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エピローグ:星空

 〈三日後、精隷学園敷地内──図書塔:二階〉


 この日も、三人は部屋の中央に置かれた椅子に腰下ろしていた。相変わらず壁には大穴が開いたままであり、修復しようとした形跡すら見当たらない。

 穴から差し込む陽射しを背に受けながら、クーはテーブルに額を押し付けていた。


「すまん! マジで悪かった!」


 椅子に座りながら土下座するかのように──と言う表現は矛盾しているが──、彼は二人に謝罪する。言うまでもなく、二日前の試合でのことについて、だろう。


「自分でもよくわかんねーんだが、俺ァ阿羅漢化(ゲニウス・ギグ)を使いこなせねーんだ。だから、前もあんな風に暴走しちまって……」


 机に額を擦り合わせたまま、クーは珍しく気落ちした声で言う。

 そもそも、彼がメイヴに目を付けられたきっかけも、阿羅漢化(ゲニウス・ギグ)による暴走が原因のようだ。

 確かに、あれほど危険な力を秘めていれば、不穏分子として扱われるのも当然か。

 クー自身も猛省しているのだろう、簡単に顔を上げそうにない。

 彼の向かいの席に座っていたタダヒトは、困りきった様子で本の表紙を掻く。


「……え、えっと、俺は全然気にしてませんから。巻き込まれたわけじゃないですし。

 ただ……」


 彼は言いながら、怖々と言った風に隣りにいる女生徒の顔を盗み見た。

 そこに腰下ろしたフィアナは、偉そうに腕組みをし、桜色の唇を真一文字に結んでいる。どう言うわけか、彼女はたいそうご立腹の様子であった。


「……クーさん、顔を上げてください」


 いつになく静かな──それでいてはっきりと憤りが滲んでいる──声で、フィアナは紡ぐ。

 これを受けたクーは言われたとおり(おもて)を上げ、上目遣いに彼女の顔を覗き込んだ。


「……私、実を言うと怒ってます」


 わざわざ言わずとも十分伝わっているであろうことを、フィアナは口にする。

 野郎二人は何も言えないらしく、背を縮こまらせて彼女の言葉に耳を傾けるばかりだった。


「どうしてだと思いますか?」

「それは……俺が暴走したせいで、てめえらに迷惑かけちまったから……」

「……残念ながら、ハズレ(、、、)です」

「は? じゃあ、他にも何かあんのかよ?」

「……本当にわからないのですね。

 いいです。正解を教えます」


 咎めるような口調で言ってから、フィアナは制服の胸ポケットに手──「契約の証」を隠す為だろう、白い革手袋をしている──を入れた。

 そして、その中から取り出した物を、音が鳴る程度の強さでテーブルに置く。

 果たして、そこに現れたのは剣の形を象ったエンブレムであった。


「そいつァ……」

「これは、クーさんにお返しします。私が持っていても、意味がありませんから」

「けど……俺にはギルドマスターなんざ務まらねーよ。柄じゃねーんだ」

「……務まる務まらないの問題ではないはずです。

 そもそも、このエンブレムを託されたのは、クーさんなんですよ? それを簡単に誰かに譲るなんて、約束を破るのと(おんな)じじゃないですか」


 やはり相手の瞳をまっすぐに見据え、彼女は真剣な表情で言う。二人は、まるで熱心に説教をする教師と、黙ってそれを聞いている生徒のような状態だった。


「それに、私も試合の前に言ったはずですよ? 『お任せしますね(、、、、、、、)?』って」

「……けどよ」

「クーさんは、あの時何と言いましたか?」


 その言葉を聞いて、クーは虚を突かれたように目を見張る。

 それから、再びテーブルの上に置かれたエンブレムへと視線を落とした。

 彼は、暫時剣を模したそれを見つめていたが、やがて観念するように瞳を閉じる。


「……そーだったな。俺ァてめえに『任せろよ』って答えたんだ。

 ……なァ、マジで俺でいーのかよ?」

「当たり前です」


 と、やはり不機嫌そうに頷いたフィアナであったが、すぐ穏やかな表情を浮かべ、


「クーさんしかいませんから」

「……そーか。……だったら、仕方ねーな。任されてやるよ」


 クーは無骨な手でエンブレムを掴むと、ピンを外してからブレザーの左胸に取り付ける。

 ここに来て、ようやく彼はギルドマスターの証を左胸(むね)に飾ったのだ。

 その様子を見て、フィアナは満足げに微笑む。

 また、彼女の隣りに腰かけたタダヒトも、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。

 クーはしばらくの間照れ臭そうに鬣を掻き回していたが、やがて思い出したように話題を変える。


「そーいやァ、結局何者だったんだ? 俺やあの女を倒した奴ってのは。例の爆薬野郎だったんだよな?」


