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第二十二話

「……言うなれば貴様もまた亡霊。……大方その女(、、、)に唆されたのだろうが安心しろ。……私がもう一度眠らせてやる」


 両足の間隔を開き、彼女は得物の先端をタダヒトに向けた。

 彼の顔に照準を合わせているらしく、黄金の槍は今にも発射されそうだ。


(体を狙われる分にはまだなんとかなる。透ければいいんだから。

 けど、もし顔の本を壊されたら……。俺は、実体を保てなくなる!)


 つまり、顔を覆っている「本の仮面」こそが、彼にとってのディスク(、、、、)なのだろう。

 精隷と同様オルタナティブスペルによって実体を保っている以上、ディスクは必要不可欠なはずだ。

 そして、当然ながらそれを失うと言うことは、精隷にとって「死」を意味する。

 タダヒトは相当焦っているらしく、逃げ出すこともできずに、ただ立ち尽くしていた。

 すると、処刑人(マイスター)は彼の心を見透かすかのように、


「……私は本を殺す処刑人(、、、、、、、)。……外しはしないさ」


 つまらなそうな口調でそう言い放った。


(間違いない! この本がディスクだって、気付いてるんだ!)


 かつても味わったであろう圧倒的な「絶望」。ドス黒い稲妻が、瞬く間に彼の全身を駆け巡ったに違いない。

 声すら出せずにいるその姿を目にし、フィアナは紙を手にしたまま立ち上がる。


「タダヒトさん!」


 彼女は少年の名を叫びながら、彼の元へ駆け寄ろうと足を動かした。

 だが、その声が何かを止められることなどなく、モリガンは弓を引くみたいに、体を捻り打突の体勢に入る。

 タダヒトは、それでもまだ凍り付いたままだった。

 もしこれが映像作品か何かであれば、登場人物たちの動きはスローモーションになっていたことだろう。

 しかし、これはまごうことなき現実。

 そんな演出など入るはずもなく──


 時は(、、)再び静止した(、、、、、、)


 槍を放とうとするモリガンも、

 少年を助けようとするフィアナも、

 立ち尽くすだけのタダヒトも。

 誰もがみな魂を失ってしまったかのように、動かない。

 凍結した時の中、歩みを進めることができるのはただ一人。

──空色だけだった。

 彼女は悠々と、処刑人(マイスター)の元へと歩み寄る。

 そして、すぐ目の前で立ち止まると、その白い服の袖から刀身(、、)が飛び出して来た。「仕込み刀」と言う奴なのか、少女の右腕に添うように、まっすぐに白刃が伸びている。

 かと思うと、空色は無言のまま腕を振り上げ、真横に一閃。襲撃者の喉笛を真一文字に斬り払った(、、、、、)

 直後、ぱっくりと割れたモリガンの首元から鮮血が迸る。びゅうびゅうと噴き出す赤いシャワーを体に浴びながら、彼女は無感動に呟いた。


「……処刑人が殺されるなんて、冗談にもならないね」


 空色の顔にあるのは、普段相方に見せる物からは想像も付かないような、冷徹な表情。

 ある意味でそれは、処刑人(マイスター)の物に似ていた。

 敵を殺すことを全く躊躇わない冷酷な「少女」と、甘い物に目がなく眠気に弱い少女。いったいどちからが、「本当の彼女」なのだろうか。


「さよなら、モリガン……」


 全く感情の篭っていない声で空色が言った時、モリガンの体に変化が現れる。

 皮膚の内側に空気が溜まるように、ぶくぶくと膨張して行ったのだ。

 手足の生えた風船のようになった彼女の体は、やがて音を立てて破裂し、黒い羽毛が盛大に弾け飛ぶ。それと共に、構えていた黄金の槍も、跡形もなく消えていた。

 血溜まりの中に落ちたのは、これまた羽毛に覆われた肉塊(、、)

 信じ難いことだが、今まで処刑人(マイスター)としてそこに存在していたのは、彼女の使い魔(、、、)であったらしい。

 空色は鳥の死骸を見下ろしながら、首から下げている物に手を触れた。


(学園に来てから、もう二回もコレ(、、)を使うことになるなんて……)


 彼女の胸元で、懐中時計が紫色の光を放っている。

 どうやら、二つの針が止まったこの時計は、魔法付加装置(エフェクター)であったようだ。

魔法付加装置(エフェクター)」とは名前そのままのアイテムであり、主に魔法の発動やその補助に用いられる。

 種類によって形や大きさが異なり、もちろん発動させられる魔法も様々だ。

 また、使用者がヴァルハラシナプスを獲得しているか否かで、使える物も違って来るのだが……とにかく、全ての魔法付加装置(エフェクター)に言えることは、


(時を止められるのはあと一回だけ。局長に次のを頼んどかないと……)


