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第二十一話

「……で、あなたの事情とやらはそれだけなの」

「はい。私が知っていることは、もう何も……。

 背中にある物に至っては、まだ読んですらいません。当然と言えば、当然ですが」


 はにかむように、フィアナは笑う。

 それから、少年の方に顔を向け、


「私、本当はずっと目を逸らして来たんです。自分の背中だから、目に映らない(、、、、、、)所にある物(、、、、、)だから(、、、)って。……こんなのただの、屁理屈ですよねっ」


 その表情は、どこか自虐的な物に映った。

 開け放たれたままの窓から夜の風が吹き込み、彼女の髪を揺らす。

 タダヒトはどうコメントしていいものかわからないらしく、「えっと……」と声を出した切り口を噤んだ。

 その隙を逃すまいとばかりに、空色が一歩前に出る。


「そんなこと、どうだっていいよ。

 もう話すことがないなら、さっさと処分させてもらうね」

「……はい。覚悟はできています」


 フィアナは静かな声で答え、目を伏せた。

「逃げも隠れもしない」と言うことなのだろう。

 その様子を見た彼は、ようやく言葉を発する。


「待ってよ二人とも! やっぱり、そう言うのはよくないって。

 もっとこう、穏便に済ませられる方法があるんじゃないのか?」

「……どうして? なんでタダヒトはこの人に味方するの?」

「なんでって、それは……」

「タダヒト、もしかして……」


 言いながら、彼女は右眼()を見張った。まるで、信頼していた人物の「裏切り」を知ってしまったかのように。

 そして、その「事実」を受け入れたくないのだろう。

 空色は、(てのひら)から滑り落ちそうになった物を慌てて掴むみたいに、すぐに口を開きかけた。

──が、しかし。ある出来事(、、、、、)が、それを許さない。


「え?」


 最初に「それ」に気付いたのは、空色だった。

 彼女に続き、フィアナとタダヒトも窓の方へ顔を向ける。

 三人とも、何かの気配を感じ取ったようだ。

 ほどなくして、その「気配」の正体が姿を現す。

 開け放たれた窓の向こう側から、青白い炎の塊(、、、、、、)が、凄まじい速さで飛んで来たのだ。


「え……何、あれ」


 唖然とした声で少年が呟いた時には、彗星のごとき火球──なんと、人間ほどの大きさである──は、窓のすぐ(そば)へと迫っており──

 次の瞬間、爆音と共に石の壁が砕け散った。

 それこそ隕石のような勢いで、火球が図書塔に衝突したのだ。

 立ち昇る煙と共に、石や木の破片がそこら中に飛散する。

 風穴を穿たれてしまった壁は、よりいっそう「廃墟」のそれに近付いたことだろう。


「くっ、どうしてこんな」


 狼狽した様子で言いかけた彼は、煙の中で蠢く物を見て、たちまち言葉を失った。

 辺りに飛び散った青白い炎がアメーバのように流動しながら、一箇所に集まって行くのだ。

 炎はみるみるうちに人の形を作り、やがて本当に「人」の姿へと変わってしまった。

 再び薄暗くなった室内に現れたのは、黒のロングコートを着た銀髪の女。

──処刑人(マイスター)は、死体のような顔で三人を眺めながら、紡ぐ。


「……魔道書を渡してもらおう。……さもなくば殺す」


 抑揚のない無感動な声が、単なる「脅し」ではないことを告げていた。

 たとえ彼女のことを知らぬ者でも、そのセリフを聞けば「処刑人」と言う異名(ワード)が容易に浮かんだだろう。


「……処刑人(マイスター)