 彼のこの問いに、少年は「ギクリ」と言う音が聞こえて来そうな感じで背筋を伸ばした。

 それから慌てて二人の顔を窺うタダヒト。

 挙動不審な彼の隣りで、フィアナが両の掌を打ち合わせる。


「そうでしたっ。私、今日はそのことを空色さんに尋ねようと思っていたんです!。

 あの方は、空色さんのお知り合いなんですよね?」

「へ? ええっと──そ、そうみたいだね。あんまり俺もよく知らないけど。ははは」


 精一杯誤魔化しているつもりなのか、タダヒトは顔を逸らして空笑をした。

 フィアナは不思議そうに、クーは胡散臭そうに、少年を見つめる。


「タダヒトさん?」

「そ、それにほら、空色はたぶんまだ寝てるから。どのみち話は聞けないと思うな、うん」

「……そうですか。それは残念です」


 本当に残念がっているらしく、彼女はがっくりと肩を落とした。

 意外と簡単に引き下がったフィアナを見て、少年は先ほど以上に安堵したようだ。

 二人のやり取りを眺めていたクーは、話を振っておいてあまり興味がない様子だった。

 と言うよりも、彼の関心は「相手の正体」よりも「実力」に向いているのだろう。


「なんにせよ、ただモンじゃねーのは確かだ。あの女を倒した上に、俺の暴走を止めたんだからよ。……自分で言うのもアレだが」

「……クーさん、ちょっと悔しがってませんか?」

「別に、そんなんじゃねーよ。……ただ、純粋に興味があるだけだ。どの程度腕が立つ奴なのか、な」


 深々と椅子にもたれかかり、クーは古い天井を見上げた。

 フィアナも至って真剣な表情で、立てた親指を唇に当てている。考えごとをする時の癖なのだ。

 ただ一人、少年だけは気まずそうに本の表紙をひたすら掻いている。こちらはしょっちゅう出て来る「癖」だ。

 しかし、沈黙の時間もそう長くは続かず、再び彼が新たな話題を提供した。


「ところで、てめえはどーなるんだよ?」

「私、ですか?」

「他に誰がいるんだ。

 お前、勝手に精霊を呼び出して契約しちまっただろ? このままお咎めなしってわけには、いかねーんじゃねーのか?」


「どーなんだよ」と、クーは二人の顔を交互に見回す。


「それは、その……」


 言い淀んだフィアナは、バトンを渡すように隣りに目を向けた。

 これを受け取ったタダヒトは、逡巡していたようだが、すぐに、


「大丈夫ですよ。……当面の間は、ですが」


 含みのある言い方で言ってから、彼はすぐに付け加える。


「上も、フィアの処遇に関しては決め兼ねているようで、すぐに答えは出せないそうです。フィアの持っていた(、、、、、)魔道書の写しを本部に送って報告したら、『追って処置を下す』と言われました。

 それと、はっきりとしたことが決まるまでの間は、俺たちが『責任を持って監視(、、)するように』、とも」

「……そーかい。まあ、どのみちただじゃ済まねーだろーな」


 言いながら、彼は再び天井付近に視線を漂わせた。何事か思案しているようだ。

 すると、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、下からクーの顔を覗き込む。


「クーさんっ。もしかして、私のことを心配してくださってます?」

「あァ? (ちげ)ーよ。……ただ、俺にも責任があるからな。気になっただけだ」

「なるほどぉ。──ありがとうございます!」

「てめえ、ワザとやってんだろそー言うの」


 彼は鳶色の瞳で女生徒を睨み付けた。が、フィアナには通用しなかったらしく、いっそう面白がるように微笑むばかりだ。

「けっ」と唾でも吐きそうな勢いで、クーは顔を逸らし、乱暴に頭を掻き毟る。

 そんな二人のやり取りを眺める少年も、どこか楽しげな様子であった。


 ※


 その日の夜。

 タダヒトはやはり図書塔の二階、元閲覧スペースの中にいた。

 しかし昼間とは違って彼はテーブルの(そば)に立っており、また、近くの床の上には黒い棺桶が横たわっている。

 そして、彼の視線の先には、椅子の上に体育座りをした少女の姿が。

 白いスカートの膝を抱くようにした空色は、少年を見上げて言葉を紡ぐ。


「レアンの姿が変わったのは、タダヒトの魂その物と融合したからだと思うよ? つまり、レアンの中に収まりきらなか(、、、、、、、)った分(、、、)があって、それが見た目を変化させちゃったんだね?」

「なるほど。なんと言うか、凄くそれっぽい(、、、、、)な」

「だねー?」


 行儀悪く体を前後に揺らしながら、空色は微笑んだ。

 すると、椅子に左手をついて寄りかかったタダヒトは暫時黙り込む。

 彼は何かを迷っているらしかったが、やがて躊躇いがちに口を開いた。


「空色、一つだけ訊いていいか?」

「え? ……何?」

「二百年前のことなんだけど……そもそも、俺の魂を呼び寄せたのは新祖──つまり昔の君、なんだよな?

