第五話
柩の中を覗き込んだタダヒトは、息を呑む。
「ほ、本当に、人が眠ってる……⁉︎」
「驚いたー?」
「あ、ああ……。
て言うか、いいのかコレ。誘拐とかそう言う、事件になる奴なんじゃ……」
顔は棺桶に向けたまま、彼は狼狽した様子で彼は尋ねる。
硬く瞼を閉ざした少年は、一見すると彫像のようにも見えた。
作り物みたいに容姿が整っている、と言うのもあるのだが、それ以前に全身が真っ白だったのだ。
彼は、筋肉を象ったかのような装甲──間違っても「ファンタジー」などではなく、むしろSFモノによくある「特殊戦闘スーツ」にしか見えない──を纏っている。その上、剥き出しの顔ですら鎧と色が変わらない。
いったいこの「白いの少年」は何者なのだろうか。
「大丈夫だよ? 別に、その辺にいる人を捕まえて来たんじゃないから。
あ、でも、秘密なのは確かかな? 彼のことを知ってるのは、機関でもごく一部──私たちの部署くらいなんだよ?」
「てことは、局長もこのことを……?」
「もちろん。
そもそもね、彼について実験することも兼ねて、私たちはここに派遣されたの」
「実験?」
そこでようやく、タダヒトは彼女の顔を見つめる。
エントランスが薄暗いせいか、空色の表情に影が差して見えた。
「そうだよー? この実験に成功すれば、タダヒトは今度こそ生まれ変わることができるの。
それに、あの空間のことも。……タダヒトがあそこに閉じ込められていた理由についても、何かわかるかも」
彼女の言葉を聞いて彼が思い浮かべたのは、青空の下どこまでも広がる「本の海」だろう。
つまり、タダヒト──正確にはその魂か──は、何らかの原因によりあの謎の空間に閉じ込められていたのだ。
その首を失った上で。
「まあでも、詳しいことは明日になってから、ね? 私はちょっと、ふわぁ」
言っている途中で、大きな欠伸が飛び出した。
「疲れたから、お昼寝して来るねー。タダヒトも、今日はゆっくり休んだら?」
「あ、うん、そうするよ。透けたり跳んだりしたからな……。
つうか、我ながらやれることが中途半端だよな」
「まあ、仕方ないんじゃない? いくら魂だけの存在とは言え、実体を保っている以上『制約』は付き物だもん」
右眼を擦りながらどこか投げやりな返事をすると、空色は先ほどと同じように奥の扉へと歩いて行く。
しかし、すぐに立ち止まり、
「そうそう。彼の名前だけどね、機関の人たちはこう呼んでるの」
肩越しにタダヒトを振り返った。
「レアン=カルナシオ。昔の言葉で、『生まれ変わる者』って言う意味らしいよ?」
「レアン=カルナシオ……」
呟く彼を残し、少女は今度こそエントランスの奥へと消えて行く。
タダヒトは再び棺の中に視線を落とし、眠り続ける少年の姿を呆然と見下ろしていた。
※
〈翌日、精隷学園敷地内──図書塔:二階〉
「よいしょっと」
かけ声と共に、タダヒトは持っていた椅子を降ろした。
そこは元々メインの閲覧スペースだったらしく、腐りかけた空の書架が、あるいは倒れあるいは佇立している。
机や椅子も無造作に転がっていたのだが、その中から無事な物をだけを集め、室内中央に並べていたようだ。
生き残っていたのは二台の正方形の机と、六脚の椅子のみだった。
「取り敢えず、こんなもんか。まだまだ先は長そうだな」
「うん。蔵書云々って言う前に、お掃除だけでも一苦労だよね?」
「だなぁ。
そもそも、どうして図書塔って封鎖されてたんだ?」
必要もなさそうだがほっかむりをした彼は、首を傾げる。
「さあ? 確か、『何十年か前に魔道書が発見されて、それを回収した人が壊滅させたから』って聞いたけど?」
空色が、顎に指を当てて答えた。
今日はローブを着ておらず、襟元が緩やかに開いた白いワンピース──ゆったりとした長袖を持ち、部屋着なのかシンプルなデザインだ──を身に纏っている。もし暗い夜道に佇んでいようものなら、霊的な何かに間違われそうな格好だ。
「魔道書の回収か。俺らと同じだな。
けど、精隷制に移行する時、ほとんどが機関の管理下に置かれたり、処分されたりしたんだろ? 本当にまだ残ってんの?」
「うーん、どうなんだろうねー? 一応その可能性もあるから、私たちの部署ができたんだろうけど……。
ただ、誰にも認知されてない物があっても不思議じゃないとは思うよ? かつては莫大な数が作られたんだし」
「まあ、そりゃそうだよな。精霊を召喚する為に使われてたんだから」
精霊の召喚──つまり、魔道書は魔法を獲得する為の必須アイテムだったのである。
精霊が精隷に取って代わられるまでは。
「ところで、精霊も精隷も、要は実体のない幻みたいな物なんだよな? それが、あんなに鮮明に認識できるなんて」
おそらく、彼は昨日目撃した戦いの様子を思い出しているのだろう。
「一応説明は受けたけど、実際に目にするまでは信じられなかったよ。仕組みもまだ理解できてないし」
「あれ? そうだったの? 自分も似たような物なのに?」
「に、似たような物って……なんか、扱い酷くない?」
「そう?
