第十六話
空色が二口目を掬い「ふう、ふう」し始めたところで、いよいよ会議は本題へと移る。
「で、俺らの作戦だが……『俺が一人で全員潰す』って感じで。
いいな?」
「いや、何も『作戦』になってないような……」
「いーんだよ、こんなモンで。どのみち他に手はねえんだからよォ」
投げやりな口調で言い、彼は一気にカップを呷った。
すると、隣りから咎めるような声が飛んで来る。
「ダメですよ、そんな自棄になってしまっては。みんなで知恵を絞れば、きっといいアイデアが出てきますからっ」
「お前、今は食事に集中するんじゃなかったのか?」
「大丈夫です、もう食べ終わりましたので。
では改めて、作戦会議を始めますね!」
「ちっ、ワザとやってんじゃねーだろーな?
つーか、てめえスレイブキャスターはどうしたんだ?」
クーが尋ねたとおり、今日の彼女はスレイブキャスターを携帯していない。
フィアナはカップを口許に運びつつ、平然と問いに答えた。
「ああ、邪魔だったので寮の部屋に置いて来ちゃいました」
「な……あり得ねえ。お前、アレがなんなのかわかってんのかよ⁉︎」
「大丈夫ですよー、ちょっとくらいならっ。
それより、タダヒトさんはどう思われますか? どんなことでも大丈夫ですから、意見を聞かせていただきたいです!」
「え? そう言われても……」
水を向けられたタダヒトは、考え込むように本の表紙を掻く。
ちなみに、空色は二口目も美味しくいただいているようで、やはり笑顔でほっぺたを抑えていた。
「そもそも、無理に戦う必要はないんじゃないかな? 今からどうにか交渉して、試合をしなくて済むようにするのは……」
「ねーな。あの姫サマが認めてくれるはずがねえよ。ありゃァ、『好きでやってる』クチだぜ?」
「ちなみに俺もそうだ」と、彼はどこか誇らしげに歯を見せる。
いずれにせよ、戦わないと言う選択肢はなさそうだ。
「じゃあ、えっと……確か、試合ではギルドマスターが倒された時点で、勝敗が決まるんですよね? だったら、一気に二人がかりで相手のギルドマスターを叩くしか、方法はないような」
「ま、そーだろーな。とは言え簡単にできることじゃねーが……。
おい、てめえはどー考えてんだよ? 会議するっつったのはてめえなんだ。ちっとは意見出しやがれ」
もちろん、クーが言葉を投げかけた相手はフィアナである。
彼女は「そうですねー……」と、右手の親指を唇に当てた。いったいどう言う意味の仕草なのだろうか? いや、単に癖なのかも知れないが。
「私、こう見えて剣術の心得があるんですよ! 昔父に習いましたからっ」
「剣なんて使えねーよ。精隷学園だろうがよ。……つうか、誰が特技言えっつったよ」
「あとは、素潜りも得意なんですよ? 五分くらいでしたら、余裕で息を止めていられます」
「聞いてねー上にまたビミョーだなァ」
どうにも有用なアイデアが飛び出しそうにない。
「「「うーん」」」
タダヒトとクーは腕を組み、フィアナは唇に親指を当てながら、悩ましげに唸る。
そして黙り込むしかない三人を他所に、空色は糖分の海に浸したパンを、夢中で頬張っていた。
──その後もロクな意見が出ず、彼女の食事が終わったところで、第一回目の作戦会議はお開きとなる。
フィアナとクーを見送ったタダヒトが二階に戻ると、空色は早くも机に突っ伏しており、
「んん……もう、食べれない……」
むにゃむにゃとベタな寝言を言っていた。
※
その日の夜。
レアンとなったタダヒトは、懲りもせず森の中にいた。
彼が佇立しているのは、昨夜右手が爆発したのと同じ場所だ。周囲の木々が焼け落ちたことにより、銀色の月明かりが直接地面に注いでいる。
こうした爆発の爪痕は残っっているものの、大した山火事には至らなかったようだ。例のアルスターのギルドが鎮火したのだろうか?
