表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/38

第十九話

 フィアナは二人の姿を認めると、手に持っていた物を掲げてみせた。

 それは先日も持参していたバスケットであり、何らかの手料理が入っているに違いない。

 つまるところ、彼女は「いつもどおり」のようだ。


「これ、またまた作って来ちゃいましたっ。ちょっと時間が微妙ですけど、朝ごはんにと思いまして」

「あ、ああ、ありがとう……」


 明らかに浮かない声で応じ、タダヒトは立ち上がる。

 しかし、すぐにバスケットを受け取ることはせず、


「ところで、その、フィアに確認したいことがあるんだけど……いいかな?」

「はい、なんでしょう?」


 不思議そうに目を(しばたた)かせ、フィアナは彼を見つめた。

 タダヒトはなかなか決心が付かないらしく、嘘を誤魔化すみたいに顔を逸らす。


「えっと、なんと言うか……もし違ってたらいいんだけどさ」


 本の表紙を指で掻きつつ、少年は言葉を濁した。

 女生徒は彼を見上げたまま、続きを促すように首を傾げる。

──やがて、彼は躊躇いがちに、


「……君は、魔道書のページを隠し持っているんじゃないか?」

「……え?」

「実は、俺たちの仕事は図書塔(ここ)を復活させること、だけじゃないんだ。本当は、魔道書を回収する為、そして精霊文化の復興を目指してるんだよ。

 ……それで、昨日最初の任務内容が通達されて」


 まるで難病を告知する医師のように、その声は重々しい物に変わって行く。

 いや、むしろタダヒトからすれは、彼の方が「宣告」を待っているような心境だろう。


「君から、『魔道書の一部を回収しろ』って。

 ……だから、教えてほしい。本当に、フィアが魔道書を隠し持っているのかを」


 そこまで言って、ようやく彼は顔を上げた。

 そして、相手の答えを待つ。

 フィアナはしばし虚を突かれたように固まっていたが、やがて我に返った様子で目を逸らした(、、、、、、)

 強張り血の気の引いたその顔からは、明らかな「動揺」が見て取れる。


「それは、その……」

「……フィア」

「……答え、られません」


 否定しない、と言うことは、ほとんど肯定しているようにも思えるが。

 タダヒトは、咄嗟に彼女の顔を見直した。


「じ、じゃあ、やっぱり君は」

「……すみません」


 彼女はその言葉を絞り出すだけで、精一杯のようだ。

 いったい、何に対する謝罪なのか。

 タダヒトが問い質すよりも先に、相方の少女が口を開く。


「それは、肯定と受け取っていいんだよね」

「……すみません」

「謝罪なんていいから、早く魔道書のページを出してよ。

 自分がどれだけ危険な物を持っているか、あなただってわかってるでしょ」

「それは……。

──ですが、まだ」

「『まだ』何なの」

「……心の(、、)準備(、、)が」


 フィアナの声は震えていた。

 胸中に渦巻くのは、焦りか、恐怖か、はたまた罪悪の念か。

 彼女は何かを抑え込むように、唇を噛み締める。


「関係ないよ、そんなこと。

 さあ、私たちに寄越して。あなたの隠している物を」


 冷たく言い放ち、空色は小さな手のひらを突き出す。

 獲物を睨む蛇のように、金色の右眼の中に彼女を見据えながら。


「……無理です。やっぱり、今はできません!」


 堰き止めていた物に耐え切れなくなったのか、フィアナは大声を上げる。

 亜麻色の髪をさらりと揺らして、彼女は踵を返した。


「失礼します!」


 女生徒は、そのまま足早に出口を目指す。用意して来た「朝食」とやらは、渡せぬまま。

 タダヒトはあっけに取られていた様子だが、それでもすぐに彼女を引き止めようとする。


「フィア! 待って!」


 しかし、フィアナは足を止めず、扉を開いた瞬間には駆け出していた。

 中途半端に挙げた手を、少年は未練がましい動作で下ろす。


(やっぱり、フィアが『対象』を……。俺は、どうすれば……)


 彼の不安は現実の物となったのだ。

 そして、本当は「やるべきこと」がわかっているからこそ、少年は迷っているのだろう。


「……タダヒト、まだ迷ってるの?」


 彼女は少年のローブの裾を握り、心配そうに尋ねた。

 それから、安心させるように声を和らげ、


「心配しなくてもいいんだよ? 私たちは、正しいこと(、、、、、)をしているんだから」

「……正しい、こと?」

「うん。だって、精霊文献再生局(わたしたち)の目標が達成されれば、世界から魔法格差をなくせられるかも知れないんだよ? これって、とってもいいことでしょ?」

「……わかってるよ。俺も、そう思うけど」

「それに、局長も言ってたとおり、彼女──処刑人(マイスター)に先を越されるわけにはいかないもん」


 彼は再び黙り込むしかなかったようだ。

 空色のセリフは、暗に「迷っている時間はない」ことを告げている。


処刑人(マイスター)は私たちと違って、魔道書を葬り去る為に暗躍してる。しかも、かつてこの図書塔を壊滅させたのも、実は彼女なんじゃないかって言われてるんだよ?

