第二十三話
〈翌日、精隷学園敷地内──図書塔:二階〉
例によって、彼らは中央のテーブルにそれぞれ腰下ろしていた。
そのうちの一人であるクーは、背もたれに腕を乗せて振り向きながら、崩れた壁を眺めている。
石の壁には大穴が開いており、非常に見晴らしがよくなっていた。もしこれが海辺の旅館ならば、「オーシャンビュー」を謳ってもいいほどだ。
瓦礫や使い魔の死体と言った物は処理したようだが、こればっかりはどうにもならなかったのだろう。
「酷ーなこりゃァ。いったい何があったんだ?」
「いやぁ、ちょっといろいろと……」
「まさか、これも例の爆薬ヤローの仕業ってんじゃねえだろーな」
「ははは、そんなんじゃないですって」
無論、「爆薬ヤロー」などよりもよっぽど恐ろしい存在の仕業である。
空笑で誤魔化すタダヒトに、体を戻した彼は勘繰るような視線を寄越した。
が、それ以上追求するようなことはなく、すぐに話題を変える。
「で、いよいよ試合まであと一日なわけだが……何か策はあんのかよ?
ないならないで、俺ァ好きにやらせてもらうけどな」
「どーなんだよ?」と、彼は隣りの椅子に問う。
そこに腰下ろしていたフィアナは、妙に落ち着いた様子で目を伏せていた。
いや、単に「落ち着いている」のではなく、むしろ「緊張している」のか。
「はい。一応その、私なりに考えていることはあります……」
「へえ。何をするつもりなんだ?」
「それは、えっと……」
言い淀んだ彼女は、どう言うわけか上目遣いにタダヒトを見た。
そして、それに気付いた彼が顔を向けると、すぐに目を逸らしてしまう。
少しだけ頬を桜色に染めており、どう見ても様子がおかしかった。
「ん? どーかしたのか?」
「あ、いえ、何も……。
ところで、タダヒトさん。昨日お話しした件なのですが……」
ぎこちなく尋ねるフィアナに、少年も戸惑ったようだ。
彼は彼女の顔を不思議そうに見つめながら、
「ああ、一応後で本部に報告するつもりだよ。
けど、正直許可が下りるかとうか……。まあ、最悪既成事実を作っちゃえば、こっちの物じゃないかな」
「そう、ですか……。すみません、いろいろとご迷惑をおかけして」
「謝らなくていいよ。俺だって、そうするべきだって思ったから」
「ですが、昨夜は昨夜であんなはしたない姿を見せてしまいましたし……」
「フィア?」
女生徒は斜め下を見ながら、熱くなっているであろう頬を両手で覆った。大きな瞳を潤ませている姿は、それこそ昨夜の彼女を彷彿とさせる。
どうやら、フィアナは自分のしたことを思い出して、また恥ずかしくなって来たらしい。
「家族以外の男性に、裸を見せるなんて……。私、どうかしてますよね」
泣き出しそうな声で、彼女は零した。
すると、すかさずクーが重大なワードをを拾い上げる。
「裸? ──てことはお前ら、やっぱそー言う関係だったの?」
「違いますって! あと、『やっぱ』って何ですか」
「けど、見たんだろ? 裸」
「いや、それはその……」
タダヒトは口籠りながら、フィアナの方に視線を向けた。
彼女は「決壊寸前」と言った表情をしており、健全な青少年ならばそれだけで庇護欲をそそられたことだろう。
「……べ、別に、ちょっと暗かったから、そんなによく見えなかったけど?」
果たして、彼は顔を逸らしつつそう答えた。
「ほ、本当ですか……?」
「うん、ほんとほんと」
明らかに「誤魔化している時の声」になっているが……。
それでも幾らか効果はあったのか、彼女は安堵の息を漏らす。
ようやく顔から手を離したフィアナは、泣き止んだ──実際には泣き出す寸前だったが──子供みたいに笑みを浮かべた。
「よかったぁ。もしバッチリ見られていたら、『責任を取ってもらうしかない』と思ってたんですけど……。大丈夫みたいですねっ」
「せ、責任って……?」
「でも、いいんですっ。
そもそも私から見せたのですし、それに、こうして協力していただいてるんですもの。文句なんて、言えません」
「まあ、『なし崩し』に次ぐ『なし崩し』って感じだけど」
「頼りにしていますよ? タダヒトさんは、私たちにとっての参謀役──謂わば、少年官僚みたいな物ですから!」
「そんな、大袈裟な」
とは言いつつも頼りにされること自体は満更でもないのか、タダヒトは照れ臭そうに頭を掻いた。
