第二十四話
〈翌日、精隷学園敷地内──戦場〉
旋風が吹き荒ぶ中、生徒たちは対峙していた。
さながら西部劇のワンシーンのような雰囲気だが、これから行われることは「決闘」などではない。
生徒らは二つの勢力にわかれており、当然ながら片方はギルド〈ニルヴァーナ〉の二人──クーとフィアナである。
対するは、メイヴ・コノートが率いる〈トリスケリオン〉と、もう一チーム、
「で? なんでお前らまでいるんだ?」
ギルド〈フェンリル〉の面々を見やりながら、クーは投げやりな口調で尋ねた。
これに答えるのは同ギルドのギルドマスター、ロイ・フェルグスだ。彼は喋り出す前の合図なのか、眼鏡をかけ直してから口を開く。
「愚問だな。貴様をこの手で葬る為に決まっている」
「……ま、そーだろーな」
言ってから、自分の真横に顔を向ける。明らさまに嫌そうな表情をしている彼を見て、フィアナは苦笑した。
「貴様こそ、いつの間にか味方ができたようじゃないか。……いったい、彼女は何者だ?」
ロイの鋭い視線が、たった一人の「味方」を射竦める。
が、それに気付いた彼女はにこりと微笑み、
「初めまして、フィアナ・マックールと言う者です! 精隷を使って戦うのは初めてですが、よろしくお願いしますっ」
元気よく言って、馬鹿丁寧に頭を下げた。敵陣の生徒たちは、虚を突かれたようにその姿を見つめる。
クーだけは一人呆れた様子で、ボサボサの頭を乱暴に掻き毟っていた。
「よろしくお願いしてどーすんだ。これから戦おうってのによォ」
「ですが、何事においても礼儀は大切だと父が」
「知るかそんなこと。
だいたい、こいつらに『礼儀』なんて必要ねーだろ。平気で闇討ちして来るような奴らと、たった二人だけの相手にも容赦しねー奴らだぜ?」
「それは……自業自得と言う物ではないんですか?」
フィアナは相手の顔を見上げながら、不思議そうに首を傾げる。相変わらず、悪意があるのかないのかわからない。
「てめえなァ……」
文句の一つでも言いたそうな彼だったが、ある声がそれをさせなかった。
「お喋りはそこまでにしてもらえるかしら。私、待たされるのは好きじゃないの」
無論、声の主はメイヴである。
彼女は赤い尻尾の先を指に絡めつつ、自陣の中央から二人に目を向けていた。さほど苛立っている様子でもなかったが、「早く始めたい」と言うのは本心なのだろう。
「ちっ、わかってらァ。
うだうだ言ってても仕方ねー。さっさとおっ始めよーぜ。──てめえも、準備はいいな?」
敵軍に向き直ったクーは、若干声を重くして尋ねた。
「あっ、ちょっと待ってください!」
「なんだよ、まだ何かあんのか?」
「はい! 《トリスケリオン》のギルドマスターさんに、提案があります」
彼女の蒼い瞳が、コノート国の王女を映し出す。
「私に提案?」
「そうです。……せっかくですし、この試合、何か賭けませんか?」
エリンの女生徒が持ち出した提案は、誰もが予想だにしなかったであろう内容だった。
当然、横からは「おい、お前」と制止する声が飛んで来るが、フィアナはこれを黙殺する。
メイヴは彼女の視線を受け止めながら、面白がるように方頬を吊り上げた。
「あら、初めてと言う割には余裕ね。
で、いったい何を賭けると言うのかしら」
