかざして?」
指示に従い、彼は開いた右手をかざした。
「後はほら、本部でも何度かやったことがあるでしょ? あの感じで、乗り移るの」
「ああ、アレと一緒なのか」
合点がいった様子のタダヒトは眠り続ける少年に視線を落とし、軽く息を整える。
そして、静かな声で何かの合言葉を呟いた。
「……ショウジルテン」
直後、彼の体がグルグルと渦を巻き、搔き消えてしまう。
いや、正確には吸い込まれたと言うことか。
文章にしてしまうと簡単なことのように思えるかも知れないが、実際に目にしたならばかなり衝撃的な現象だ。
空中には、タダヒトの顔を覆っていた本だけが、ぽつねんと取り残されていた。
すでに「乗り移る」瞬間を見たことがあるのか、空色は特段驚いていない様子である。「ぐー」にした右手を口許に当て、むしろどこか楽しそうである。
「さあ、これでやっと……転生できるよ?」
彼女が呟いた瞬間、レアンの鎧の胸部が左右に開いた。
観音開きとなったその奥には、無数の筋繊維のような物──グロテスクでありながら、妙に機械的だ──が、絡まるようにして収納されている。
かと思うと、繊維は蠢きながら飛び出し、宙に浮かぶ本にいくつも纏わり付いた。
赤黒い触手はページを開いた状態のそれを引き寄せ、鎧の内側へ取り込んでしまう。
「喜んでくれるといいな?」
胸部の装甲が、これもひとりでに閉じる。
と、今度はレアンの周囲を満たしていた液体が、彼の体に吸引され始めた。
どうやら背中にファンのような物が付いているらしく、そこから吸い上げられているようだ。
やがて、血のような色の液体が消え、黒い底板が露わとなる。
最後に、少年の体その物に変化が現れた。彫刻のように白かった肌が血色を取り戻し、頭髪が疎らに赤く染って行く。
「どう? 起き上がれそう?」
首を傾げる空色。
彼女に答える代わりに、レアンは閉じていた瞼を開いた。
玉虫色に輝く瞳が、混乱した様子で天井を凝視している。
「……こ、れは……!」
絞り出すように言い、彼は体を起こした。
震える両手──白いグローブに覆われている──を見つめ、レアン=カルナシオは、いや、彼に乗り移ったタダヒトは続けた。
「俺の、新しい体……なのか⁉︎」




