表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

第二話

 砂塵の舞う中、精隷を用いた戦闘が開始された。

 生徒たちは左手の指を躍らせ、反対の手で本体後方のハンドル部分を握る。

 スレイブキャスターは特有の見た目をしているが、例えるなら金属を削り出して作った「エレキギター」と言ったところか。

 もっとも、この世界の人間がそんな感想を抱くことはないのだろうが。


(あれがギルド同士の“試合”か。話には聞いていたけど、思った以上にガチだな)


 その様子を眺めていた彼は、「傍観者」ならではの感想を抱く。

 彼には関係のない戦いなのだから、当然か。

 相方を待たせていることを思い出したらしく、少年は高原側へと体を戻しかける。

 すると、そこでようやくあることに気が付いた。

 何メートルか離れた場所に一人の女生徒が佇んでおり、彼女もまた荒野を見下ろしているのだ。

 亜麻色の髪を肩につかない長さに切り揃えており、作り物のように端正な横顔をしている。もしこれがまた違った世界での話であれば、「お人形さんみたい」と評されそうだ。

 要するに、一目見て美人だとわかる容姿であり、タダヒトも似たようなことを思ったことだろう。


(……ちょうどいい。あの()に道を聞いてみるか)


 高原に戻るのをやめた彼は、女生徒へと近付いて行った。


(大丈夫。普段も空色と話せてるんだから)


「あのぉ、すみません」


 気の抜けた声でタダヒトが話しかけた時、彼女の体が前に傾く。

 まるで、プールに設置された高台から、水の中に飛び込むかのように。

 が、その先にあるのは水面などではない。荒野だ。

 固く瞼を閉ざした横顔を見た少年は、自然と「投身自殺」と言うワードを連想したのだろう。


「ち、ちょっと待って!」


 慌てた様子で、地面を蹴りつけた。

 彼は質量を(、、、)感じさせない(、、、、、、)不思議な動きで、彼女の元へ跳ぶ。

 瞬く間に距離を詰め、落ちて行くはずだった女生徒の腕を掴んだ。


「何してるんだ!」

「えっ?」


 驚いた様子の彼女を、自分の方に引き寄せる。

 大きな蒼い瞳が、タダヒトの顔を映していた。


「本の……仮面(、、)?」


 透き通るような声で、彼女は呟いた。「美人なのだから、声も美しくて当然か」と、納得してしまいそうである。


「あ、いや、これはそのぉ、ファッションと言うか……」


 まっすぐに見上げられた為か、途端に勢いが萎んでしまう。

 それを誤魔化すように、彼は相手の腕から手を離した。


「って、そうじゃなくて!