「私が賭ける物は、もう決まっています」
フィアナは、自らの左胸に手を当て、
「この命です。つまり、私は私の命を賭けます。それでどうですか?」
屈託のない笑顔のまま、とんでもないことを言い始める。
ギルド同士の試合の際、なんらかの「賭け」が生じることはままある。しかしながら、自らの「命」をベットする者などそうはいないはずだ。
「いや、お前──自分で何言ってんのかわかってんのか⁉︎」
「もちろんです。私はこの試合に、自分の命を賭けたいんです!」
クーに答えながら、彼女は左胸に添えた手に力を込める。
「もし私たちが負ければ、私のことは煮るなり焼くなり好きにしてください。……ですが、こちらが勝利した場合には、あなたからも相応の物をいただきたいです」
「……へえ。つまり、この私にも命を差し出せと?」
「はいっ」
迷う素振りすら見せず、彼女は即答した。
これにはコノート軍はおろか、〈フェンリル〉の生徒たちも驚いて──あるいは呆れて──いる様子である。
シャノンに至っては、眉をひそめ、不快感を露わにしていた。そう言った反応を示すのも、当然のことだろう。
「……ずいぶんと舐めたことを言うじゃない。
いいわ。その提案、受け入れましょう」
彼女の返答に、隣りに立っていた少年官僚は意外そうな目を向けた。
「その代わり、どう言う結果になろうと、絶対に『なかったこと』にはさせないわよ?」
「わかってます。これはれっきとした契約ですからっ」
「……本当、どこまで余裕なのかしら」
目を伏せたメイヴは、右の下瞼を痙攣させる。フィアナのセリフや笑顔は、見事に彼女の神経を逆撫でしたようだ。
「必ず、後悔させてあげるわ!」
それだけ言って、メイヴは踵を返す。「もう話すことはない」と言うことなのだろう。
彼女のマントの中にある女神の顔も、心なしか不機嫌そう表情で風にはためいていた。
自陣営の奥へ引っ込んで行くその姿を見送りつつ、クーは声を潜めた。
「おい、無茶しすぎじゃねーか?」
「やるからにはとことん、ですよ?
それに、私はクーさんを信じてますから」
彼女は彼の顔をまっすぐに見上げ、悪戯っぽく笑う。
クーは暫時呆気に取られるような顔をしてから、髪を掻き毟り、
「やっぱマトモじゃねーよ、お前。……まァ、いいぜ。俺もこー言うのは嫌いじゃねーからよォ」
短いやり取りを終え、二人は敵勢力に向き直る。
彼らから見て手前側に〈フェンリル〉の生徒たち八名が、その奥を囲むような形で〈トリスケリオン〉の十五名が陣を構えていた。
その最奥に到着したメイヴが、振り返ると同時に右腕を伸ばす。
「総員、スレイブキャスターを起動! さあ、この私に勝利と、その娘の命を献上しなさい!」
彼女の指令に、コノートの兵士たちは怒号を上げて応じた。そして、一斉に得物を手繰り寄せる。
これを受けた〈フェンリル〉のギルドマスターは、こちらも負けじと声を張り上げた。
「裏切り者の処刑は、必ずや我々の手で行う! その為に、彼女らに先を越されるわけにはいかない! わかっているな!」
再び怒声が沸き起こり、生徒たちはスレイブキャスターのプレートが次々に展開する。
精隷を呼び出す準備を整えた敵陣を睨み、クーは隣りに呼びかける。
「こっちも行くぜ」
「はい!