ヴァルナの職員であり精隷を持たない彼は、当然ながら戦争に参加できない。その分、参謀役として協力するつもりのようだ。
仕える国も君主もないのに「少年官僚」と言うのも妙な話だが。
「ところで、あれから空色さんとはお話しされましたか?」
「あ、いや、実はまだなんだ。さっきも部屋に声かけたんだけど、返事がなくて……」
「そうなんですね……。
あの、後で私も一緒に謝りに行ってもいいでしょうか? 私のせいで、お二人を巻き込んでしまったような物ですから」
「全然構わないけど、それこそフィアが気にすることじゃないよ。元はと言えば、俺が勘違いしたのがいけないんだしさ」
「ですが、あの時は……」
言いかけてから、フィアナは続く言葉を飲み込んだ。クーがいる手前、あまり詳しいことは話さない方がいいと判断したのだろう。
様子を窺うように、彼女は隣りの席を盗み見る。
特に変わった様子はなく、彼は右手の小指で耳の穴をほじくり回していた。
いや、強いて言えばどこか面白がっているようだ。
「なんだ、『修羅場』って奴か?」
「いや、そう言う感じの話じゃ……。て言うか、楽しそうですね」
少年は呆れ気味に言う。
対するクーは掘削作業を続けながら、「まあ、見てる分にはな」と答えた。清々しいほど無責任な返しである。
すると、突然フィアナが両の掌を打ち合わせ、
「そんなことより会議ですよ、会議! ほら、お二人とも何か意見はないですか?」
強引に話題転換をした。
明らかに不自然な笑みを湛えており、隣りから疑うような視線を向けられる。
が、彼が何かツッコミを入れるよりも先に、タダヒトがない口を開いた。
「あの、一応思い付いたことがあるんだけど」
「本当ですか?
さっそく教えてくださいっ」
「ああ。
えっと、まずはフーリガンさんが……」
ギルド〈ニルヴァーナ〉の少年官僚は、「思い付いたこと」とやらを説明し始めた。
その間、クーはやたら偉そうにふんぞり返っていたが、目の奥は真剣その物である。
また、フィアナも親指の腹を唇に当てながら、少年の話に耳を傾けていた。
※
〈同日同時刻、精隷学園敷地内──ギルド棟:とあるギルドルーム〉
ギルドルームとは「読んで字の如く」であり、主にギルドのミーティングの場として用いられる。
中には半ば生徒の居住スペースと化している物もあり、ここもそう言ったタイプのようだ。会議用の広間の奥に扉があることからも、それが窺える。
そして現在──図書塔で三人が話し合っているのと時同じくして──、広間の中には幾人かの生徒の姿が。
一際立派な椅子にメイヴが腰かけており、脚を組んで頬杖を突いている。どうやら彼女がこの部屋の主であるらしい。
つまり、ここはギルド〈トリスケリオン〉のギルドルームなのだ。
「……で? つまり、あなたたちも明日の試合に参加したい、と?」
彼女はツインテールの先を指に絡めながら、客人と思しき生徒へと尋ねた。
その横には側近であるシャノンが控えており、例により表情に乏しい顔を前へ向けている。
大木を縦に割って設えたような立派なテーブルの向こうには、縁なし眼鏡をかけた男子生徒が座っていた。
彼は狼の精隷を従えていたギルドマスターであり、同じギルドの面々もその後ろに佇立している。
男子生徒は大仰な手付きで眼鏡をかけ直しつつ、
「そうだ。……君たちに先を越されるわけにはいかない。奴を狩るのは我々、ギルド〈フェンリル〉の役目だからな」
レンズ越しにメイヴを捉える瞳には、静かな「闘志」の光が見受けられた。青い炎が、音もなく揺らめくかのようだ。
やはり、生真面目そうな見た目に反し眼光が鋭い。
「……理解し難いわね。何故そこまで彼の始末にこだわるのかしら」
「知れたこと。『我が国の問題』は『我が国で解決する』と言うだけだ。
そちらこそ、ずいぶん奴に執心しているようだが……。これ以上、何が望みだ? 奴から奪い取れる物など、もう一つもないはずだ」
「あら、どこかで聞いたような質問ね。
別にそれこそ簡単な話よ」
彼女は毛先から指を離し、口角を吊り上げる。
それは至極「悪党」然とした、冷酷な笑みだった。
「私たちは四大強国の『役目』を果たしたいの。弱者を『管理』するのは強者の務め。平和な世界を維持する為に必要なことなの。
あなたにだって、わかるでしょう?」
「……力を誇示したいのか。『自分たちが世界の支配者だ』と?
