第十七話
図書塔へ戻ったタダヒトは元の姿になり、空色と共に二階に上がった。
棺桶も一緒に背負っており、彼は中央の机の傍にそれを下す。
その間に、空色は壁にある窓に近付き、少し背伸びをしつつ鍵を外した。
窓は左右に押し開けられ、入り込んで来た夜の風が彼女の髪をなびかせる。
「たぶん、もうそろそろだと思うよ?」
空色は振り返り、そう言いながら彼の元に歩み寄った。
彼女がタダヒトの隣りで立ち止まったところで、窓の外からある音が聞こえて来る。
それはおそらく鳥か何かが羽ばたく音であり、案の定、闇の中から一羽のオウムが現れた。
「来たか……」
緊張気味に呟いたのは、タダヒトである。
白いオウムは窓辺に留まり、バサバサとやかましく羽を畳んだ。
レモン色のトサカを持つその姿を見て、何故か空色は後退る。少年の陰に身を隠すような格好になったが、彼女も「緊張」しているのだろうか?
二人が注目する中、メッセンジャーは湾曲したクチバシを開いた。
『お久しぶり〜。二人とも、元気してた〜?』
いやにハイトーンな男の声で、オウムは囀る。
そう、口調はどちらかと言うと女性よりなのだが、明らかにその声の主は男であった。
それも、割と「いい歳」いっているようである。
「はい。お陰様で無事ですよ、ミンネ局長」
若干緊張が薄らいだのか、タダヒトは砕けた口調で答えた。
一方、空色は相変わらず彼の外套の端を掴んだままだったが。
『それはなによりだわ〜。
ところで、実験は順調なのかしらん?』
「いやぁ、そっちはあんまりと言うか……まだまだ先は長そうです」
『ま、焦ることはないわよ。時間はたっぷりあるんだし、じっくりやって頂戴ね。
それに、せっかく、二人っきりなんだからっ』
「はあ」
『んもう、朴念仁ぶっちゃって〜。
これじゃあ、空色ちゃんもションボリよねえ?』
同意を求められた彼女は足元に視線を落としたまま、幽かな声で答える。
先生に叱られている生徒が、言い訳を試みるかのように。
「わ、私は別に、実験が成功すればそれで……」
『……そ。相変わらず健気ね〜。
──と、そんなことよりさっさと本題に入っちゃいましょうか』
自分で振っておきながら、ミンネは仕切り直すようにそう言った。
『わかっているとは思うけど、今回はあなたたちの任務内容を伝える為に、バルドを送ったの』
幾分か真剣さの増した声色で、彼は告げる。
「バルド」とは、この使い魔の名前だろう。
すでに登場しているように、使い魔の主な運用法は、遠く離れた場所にいる相手と会話することである。
その他にも、送り込んだ場所の様子を「映像」として観たり、何か作業をさせたりと、かなり便利な存在だ。
この使い魔を操るにはキーとなるアイテムが必要であり、だいたいの場合元となる動物の体の一部から作られる。
そして、このアイテムさえ共有していれば、「飼い主」以外の者であっても、対応する使い魔の拾った音声や映像を受信できるのだった。
『でねぇ、記念すべき初任務なんだけどぉ……ずばり、二人に回収してもらいたい魔道書があるのよね。……正確には、その一部と言うべきかしらん』
「一部? 魔道書のページってことですか?」
『そうなのよぉ。
実はね、あなたたちを学園に送る前から、第一班が探してる魔道書があったの。で、彼らは一応それを発見できたんだけど……。所有者に逃げられちゃった上に、重要な部分が紛失されていたのよね〜』
「つまり、そのなくなった部分を俺たちに回収しろ、と……?