 ……君は、どうしてレアンの中身に俺を選んだんだ? どうして、俺なんかを……」


 わだかまったコンプレックスが、発露したかのような言い方である。タダヒトは未だ自己嫌悪的な感情を、完全に断ち切れていないのかも知れない。

 無論、それは誰の中にでも少なからず存在する物であり、容易に断ち切れるようなことではないのだろうが……。

 彼の問いを受けた少女は、自らの膝に鼻先をひっ付けながら、おずおずと答えた。


「……わからないの。……本当はね、あなたを呼び寄せたのは『()じゃない(、、、、)から」

「え? ──それじゃあ、いったい誰が」

「神、だよ?」


 椅子の上で揺れるのをやめた空色は、どこか遠くを見るような瞳で続ける。


「神と呼ばれていた人たちが、あなたの魂を『ノベルザナドゥ』の中に閉じ込めた(、、、、、)の。私はただ、彼らを滅ぼした後にあなたを利用しようとして……そこを、モリガンに邪魔された……」

「……そう、だったのか」


 タダヒトは俯き、再び口を噤んでしまった。新たに発覚した事実について、彼なりに考えを巡らせているのだろう。

 二人が黙した為に、しばし静寂が訪れる。壁にかけられたランプの灯りが、彼らの影を歪な物にしていた。

──やがて、先に沈黙を破ったのは、空色だった。


「……私は、タダヒトでよかったよ? タダヒトと出逢うことができて、よかったと思ってる。

 それに、『ノベルザナドゥ』から出て来てくれたのも……。本当はね、凄く凄く、嬉しかったんだよ?」


 彼女は両膝の匂いを嗅ぐように鼻を付けたまま、優しげな声で紡ぐ。

 それから、気恥ずかしそうに顔を赤く染めて笑った。


「空色……」


 顔を上げたタダヒトは、こちらも若干照れ臭そうに俯き、


「ありがとう」

「うん……」


 どことなく、端から見ていたら背中が痒くなるような雰囲気が辺りに漂う。

 すると、空色は何かを思い出したらしく、声を上げた。


「──あ、そうだ」


 彼女は曲げていた脚を伸ばして、普通に椅子に座っているような格好になる。

 それから何のつもりなのか、自らの左胸に手を当てがい、


「タダヒト、凄く頑張ったでしょ? だから、今度はちゃんとご褒美(、、、)あげるね?」

「え──いやいやいや、いいってそんな! 全然大した活躍してないし!」

「そんなことないよー。全身ぼろぼろになってたし」

「いやでも……本当、大丈夫だから!」


 彼は相当焦っているのか、ワイパーみたいに両手を振った。学園に着いて以来、空色よりも彼の方がこの仕草をしていることが多くなってしまっている。


「て言うか、空色さん。もしかして、|気付いて(、、、、)らっしゃいます(、、、、、、、)?」

「うん。だって、あの時のタダヒトの手、暖かかったから……」


 答えながら、空色はほんのりと上気した左頬に触れた。

 つまり、魂の本体と融合したことにより、少年の「感覚」や「体温」が、蘇ったと言うことか。

 もしそうであれば、前回と違ってまさしく「ご褒美」になり兼ねないが……。


「あ、やっぱり。──て、だから余計にダメなんだってば! なんと言うか、ほら、倫理的に……?」

「そう? ……私は、タダヒトなら大丈夫だよ?」

「そ、そう言う問題じゃないだろ。

 とにかく、俺はもうレアンに乗り移るから」


 強引に彼女の申し出を振り切り、タダヒトは床に寝かせてある棺桶へと近付いた。

 その真横で屈み込み、蓋の側面にあるボタンを押す。


「まじめだね? タダヒトは」

「いいだろ、別に」


 不貞腐れたような空色の視線を背中に受けながら、彼は柩の蓋を開けた。

 黒い箱の中では、言うまでもなく彫像のような少年が眠っている。彼の体を覆う装甲は白いままで、今は触角もマフラーも見当たらない。


「これは、自分で決めたことなんだから」


 言ってから、タダヒトはレアンの胸の上に右手を翳し、


「ショウジルテン……」


 瞬間、彼は黒い渦巻きとなり、眠る少年の中へと取り込まれた。


「わかってるよ、そんなこと。……私も、自分で決めたんだもん」


 空色は、頬から離していた小さな手を、胸の前で握り締める。

 彼女が黄金の瞳を向けた先では、目を覚ました少年は立ち上がっていた。

 棺桶から外へ出たレアンの全身はすっかり赤く染まっており、首元には玉虫色のマフラーがなびいている。

 崩れた壁から注ぎ込む白銀の月灯りの下、彼は少女に告げた。


「行って来るよ」

「うん、いってらっしゃい」


 彼女の言葉に送り出された少年は、崩れた壁の(きわ)に立つ。

 すると、レアンは鳥籠のような図書塔の二階から、無数の星々が煌めく空の下へと飛び出して行った。

 地面に着地した彼は、再び軽やかに跳躍する。まるで、蛹から羽化した蝶が、自由な世界へと飛び立つかのように。






 〈精隷のビューロクラート──了〉


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