でも、本当のことだよ? タダヒトだって、“オルタナティヴスペル”のお陰で実体を保ててるでしょ?」
特殊な単語が彼女の口から飛び出す。
しかしながら、そらは精隷の存在を知っている者──つまり、ここアルビオンの住人──であれば、誰もが耳にしたことのあるワードであった。
魔道書に用いられる「術式」に代わって登場したのが、この「オルタナティヴスペル」なのだから。
「いや、だとしても、もうちょっと違う言い方って言うか……」
言いかけた彼は、すぐにあることに気付く。
さっきまで会話をしていた相手の視線が、少年の後ろ側に向けられているのだ。
たまに犬や猫が何もいない場所を凝視していることがあるが、あれに近い。
「なに? どうかした?」
タダヒトは不思議そうに首を傾げ、背後を振り返る。
視線の先には踊り場からの出入り口があり、直後足音が聞こえ始めた。何者かが階段を上がってやって来るらしい。
二人がじっと動きを止めて待っていると、やがて足音の主がかまぼこ型の戸口に現れた。
「お邪魔しまぁす……」
「あれ? 君は昨日の」
「はい、フィアナ・マックールです! 来ちゃいましたっ」
果たして、謎の来訪者の正体はフィアナ・マックールであった。
彼の言葉に答えたフィアナは、にっこりと笑みを浮かべる。
また、その手には、何故かハンカチのかけられたバスケットを下げていた。
「……え、なんで?」
「お二人のことが気になったものですから!」
「はあ」
「それと、これっ」
反応に困っている様子の少年に、彼女は持っていた物を差し出した。
バスケットから、ほのかに甘い香りが漂って来る。
「お近付きの印にどうぞ。お口に合うかわかりませんが、作って来ました!」
「俺たちにくれるの? なんか、申し訳ないな」
「気にしないでくださいっ。本当に、大した物ではないですから」
「……じゃあ、遠慮なく。ありがとう」
「いえいえ、どう致しまして。
ところで、もしかしてそちらにいらっしゃる方が、昨日の傷の人なんですか?」
「ああ、うん。俺の同僚で、空色って言うんだ」
バスケットを受け取った彼が簡単に紹介すると、女生徒は瞳を輝かせる。
当の空色は人見知りの子供みたいに俯いているのだが、彼女は気にしていないらしい。
「まあ、こんなに可愛いらしい方だったんですね! 私はてっきり、もっと陰険な人かと思ってましたよー」
悪意があるのかないのかよくわからないことを、満面に笑を湛えて言い放つ。
「陰険って……そんなこと言いに来たの」
体を硬直させた彼女は、つま先に目を落としたまま唇をひん曲げた。
さっそく語尾の「?」が取れており、「機嫌の大暴落」が目に見えるようだ。
「私、ますますお二人に興味が湧いて来ちゃいました!」
そんなことを言いながら、フィアナは無邪気に手を打ち合わせる。
これだけ警戒心──ともすれば「敵愾心」か──を剥き出しにされていると言うのに、全く意に介していない様子だ。
少年は彼女らの顔を交互に見てから、「どうしたものか」と言った風に、顔に張り付いた本の表紙を掻いた。