 もしそんな人物に襲われでもしたら、堪ったものじゃないよね?」


 猫撫で声の中にも、どこか硬く冷たい響きがあった。

 ふわふわの羽毛の中に、カッターナイフの刃が隠されているみたいに。


フィアナ(あの人)にとっても、私たちに回収された方がいいんじゃないかな?」

「……そう、だな」


 到底納得しているとは思えない声色で、タダヒトは答えた。

 少女はほっとしたような表情を浮かべ、彼に身を寄せる。

 が、タダヒトがそちらを振り返ることはなかった。


 ※


 その日の夜。

 やはりタダヒトはエントランスの椅子にいた。

 彼は今朝以上にだらしなく寝転びながら、天井を眺めている。

 まるで、雑誌をアイマスク代わりにして昼寝しているかのような状態だ。


(空色が言ってることは、確かに正しい。

 どのみち、俺たちが『対象』を回収するしかないんだ……。フィアの為にも)


 方向性は固まって来たものの、その具体的な方法まではまだ霧の中なのだろう。

 加えて、今夜はレアンになる気にはなれないらしい。もっとも、一昨日に続き昨夜もフラワーの制御に失敗しているのだから、やる気が萎えたとしても仕方のないことだが。

 そんなわけで、少年は時折脚を組み替えたり体の向きを変えたりしながら、しばらく悶々とした様子で過ごしていた。

──すると、突然入り口の扉がノックされる。

 タダヒトが首だけを動かしてそちらを見ると、続いてこんな声が。


「……私です、フィアナです。今朝のことについて、お話があって来ました」


 驚くべきことに、フィアナの方から出向いて来たではないか。

 当然彼にとっても予想外だったようで、椅子の上から扉を見つめたまま、固まっている。


「……お邪魔しますね」


 朝とは違い控えめな挨拶をしてから、彼女は鉄扉を開け中に入って来た。

 農茶色の外套を羽織っており、その下はピンクがかった色合いの寝間着──上下が一体となっており、足首までスカート丈がある──だ。

 フィアナは普段に増して青白い顔をしており、何か思いつめているように見える。

 タダヒトは我に返ったように体を起こし、立ち上がりながら、


「フィア……それって」

「……空色さんは、どちらにいらっしゃいますか?」

「え? ああ、たぶんもう寝ちゃってると思うけど」

「そう、ですか……」


 彼女はしばし考え込むように目線を落とした後、すぐにまた彼を見つめた。


「実は……タダヒトさんに、お見せしたい物(、、、、、、、)があるんです」

「俺に?」

「はい……」


 頷いたフィアナは、外套を肩から外す。

 それが床に着くと同時に、今度は胸元のボタン(、、、、、、)に手をかけた。

 そのまま流れるような手付きで、一つ二つ三つと、ボタンを外して行く。

 寝間着の胸元が開き、やはりロウソク色の肌が隙間から覗いた。

 そして──

 身に纏っていた物を、一気に脱ぎ捨てる(、、、、、)。薄っぺらい質感の生地は彼女の体からするりと滑り落ち、外套の上に折り重なった。

 後に残るのは、当然「ありのままの体」。

 一糸纏わぬ姿──いや、(パンツ)は履いている──となったフィアナは、自らを抱くようにして豊かな胸を隠す。

 タダヒトはおそらく反射的に釘付けとなっているらしかったが、やがて鞭にでも打たれたように声を上げた。


「え──ええ⁉︎」

「……た、タダヒトさん、見て、ください」


 彼女は羞恥心の為か青白かった頬を上気させ、泣きそうな声で懇願した。

 多分に扇情的な状態だが、次の瞬間、そんな雰囲気は霧散することとなる。


「お二人の探している物は、ここ(、、)にあります」


 そう言いながら、フィアナはその場で回れ右をして、背中を見せた。

 すると、そこには──


 夥しい量の文字(、、、、、、、)()びっしりと(、、、、、)刻み込まれていた(、、、、、、、、)


 文字は紫色に変色しており、背中から腰にかけてをほとんど隙間なく覆い尽くしている。

 しかも、現在アルビオンで使われている物ではなく、どうやらすべて「古代文字」のようだ。


「これが……私が父から託された、魔道書のページ(、、、、、、、)です」


 女生徒は少年に背を向けたまま、そう言った。

 まるで自らの罪を告白するかのように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