 使用回数に限りがあると言うことだ。

 この回数に関してもまちまちだが、基本的に強力な魔法ほど少なくなる。

「時を停止させる」ともなると、そう何度も使える物ではないはずだ。

 空色は懐中時計から手を離し、首を回す。

 彼女の視線の向かう先には、石膏のように固まったフィアナの姿が。彼女の手には、例の紙切れが握られている。


「今度は、あなたの番(、、、、、)だね……」


 空色は女生徒へと近付き、刃の生えた腕を真上に振り上げた。

 そして、そのままフィアナを真っ二つに斬り捨てる──

 かと思いきや、仕込み刀はひとりでに袖の中に引っ込んで行った。

 どうやら、彼女まで「処刑」するつもりはなかったようだ。ここは少年に変わって胸を撫で下ろすべきか……。

 少女はフィアナの手を掴み、無理矢理指を開く。

 その際相手にも返り血が付着してしまうが、空色は気にしていない様子だった。

 魔道書の写しを取り上げた彼女は、くるりと踵を返し、元々立っていた辺りへと戻って行く。

 少年たちに背を向けながら、空色は懐中時計の蓋を閉じた。

 紫色の光は途絶え、そして──


 時が動き始める。


「……え?」


 解凍されたタダヒトは、まっさきにそんな声を漏らす。

 槍を突き出さんとしていた襲撃者がいつの間にか消えているのだから、当然の反応だ。

 彼は慌てた様子で、大部屋の中を見回した。

 するとすぐに、床の血溜まりに気付いたらしく、体を硬直させる。

 フィアナにしても同じようなリアクションをしており、驚いた顔でそれを見つめていた。

 彼女が走り出そうとする体勢をキャンセルしたところで、二人は同時にある場所に目を向ける。

 そこには、俯き加減に佇む、空色の後ろ姿があった。


「……空、色。もしかして、君が何かしたのか……?」

「うんっ、そうだよー?」


 声を弾ませて答えた彼女は、踊るように振り向き、


「私がやっつけたの」


 返り血を浴びててらてら(、、、、)と濡れている顔に、笑みを浮かべた。

 瞬間、少年たちは息を失う。

 目の前に現れた状況や、少女の言葉の意味を、咄嗟に理解できなかったらしい。

 鮮血に塗れながら楽しそうに笑う彼女の姿は、ある意味では、モリガン以上に恐ろしく感じられたことだろう。


「それにね、ほら」


 人間たちの恐怖などわからないのか、空色は誇らしげに手に持っていた物を掲げた。

 魔道書の写しである。


「『対象』も、無事に回収できたんだよ?」


 紙切れを目にしたフィアナは、はっとした表情で自らの手許に目を落とす。

 そして、危うく悲鳴を上げそうになった。

 自分の右手にも血が付いていることに、ようやく気付いたのだろう。


「フィア、その血は!」


 戦慄する彼女の姿を見たタダヒトは言いかけてから、再び「少女」に顔を向け、


「まさか、君が? ──フィアにも(、、、、、)何かした(、、、、)のか!」


 彼は怒鳴り付けるように問い質す。

 恐怖と嫌悪が綯交ぜになったような声を聞き、今度は空色が凍り付く番だった。


「え? ──ち、違うよ? それはただ、返り血が付いちゃっただけで……」


 慌てて弁明しながら、彼女は一歩足を踏み出す。

 が、タダヒトが後退った為に、二人の距離は縮まらなかった。


「どうして、こんなことに……」

「タダヒト? なんで私から逃げるの……?」


 少女は、すがり付くように尋ねる。今までの狂気に満ちた雰囲気が嘘のように、不安げな目をして。


「……もしかして、まだ怖いの?

 だったら安心して? 私が、代わってあげる(、、、、、、、)から(、、)、ね?」


 微笑みかけた彼女は、右の(てのひら)を差し延べた。

 自身の持つ能力──いや、呪いか──を使い、彼の「心の(ダメージ)」を肩代わりしようと考えたのだろう。

 空色の体の周囲で、風が渦を巻き始めた。

 が、しかし──


「……やめてくれ」

「大丈夫だよ? 心配しなくても、私が」

「やめろ!」


 少年は、彼女の力を拒んだ。

 瞬間、ピタリと風が止み、室内は静まり返る。

 空色は中途半端に手を伸ばしたまま、絶句していた。

 タダヒトに拒絶されるなどとは、思いもしなかったのだろう。その顔には、驚愕の色が浮かんでいる。

 ほどなくして、見開かれた右眼の中に、透明な涙が溜まって行った。雫が溢れてしまいそうになるのを隠すみたいに、彼女は顔を背ける。


「……ごめん、なさい」


 ただ一言、謝罪の言葉を零す。

 そして、空色は白い髪を揺らして、踵を返した。

 結局我慢できなかったのか、彼女は紙切れを投げ出し、空になった手で目元を覆う。

 そして、逃げるように駆け出した。

 二人の方を振り返ることなく、空色は奥の出入り口へと消えてしまう。

 後に残されたのは、少女の体から滴り落ちた返り血と、堪えきれなかった一雫──

 それから、魔道書の写しだけだ。


「……空色」


 彼が呟いた時には、足音すら聞こえなくなっていた。

 タダヒトは気落ちしたように、顔を伏せる。

 つい今し方のやり取りを、早くも後悔しているのだろうか。

 視線を床に這わせる彼を、フィアナは心配そうに見ていた。


「あの……」


 何か声をかけようとしたのだろうが言葉が、見つからなかったらしい。彼女はすぐに、開きかけた口を噤む。

 俯いたフィアナは、再び床に転がっている紙切れに目を止めた。

 先ほどと同じく、女生徒はしばしそれを見つめている。

 が、やがて、彼女は一人で頷くと、意を決したように少年の方に向き直った。


「タダヒトさん」

「え、な、何?」


 不意に声をかけられ、彼は驚いた様子で尋ねる。

 本の仮面をまっすぐに見上げ、彼女は真剣な面持ちでこう切り出した。


お願いしたいこと(、、、、、、、、)があるのですが……」


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