あの、クーさん」
「なんだ?」
横目で尋ねる彼に、フィアナは一言。
「お任せしますね?」
「……ああ。──任せろよ!」
二人だけのギルド〈ニルヴァーナ〉は、プレート上の円盤に指を乗せた。
そして、全ての生徒がほぼ同時に、
「「術式疾奏!」」
合言葉を唱え、スイッチ倒す。
それぞれの機体上を幾筋もの虹色の光が駆け巡り、両陣営の頭上が揺らめいた。
直後、何もなかった空間から幻獣、魔獣、妖精など──ありとあらゆる異形の存在が、荒野へと降り立つ。
精隷たちの召喚を合図に、試合は開始された。
「切り拓くぞ! 【ドン・クアルンゲ】!」
雄叫びのような声を上げながら、彼は戦場を駆ける。羆の如き体格の雄牛はすでに数体の精隷を屠っており、その勢いは簡単には止まりそうにない。
【ドン・クアルンゲ】は蹄を鳴らし、砂煙りの中を猛進する。すると、その眼前に、
「クー・フーリガン! 貴様の相手はこの僕が引き受けよう!」
いつだかクーに因縁を付けていた、肥え太った男子生徒が立ち塞がった。
彼の精隷は大型のネズミのような生き物で、全身を竹箒みたいな毛に覆われている。また、左前足だけが極端に長い為か、主の足元でぐるぐると時計回りに走り回っていた。
「行け! 【ハギス】! メイヴ様の為に下等国家の蛮人をほろぼ」
が、全て言い切るよりも先に、【ハギス】は猛牛に轢かれてしまう。
「誰だてめえ! モブキャラはすっこんでろ!」
貴族風の生徒の精隷は【ドン・クアルンゲ】の「突き上げ」に遭い、憐れにも吹き飛ばされる。
「【ハギス】ぅぅぅ!」
堪らず僕の名を叫ぶ彼だったが、咄嗟に伸ばした手も虚しく、【ハギス】は空の彼方で光になった。
膝から崩れ落ちる彼の横を通り抜け、クーは進撃を続ける。
と、次に彼らの行く手を阻んだのは、〈フェンリル〉の精隷たちだった。
猛進する【ドン・クアルンゲ】を止めるべく、彼らは獲物の左右から、一斉に飛びかかる。
頭を振り回し幾らか振り払ったものの、そこから先へは進めそうにない。
「コノートに遅れを取るな! 一気に攻め落とすぞ!」
ロイは怒鳴りながら指の動きを加速させた。プレート上を円盤が目まぐるしく移動し、それに呼応して灰色の狼が獲物に突進する。
【ドン・クアルンゲ】は二本の角でもってこれを迎撃したが、それでも鋭い爪や牙からは逃れることができず、顔や肩などに傷を負ってしまう。
吹き飛ばされた狼は着地と共に体を捻り、すぐさま次の攻撃に移行できる体勢を取った。
「ちっ、存外てめーらの相手も楽じゃねーな。……しかも」
鳶色の瞳が向けられた先には、ギルド〈フェンリル〉ごと彼を取り囲む、コノートの軍勢が。
巨大な鷲を従えたシャノンは、油断なくスレイブキャスターを構えている。
「……姫様のお手を煩わせるまでもありません。あなたには、ここで終わっていただきます」
淡々とした口調で紡ぐ彼女を目にして、クーは豪快に歯を見せた。やはり、このような正念場においても、彼は戦闘を楽しんでいるらしい。
「いいぜェ……全員で来い!」
興奮気味に叫んだ彼はレバーに手をかけ、手前にシフトさせる。
元素を解放するつもりなのだろう。
──精隷の数は精霊同様膨大だが、大きくわけてしまえば「二種類」だけだ。「初めから元素の力を使える者」と、「解放しなければ使えない者」である。
前者の場合は一つの元素を操るのに特化しており、最初から強力な「技」を発動させられる。
これに対し、後者は初めは何の元素の力も持っていない。しかし、その分「元素解放」をすることにより、複数の元素や複合された元素を操ることが可能となるのだ。
言うなれば、「特化型」と「万能型」の違いか。
とにかく【ドン・クアルンゲ】は後者であるらしく、そちらの方が圧倒的に数が多い。
「まとめて焼き払ってやらァ!」
熊の如き雄牛の周囲を、火の粉が舞い始める。
それを見たロイとシャノンは、二人とも示し合わせたかのように、同時にレバーを操作した。
「目には目を」と言うことだろう。
狼は靄のような冷気を、大鷲は渦を巻く風を、それぞれ体に纏う。
解放された元素の力の激突は、すぐ間近だった。