 呟いたのは、空色だった。その表情から焦りの色が見て取れる。

 彼女にしても、この突然の襲撃は予想外だったようだ。


「……おかしな奴がいるな。……まさか死んだ人間(、、、、、)に会えるとは。

 ……ヴァルナめ墓を暴いた(、、、、、)か」

「……あなたこそ、革命戦争が生んだ亡霊でしょ。二百年以上も変わらずに、生きている(、、、、、)んだから」


 どうやら二人は知り合いであるらしく、浅からぬ因縁があるようだった。

 タダヒトはそのことが意外だったのだろう。彼女らの顔を交互に見比べている。

 空色は金色の右眼で相手を睨み付け、


「それも、未だに一人で戦争を続けてる。そうだよね、モリガン」


「モリガン」と言うのが、処刑人(マイスター)の本名──かどうかは定かではないが、彼女はそう呼んでいたらしい。

 モリガンは、銀色のまつげに縁取られた両目をわずかに細める。


「……時が止まっている者(、、、、、、、、、)にはわかるまい。

 ……二百年前貴様が死んで世界は変わった。……しかしながら歴史とは必ず繰り返される物だ」


 まるで、空色のことを革命戦争に関係する「重要人物」とでも言いたげな口ぶりだった。

 いや、その可能性も十分にあり得るのだ……。何せ、彼女は[人間]の精霊と共に封印されていたのだから。


「……だからこそ私は全ての魔道書を葬る。……二度と繰り返させぬ為に」


 言いながら、彼女は徐に右手を持ち上げた。天井を向いた掌の上に、青白い火の玉が出現する。


「……まずは貴様を地獄へ送り返してやろう」


 モリガンは上体を捻り、右腕を振りかぶる。

 そして、砲丸投げのようなフォームで、火の玉を発射した。

 打ち出された炎は一気に燃え上がり、猛禽類を思わせる姿へと変化する。

 火でできた鷲は恐ろしい速度で獲物との距離を縮めた。

 標的となった空色は、額に汗を浮かべ立ち尽くす。


「空色!」


 少女の名を呼びながら、タダヒトは咄嗟に床を蹴る。

 質量を感じさせない不思議な動きで、彼は彼女に飛び付いた。


「きゃっ」


 空色は小さく悲鳴を上げ、手に持っていた紙を落としてしまう。

 彼らは抱き合うような形で、一メートルほど離れた場所まで転がって行った。

 直後、空色が立っていた辺りを、火炎の鷲が通過する。床を抉り、ついでに壁や天井を焼き焦がしてから、炎の塊は主人の元へと帰る。

 鷲はモリガンの掌の上に留まり、再び火の玉に戻った。

 彼女が冷たい視線を投げかける先では、少年が体を起こしたところだった。


「空色、大丈夫か?」


 両手をついたタダヒトは、自分の体の下に尋ねる。

 すると、そこには何故か相好を崩壊(、、)させる空色の姿が。美味しい物を食べた時みたいに、緩みきったほっぺたを抑えている。


「うんっ、全然平気だよ? でへへへ」

「いや、なんでそんな嬉しそうなんだ?」


 彼に護ってもらえたこと──もしくは抱き付かれたことか──が、よほど嬉しかったのだろう。

 もっとも、朴念仁にはわからなかったらしいが。

 ともあれ二人とも無事であり、彼らはすぐに立ち上がることができた。

 心配そうにその様子を見ていたフィアナは、ふとある物に目を移す。

 床の上に落ちている紙切れ──魔道書の写しが視界に入り込んだようだ。

 彼女はそれを見つめたまま、何かを迷っているらしい。

──が、やがてゴクリと生唾を呑み込み、フィアナは足を踏み出す。

 紙切れの(そば)へ移動した彼女は屈み、外套を抱えていない方の手を伸ばした。


「……なるほどそれが魔道書のページか」


 ギロチンの刃のように、モリガンの声が降って来た。

 紙の端を掴んだまま、彼女は凍り付く。

 そちらを見上げたフィアナの顔から、一瞬にして血の気が引いて行った。


「……所在がわかったのだから貴様らを生かしておく理由はなくなったな」


 見開かれた蒼い瞳の中で、処刑人(マイスター)は右腕を振りかぶる。もう一度火の玉を撃ち出すつもりなのだろう。

 女生徒は蛇に睨まれた蛙のように、動き出せない。


「ち、ちょって待った!」


 叫んだのは、タダヒトだった。

 動きを止めた彼女は、目だけを動かして少年を見る。


「……なんだ?」

「あ、えっと──ま、魔道書のページはあなたに渡します! だから、これ以上の攻撃はやめてください!」


 必死に訴えかける彼だったが、モリガンの表情には小々波一つ立たない。

 むしろ、フィアナや空色の方が驚いた顔をしていた。


「だ、だめだよタダヒト! そんなことしたら、私たちの任務は」

「けど、フィアが死ぬよりマシだ!」


 怒鳴るような声で答えるタダヒト。少女は「でも……」と何か言い返そうとしたようだが、結局言葉が続かなかった。


「お願いします。その紙をあげますから、彼女を見逃してください!」

「……妙だな」


 そこで処刑人(マイスター)は、ほんのわずかだけ──顕微鏡で観なければわからないのではないかと思えるほど──眉をひそめる。


「……貴様おかしいぞ。……人ではないが精霊でもないな?」

「え?

 い、いやいや、俺は別に、普通の人間ですけど?」

「……違うそんなはずはない。

 ……そうか思い出した。……貴様あの時の(、、、、)死に損ない(、、、、、)だな?」


 相手の本質を見透かすような声で、彼女は紡いだ。

 当然彼には聞き捨てならないセリフだったらしい。

「何を、言って……」と、タダヒトは混乱気味の声を零す。


「……忘れたのか? ……ならば思い出させてやろう」


 モリガンがそう言うと、右手から火の玉が消えた。

 彼女は挙げていた腕を体の前に突き出し、空になった手を床に翳す。

 すると、何もなかったはずの空間に、突如細い筒(、、、)のような物が現れた。

 金色の筒は瞬く間に前後へ伸びて行き、ほどなくしてある「武器」へと姿を変える。

──そこに浮かんでいたのは、黄金の槍(、、、、)だった。表面に見たこともない記号がびっしりと刻まれており、菱形の刃には上下に返し(、、)が付いている。

 処刑人(マイスター)は死人のように白い手で、召喚した物を掴んだ。


「まさか……」


 黄金の槍を目にしたタダヒトは、そう言葉にするだけで精一杯と言った様子だった。

 どうやら、彼は「思い出した」らしい。

 かつてその「武器」が、自らの胸の真ん中に突き刺さっていたことを。


(あれは、あの時と同じ……! じゃあ、俺をあの空間(、、、、)に閉じ込めたのは──)


 魂だけの存在は、背中に針金を通されたみたいに立ち尽くす。

 曲がり角からトラックどころか、新幹線が走って来て跳ねられるかのような、強烈な衝撃を受けたことだろう。

 声を失った少年を眺めつつ、モリガンは半身になって槍を構えた。


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