第十八話
〈三十分前、精隷学園敷地内──高原〉
雑草が青々と生い茂る丘の上、クーは仰向けに寝転んでいた。
今日もまた、満天の星空の下で野宿するつもりらしい。
彼の手にはやはり剣の形をしたエンブレムがあり、月明かりに翳すように掲げている。
その鳶色の瞳は「ギルドマスターの証」を映していながら、どこか別の所を見ているようにも思えた。
夜の風が吹き抜け、青草がザアザアとさざめく。
クーが寝ている辺りにはシロツメグサが咲いており、三枚の葉と白い花が揺れていた。
──と、その時だった。
彼の頭が向いている先に、彼女が現れたのは。
いや、いつの間にかそこにいたと言うべきか。
「……誰だ? こんな時間に散歩か?」
さっそく気配を感じ取ったのだろう。クーは寝転んだまま、乱暴に尋ねる。
眺めていたエンブレムを、さっさとブレザーにしまいながら。
彼の問いに対して、その人物は大儀そうに答えた。
「……そうだな。……少し懐かしかったものだから」
言葉の割には、無感動な声である。本当は特段感慨深くもないのだろう。
──彼女は夜の闇よりも暗い色のロングコートを羽織っており、その下のスーツもまた黒だった。
ネクタイを緩く締めたワインレッドのシャツの襟からは、服とは違い白い首が生えている。
その先にある顔は能面のように表情がなく、月明かりを浴びていっそう白い。
しかし最も特徴的なのは、風になびくその髪の色か。
若干癖のある彼女の髪は、アルビオンの月と同じく、凍て付くような銀色だった。
「……貴様こそ何故こんな所で寝ている?」
当然の疑問を投げかけるが、さして興味がある風でもない。
ただ、「人間の真似をして言葉を発しただけ」と言った感じだ。
「あァ? 決まってんだろ、野宿だよ」
クーはようやく上体を起こし、その場に胡座をかいた。なんともいい加減な答え方である。
彼は、首だけで相手を振り返る。
「つうか、てめえもただの『散歩』じゃねーんだろ? そもそも、どー見ても学園の人間じゃねーしよォ」
「……だったら何だと言うんだ?」
「別に。
強いて言えば、『邪魔くせー』ってだけだな」
「……言われずともすぐに消えるさ」
女は、言いながら夜空を見上げた。
そこには、今にも落ちて来そうなほど巨大な半月が、ぽっかりと浮かんでいる。
「……それより貴様は知っているか? ……人類が魔法を失った理由を」
「いや、なんだ急に。んなこと聞いてどーすんだよ?」
訝しむように彼は聞き返すが、返答は寄越されない。
数伯置いてから、クーは諦めたのか、顔を前に向ける。
「神を殺したから、だろ? ガキだって知ってるぜ。
それとも、今更『歴史のお勉強』でもさせようってんじゃねーだろーな?」
「……そんな大層な物ではない。ただの世間話だ。
……かつてある一人の女が神の一族を滅ぼした。……そして新たな時代──精霊の世を創り出した。……お前の言うとおり誰でも知っていることだな」
「だろーな。
つうか、マジでどっか行ってくんねーか? そろそろ寝てーんだが」
「……女は“新祖”と名乗りアルビオンに精霊と言う概念その物を──ありとあらゆる『異形』の存在をもたらした」
自分の言葉を意に介さず話し続ける彼女に、彼は「無視かコラ」とツッコミを入れた。が、当然のようにそれすらも黙殺される。
「……しかしその新祖もやがては殺され精霊の世は終わりを告げる。……知ってのとおり革命戦争だ。
……精霊から精隷へ。……またしても時代は移り変わった」
「ちっ、やっぱり歴史のオサライじゃねーか。
結局てめえは何が言いてーんだよ? あと、早口すぎて読み──じゃねーや、聞き取り辛いんだが」
「……そうだな『おさらい』だ。……歴史は常に繰り返されて来たのだから」
月光浴をする彼女のコートが、バタバタと風にはためいた。
長く伸ばした髪がすだれのように顔にかかるが、全く気にしていないらしい。
「……親を殺した子は必ずと言っていいほど自らの子に殺される。……神を滅ぼした新祖が自らの子供たちに討ち取られたのも当然の結果と言えよう」
「……つまり何か? 人類は『神の子供』で、『親殺し』によって進歩して来たとでも言うつもりかよ?」
「……いや違うな。……それは正確ではない。
……そもそもかつて世界に君臨した神は人の延長にすぎないのだ」
再び横顔を見せたクーに、黒づくめの散歩者は静かな声で答える。
まるで、幼い子供の無邪気な間違いを正すかのように。
「……いずれにせよ『親子』──いや『家族』と言う小さな社会には必ず『狂気』が存在する。……そしてもしそのことに気付いたなら」
銀色のまつ毛に縁取られた瞼を伏せ、女は続けた。
「……世界の映り方でさえ変わってしまうだろう」