 とにかく、自殺なんてよくないですよ。俺が言うのもアレだけど、まだ若いんだし」

「じさつ? ──ち、違います! 私はそんなこと」

「けど、今飛び降りようとしてたよね?」

「あれは、別に身投げをしようとしたわけではありません! 私はただ……どうしても、許せないんです」

「許せない?」


 タダヒトの言葉に頷いた彼女は、荒野を一瞥する。


「たった二人を相手に、あんな大勢で戦うなんて! それも、力のない者から『魔法を獲得する機会』を奪う為(、、、)なんですよ⁉︎

 そんなの、許せるはずないじゃないですか!」


 力説と共に、女生徒は少年ににじり寄る。

 その勢いに押され、彼は思わず降伏するように両手を挙げていた。


「ま、まあ、確かに。

 ……もしかして、それで加勢しようとしたの?」

「はい。

 私一人が加わったからと言って、どうにかできるとは思いません。けど、だからって見過ごすわけには行かないんです」


 彼女は真正面から相手の顔を見て答えた。

 かと思うと、改めて崖っ淵に向き直り、


「ですから、やっぱり私が助けに!」

「いやいや、無謀すぎるって! つうか普通に危ないし」

「止めないでください! 一度この目に映った物からは、目を逸らしたくないんです!」


 そうは言われても普通引き止めるだろう。

「身投げ」ではないらしいが、実態はほぼ自殺行為なのだから。


「取り敢えず落ち着いて」


 タダヒトが言いかけた時、女生徒がバランスを崩す。


「きゃっ」


 小さく悲鳴を上げた彼女は足を縺れさせながら、タダヒトのいる方へと倒れ込んで来た。

 これがもしネット小説などであれば、謂わゆる「ラブコメ展開」に発展しそうなものである。

 しかし、そこは現実。そんな「お約束」は果たされない。

 女生徒は少年の体をすり抜けて(、、、、、)、直接地面に転倒してしまう。


「痛たた……あれ?」


 手をついて体を起こした彼女は、四つん這いのまま後ろを振り返り、


「今、すり抜けませんでしたか?」

「え、何が? 俺避けただけだけど?」


 いつの間にかそこに立っていた彼は、何気ない口調で答える。

 もっとも、もし顔に本が貼り付いていなければ、目が泳ぐくらいの動揺はあったやも知れないが。


「ですが、明らかに変だったような……」

「き、気のせいだって。

 て言うか、ほら、大丈夫?」


 話を逸らすのも兼ねてか、タダヒトは右手を差し伸べる。


「あ、はい。……ありがとうございます」


 女生徒は一度座り込んでから、その手を握り返した。

 回れ右をしながら立ち上がった彼女ははにかみ、


「あの、私、フィアナ・マックールって言います。あなたは?」


 何を思ったか自己紹介をする。


「あ、えっと、タダヒトです……え?」

「タダヒトさん、ですか。なんだか素敵な響きですねっ。それに、その仮面も。

 もしかして、とっても本がお好きなんじゃないですか?」

「まあ、否定はしないけど」

「やっぱり! 実は、私も昔から読書が好きなんです! 奇遇ですねっ!」

「はあ」


「どう答えてよいものかわからない」と言った反応だ。

 しかし、フィアナはそんなこと気にしていないらしく、満面の笑みで彼を見つめている。思わぬ所で同好の士に出逢えたことが、よほど嬉しいのだろうか。


「父の奨めで、幼い頃からいろんな本を読んで来たんです。と言っても、田舎に住んでいたので、読書の他に楽しみがなかったのもありますが」

「そ、そうなんだ。

 ……あのぉ、手、そろそろいいかな?」

「え? ──あっ、す、すみません!」

「いや、気にしないでよ」

「……あ、ありがとうございます」


 慌てて手を離した彼女は、恥ずかしさの為か頬を赤らめた。

 甘酸っぱい香りが漂って来そうな雰囲気であった──のだが、それも長くは続かない。


「た、タダヒト……はあ、はあ、何……してる、の?」


 不意に名前を呼ばれ、喫驚した様子のタダヒト。

 声のした方を向くと、そこには空色が、膝に手をついて立っていた。

 彼女の背中には例の黒い棺桶があり、相当苦労して運んで来たのだろう。すっかり息を切らしていた。自分よりも頭一つ分以上大きい棺桶なのだから、無理もないが。


「空色!

 あ、いや、これはそのぉ……彼女が飛び降りようとしてたから、引き止めただけで」

「……ふ、ふうん」


 フードによって隠れているものの、冷たい視線を送っているのがよくわかった。どうやら、別の「お約束」に繋がったようだ。

 空色は顔の汗を拭いつつ、さらに少年を問い詰める。


「じゃあ、なんで見つめ合ってたの? 手まで繋いでたし。そんなことする必要、ないよね?」

「あれはなんと言うか……物の流れって奴? とにかく、大した意味はないんだって。

 ……つうか、なんでそんな不機嫌なの?」


 先ほどの彼女のようにワイパー状態なタダヒトを黙殺し、空色はフィアナに話しかけた。

 警戒心の表れからか、声色をかなり硬くさせて。


「あなた、苦しかったんだよね。だから、終わらせようと(、、、、、、、)したんでしょ(、、、、、、)

「い、いえ、私はただ、あの人たちを助けたくて」

「……だったら、私が代わってあげる。あなたの……心の傷(、、、)を」


 少女は、ローブの裾から伸びる小さな(てのひら)を差し出す。

 彼女は息を整えつつ、言葉を続けた。


「さあ、教えて……。どれくらい痛いのか」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