けど、どうして第二班に回って来たんです? 学園の中にいるのに」
タダヒトは、「外にいる人がやった方が早いのでは?」と言いたいらしい。
それもそのはずで、学園の敷地となっている孤島は、大陸部からの行き来が困難なのである。
距離的なこともそうだが、一番の理由は周囲の海流にあるらしい。かなり荒れやすく、よほど条件がよくなければ船を出すことすら困難なのだとか。
その為、連絡船は数ヶ月に一度のみ。タダヒトたちもこれを利用して来たのだから、次が出るのはまだだいぶ先のはずだ。
『それはもちろん、あなたたちが最適だからよ。
要するに、「対象」は今学園の中にあるっぽいのよね〜』
「学園の、中……?」
『そ。
わかりやすく言うと、生徒の中にそれを隠し持っている──と思われるコがいるの』
もし彼が言っていることが本当ならば、確かに二人が適任だろう。
そして、本当だからこそ、こうして使いを寄越したのだ。
「……いったい、誰なんですか? 誰が魔道書のページを」
『ヴィンド・マックールと言う男の娘よ。二人もすでに会っているんでしょう?』
「……まさか」
『その「まさか」なのよねぇ。
「対象」はおそらく、エリンの代表生徒──フィアナ・マックールが隠し持っているわ』
少なからず、少年にとってはショックな内容だったはずだ。
まだ出逢って幾日とは言え、親しげに──取り敢えず渾名で呼ぶことを許されている──接している相手が、「対象」を隠し持っている。
のみならず、自分は彼女からそれを回収しなければいけないのだから。
「ほ、本当なんですか⁉︎ 本当にフィアが、彼女がそんな物を?」
上司の言葉を疑うのも、仕方のないことだろう。
『……あら、渾名で呼ぶような仲なのね。
けど、これは任務。私情を挟むことは厳禁よん?』
バルドは飼い主の声を借りて、タダヒトを突き放す。
『彼女が紛失したページを持っている可能性は、極めて高いでしょうね。
そもそも、私たちは「ヴィンドが魔道書を所持している」と言う垂れ込みを受けて、回収に乗り出したの。彼は元々エリンの騎士で、学者でもあった。だから、かなり信憑性の高い情報だと判断したわ』
どこか淡々とした、冷たさすら感じさせる声色でミンネは紡ぐ。仕事とそれ以外とで、「切り替え」ができるタイプのようだ。
『そして事実、本は発見された。ま、家はもぬけの殻だったけどね〜。
それが彼女が学園に入ってから、約一週間後のことよ。つまり、タダヒトちゃんたちを送り出した直後ね。
……もしも、ヴィンドが私たちが回収に乗り出すことを予見していて、尚且つ「魔道書を持ったまま逃げるのは困難だ」と考えたとしたら』
『娘に託したとしても、自然なことよねぇ』と、彼は結ぶ。まるで、「異論は認めない」と言うかのように。
少年は何も言い返せずに、顔を伏せた。
すると彼に代わり、その陰から空色が答える。
「……わかりました。必ず、回収してみせます。どんな手段を使ってでも……」
「空色!」
「当然だよ? これは任務なんだから。
それに、誰にも管理されていない魔道書を野放しにするのは、やっぱり危険だもん」
「そうだけど……でも、できれば手荒な真似は」
「優しいんだね? タダヒトは。
けど、どうなるかは彼女次第じゃないかな? おとなしく渡してくれるとは、限らないでしょ?」
「もっともな意見」だ──と言うことは、彼もよくわかっているのだろう。
タダヒトは再び反論に窮したようだ。
振り返った状態のまま俯く彼に、少女は笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ? タダヒトが嫌なら、私がやってあげるから。ね?」
それは「年相応」──いや、それ以上に無垢な表情だった。
にもかかわらず、タダヒトは彼女の顔を見つめ、固まっていた。得体の知れない昆虫を発見し、しばし目が離せなくなってしまうように。
そして、呪縛から解き放たれた彼の体は、おそらく無意識のうちに彼女から離れようと重心を移す。
だが、空色はそんなことには気付いていないらしい。
「それで、その魔道書に記されているのはどんな精霊なんですか……」
『それがねえ、実はまだわからないのよぉ。だからこそ、急いで確認したいたいんだけど……。
困ったことに、肝心の「描写」の部分が持ち出されちゃったのよね〜』
術式による「描写」がなければ、精霊の種類やどれほどの力を有しているのか、確かめようがない。
逆に言えば、それさえわかっていれば、後は正しい儀式を行うことで召喚が可能なのだが。
「一刻も早く、手を打つべきですね……」
『ええ。すぐにでも動き出してちょうだい』
空色は無言のまま頷いた。その隣りにいるタダヒトは、まだ決心が付きかねている様子だ。
『と、そうそう、最後にもう一つ。二人に気を付けてほしいことがあるの。
……実は、今回「対象」を追っているのは、私たちだけじゃないのよね。ウワサによると、どうも彼女が動いているらしいわ』
「……彼女?」
喋れることを思い出したかのように、タダヒトはオウムに鸚鵡返しする。
バルドは暢気に足で顔を掻いていたが、その声は重々しかった。
『そ。よりにもよってあの“処刑人”が、同じ魔道書を狙っているのよ』
「処刑人」とはまた大仰なワードである。どうやら、何者かの異名のようだが……。
『あなたたちも聞いたことはあるでしょう? 処刑人は、謂わば私たちの同業者。
だけどね、彼女の厄介なトコロは、ヴァルナ機関とは無関係に働いているってこと。もっと言えば、私たちとはスタンスが大違いなの』
「……『蘇らせる』のか、『殺す』のか」
少女は、ぞっとするほど無機的な声で紡ぐ。使い魔に向けられたその右眼は、鉄の刃のように冷たかった。
『ええ。彼女に先を越された場合、『対称』は闇へと葬り去られてしまう。
それだけは、絶対に避けなければならないわ。……私たち、“精霊文献再生局”の悲願の為に』
「……はい」
ミンネの言葉に、答えたのは空色だけだった。
タダヒトは、それでもまだ迷っているのだろう。黙り込んだまま、灰色の床を見つめていた。