わざわざそんなことをせずとも、今更疑う者などいないだろう。……二百年もの間、ずっとそうなのだからな」
男子生徒は言いながら、メイヴの顔をまっすぐに見返す。彼の声は、まるで何かを必死に嚙み殺しているかのようだった。
しかしながら、「目は口ほどに物を言う」と言うことだろうか。その瞳は、牙を隠そうともしていなかった。
「その割には、危ない目をしているわね。飢えた狼のよう……。
まさか、自分の立場がわからないのかしら? 下等国家さん?」
彼女が首を傾げた瞬間、客人の生徒たちから強烈な「殺気」が放たれる。
彼らはみな一斉にスレイブキャスターを手繰り寄せ、展開したプレートの上に指を乗せた。
「我々は下等国家などではない! その蔑称は過去の物のはずだ!」
そのうちの一人──顔に包帯を巻いており、あの夜ビーバーを従えていた者だ──が、掴みかかりそうな勢いで怒鳴り声を上げる。
確かに、「下等国家」と言う蔑称を使うことは、表向きは禁止されている。しかしながらあくまでも「表向きは」であり、現在も平気で口にする者は少なくない。
むしろ、今の彼らのように、そのような呼び名に対し憤る方が珍しいだろう。
「……やめろ。我々は頼みごとをしに来ているんだ」
椅子に腰下ろしたまま、ギルドマスターは静かな声で仲間を止める。
「し、しかし!」
「二度も言わせるな。
それに、今ここで問題を起こせば、アルスターの立場はいっそう悪い物となる。それくらい理解できるだろう?」
「くっ……はい……」
悔しげに歯を食い縛り、アルスターの生徒たちはスレイブキャスターのプレートを押し込んだ。
「すまない、非礼を詫びさせてくれ。
それから、よければそちらも、納めてくれないか?」
男子生徒の眼差しの先では、一歩前に出たシャノンがスレイブキャスターを構えている。「そっちがその気ならいつでも返り討ちにしてやる」と言わんばかりだ。
「シャノン、彼らは客人よ。手荒なマネはやめなさい」
「……姫様が仰るのでしたら」
たったそれだけのやり取りで彼女は得物をしまい、元いた位置へと戻った。
感情のない瞳で、「客人」たちを一睨みしてから。
「こちらこそ、ごめんなさいね。彼女、少年官僚なのに血の気が多いの。
ところで、あなた名前は何と言ったかしら?」
「……ロイ・フェルグスだ」
「そう。
では、ロイ・フェルグス。〈ニルヴァーナ〉を捻り潰した後は、あなたたちの相手をしてあげるわ。それなら文句はないでしょう?」
「ああ、願ったり叶ったりだ。是非そうさせてもらいたい。
だが、まずは明日のことを」
「ええ、わかっているわ。
許可しましょう。あなたたちの参戦をね」
「すまないな。恩に着るよ」
両者とも、口許に笑みを浮かべている。
が、しかし、室内の空気は変わらず、ぴりぴりと張り詰めたままでたった。目に見えぬ攻防が、すでに幾度となく二人の間を行き交っているのだ。
ギルド〈フェンリル〉の面々は、緊張した面持ちでギルドマスターたちの姿を見守る。
一方、主の横に佇むシャノンは相変わらず無表情のまま、その横顔を盗み見ていた。
メイヴはその視線には気付いていないらしく、テーブルの上に置かれていた銀の椀に手を伸ばす。椀の中に盛られていた白乳色の豆菓子のような物──ピーナッツほどの大きさであり、粉砂糖をまぶしてある──を一摘みし、彼女はそれを口に運んだ。
豆菓子を咀嚼し呑み込んだメイヴは、砂糖の付いた手で椀を指し示した。
「あなたも一つどう? 我が国の“ガラティア”よ」
「遠慮しておくよ。甘い物は苦手なんだ」
「あら、それは残念ね……」
言いながら、彼女は更にガラティアを摘み、口の中へと放り込んだ。