そこまで言い、血色の死んだ唇を閉じる。どうやら、「世間話」は終了と言うことらしい。
黙り込むその姿をしばらく眺めてから、男子生徒は、
「……いや、なんだその話。全く意味不明なんだが」
「……そうか。……どうやらお子様にはまだ早かったようだな」
「あァ? 俺ァ別にガキじゃねーよ」
上半身を捻りながら反駁した彼だったが、直後、そこから続く言葉を飲み込むこととなる。
星空を切り裂くようにして、「何か」が猛スピードで飛んで来るのが目に入ったのだ。
その「何か」──いや、どこからどう見ても「ミサイル」にしか見えない物体は、緩やかに弧を描きながら、二人の方へと迫っていた。
「な、なんだありゃァ⁉︎」
当然ながら、クーはそれが別世界の近代兵器だとは見当も付かないらしい。
喫驚した様子で目を見開き、慌てて腰を上げる。
──が、彼女は違った。
「……面白い歓迎の仕方だな」
まるっきり棒読みで呟くと、コートのポケットに突っ込んでいた右手を取り出す。
煙の尾を伸ばし続ける「ミサイル」に無機的な瞳を向け、彼女は空の手をしならせた。
すると、どこからともなく黒い刀が現れる。
刀は一見すると極細の十字架のような形をしており、刀身も鍔もまっすぐだ。
得物を握った女は振り返りながら、
「……だが足りない。……その程度では」
片手は相変わらずポケットに入れたまま、目の高さで水平になるようにそれを構える。
「ミサイル」の軌道は変わらず、数秒後には彼女へ直撃する位置にあった。
にもかかわらず、
「……この私をもてなすことなどできない」
逃げもせず、隠れもせず、防ぎもせず。
ただ一閃──無造作に刀を振るう。
手首を捻り、女は黒い刃を縦一文字に走らせた。
刹那──「ミサイル」は空中で真っ二つに分かれ、そのまま数秒後には、轟音を立てて衝突する。
青々と雑草の生い茂った、高原の地面に。
彼女の体の左右で爆発が起こり、土煙が盛大に舞い上がった。
「またつまらぬ物を斬ってしまった」とでも言い出しそうなほど、現実離れした斬撃だ。
「くっ⁉︎ どうなってんだ!」
腕で顔を庇いつつ、クーは怒鳴る。
彼の視線の先では、女が自らの得物に目を落としたところだった。
すると、刀だった物は途端に砕け散り、その破片は真っ黒な羽毛へと変わってしまう。
「……通常の二割と言ったところか。……しかし紙切れを回収するにはこれで十分」
夜風に吹かれ飛んで行く羽毛を見送りながら、やはり棒読みで彼女は言った。
「……てめえ、何モンだよ」
「……さあな。
……ただここ最近はこう呼ばれている」
風に銀髪を踊らせて、女は肩越しに振り返る。
「……処刑人と」
「今日の天気は曇りだ」と伝えるのと同じような調子で、処刑人は名乗った。
本当に、どうでもいい内容だとばかりに、無味乾燥な瞳で、表情で、声色で……。
この日、思いがけず邂逅を果たした二人。夜の高原で対峙する彼らを、銀の月だけが見下ろしていた。
※
〈翌日、精隷学園敷地内──図書塔:一階〉
タダヒトは長椅子に座りながら、惚けたように宙空を眺めていた。
例により顔が見えない為眠っているようにも見えるが、実際はだらしなくもたれているだけだ。
何か物思いに耽っているらしい。だとすれば、それはどう考えても昨夜告げられた「任務」について、だろう。
(昨日は焦ったけど、まだフィアが『対象』を持っているって決まったわけじゃない。今日彼女が来たら、そのことを確かめるんだ)
決意の表れか、ぐっと拳を握り締める。おそらく、無意識のうちにそうしたのだろう。
しかし、すぐに気持ちは揺らいでしまったようで、
(でも、それでもし本当に隠しているってわかったら……? 俺は、どうしたらいいんだ? どうすれば、安全に回収できるんたろう……)
握っていた手を開いて、首筋に当てがう。
決意はたちまち、不安へと立ち戻ってしまったらしい。
そのまま彼は顔を上げ、天井に視線を向けた。完全に、「考えあぐねている」様子だ。
すると、そこへ空色が現れる。
彼女は少年に近寄りながら、心配そうに声をかけた。
「タダヒト、まだ悩んでるの?」
「え、まあ、そりゃあ……」
「そっか……。
けど、安心して? 昨日も言ったみたいに、タダヒトが嫌なら私がやるから」
「いや、でもそんなこと」
「大丈夫だよ? 私に任せて? ね?」
タダヒトを勇気付ける為だろう、少女は笑みを浮かべる。
どれほどの効果があったのかは、定かではないが……。
「空色……」
呟く彼は、首筋を手で抑えたままだった。
そして、狙い澄ましたかのようなタイミングで、正面玄関の扉が開かれる。
「おはようございます! お邪魔致しますねっ!」
元気よく挨拶をしながら入って来たのは、疑惑の彼女だった。