昨日の出来事が嘘のよう静まり返った森の中、少年は瞑想するみたいに目を薄く閉じた。
彼の顔にできていた傷も、幻のように綺麗に塞がっている。例の「溶液」とやらの効力は、絶大のようだ。
(集中して、イメージするんだ……俺の、魔法を)
レアンの右の拳には、すでにフラワーが集約されつつある。
玉虫色の光の塊が、所々が爛れてしまった彼の鎧を照らし上げていた。
(やっぱり、ここは『刀』で行こう。フィアも剣術がどうのって、言ってたし……)
レアンは更に強く拳を握り、五本の指からぎりぎりと軋むような音が上がる。
光の塊は眩さを増して行き、やがてある物体へと姿を変えた。
少年が瞼を開けると、中指の付け根の辺りからまっすぐに刃が生えている。
日本刀の刀身をイメージした物なのか、それは月の光を滑らかにを反射していた。
「よ、よし! 今度はうまくいったかも!」
彼は思わずと言った風に歓声を上げ、刃を夜空にかざす。
まるで刀匠が鍛え終えた刀のできを確かめるように。
(これならもう、爆発する心配もないよな?)
フラワーを操ることは難しい。そう言われる由縁は、魔法をイメージすること、そしてその「描写」を保つことが困難だからである。
前にも述べたとおり、精霊と契約することや精隷を従えることは、この「魔法を認識する力」を鍛える為に必要なプロセスだ。
よって、もしこの過程を飛ばして魔法を発動させようとする場合、常人ならば何年もかけて会得するはずの力を無理矢理絞り出すことになる。
そして、当然ながら、それは並大抵の集中力では不可能な芸当であり──
「……あれ?」
レアンが間の抜けた声を出したのは、突然刃が、ぐにゃりと曲がってしまったせいだろう。
「U」の字を描いた刀身は瞬く間に溶け合い、銀色の不定形な塊となった。
のみならず、ぶよぶよと震えながら別の物へと姿を変えて行く。
──やがて出来上がったそれは、どこからどう見ても「ミサイル」たった。
詳しい種類は不明だが、戦闘機の翼に取り付けられていそうな、一メートルほどの大きさの「ミサイル」が、拳のから生えているのだ。
(あ……なんか、やばいかも)
嫌な予感、と言う奴か。
無論、それは的中することとなるのだが。
次の瞬間、拳に密接したブースターが、爆発するように火炎を吐き出した。
「うわっ⁉︎」
彼の悲鳴を文字どおり「煙に巻く」かの如く、大量の煙が撒き散らされる。
そして、別世界の近代兵器は誰の意思とも無関係に、アルビオンの夜空へと発射された。
耳の奥までキンキンするような音と煙の尾っぽを残して、「ミサイル」は星空の彼方へと消えてしまう。
「……な、なんだ、これ」
唖然とした様子で、レアンは呟いた。
すると、先ほどの騒音が聞こえたのだろう。少女の心配そうな声が、ノイズと共に降って来る。
『タダヒト、大丈夫⁉︎ 今度はどうなったの⁉︎』
「……いや、うん、大丈夫。……なんか、飛んでっちゃったけど」
『え? 何が? ……まあ、タダヒトが無事なら、それでいいけど……?』
「無事だよ。ただ、ものすごく釈然としないと言うか……」
レアンは未練がましく右手を見つめていた。
グローブを嵌めているお陰か、黒く煤けている程度で、ダメージは全くないようだ。
『そうなのー? なんだかよくわかんないね……?』
空色は使い魔越しに首を傾げていることだろう。
『あ、そうだ。次の練習の時は、フラワーで作った物の名前を呼んでみるのはどう?』
「名前を呼ぶ? それって、何か意味あるの?」
『もちろん。
ほら、学園の人たちが精隷に指示を出す時に、精隷の名前を叫んだりするでしょ? あれと同じで、描写した物を認識しやすくなるんだよ? つまり、名前を呼ぶことで暗示力を高めてるんだねー?』
「なるほど……。
それでいくとなると、さっきのは『日本刀!』みたいになるのか」
『にほんとう?』
少女の声には応えず、彼は顎に手を当てて何かしら考え込んでいた。
(……ダサいな。て言うか、技名みたいになりそう。……どのみち恥ずかしい)
顔を上げたレアンは、苦笑いを浮かべる。
「ま、まあ、次も難しそうだったら試してみよう、かな……」
『うんっ、今度はきっとうまくいくと思うよ?
──じゃあ、そろそろ局長からの指令が届く頃だから、今日はもう戻って来てねー?』
「あ、うん、そうするよ」
誤魔化すように返事をした彼は、踵を返し──かけた。
体の向きを変えた状態で足を止め、レアンは振り返る。
(……何も起こらない、よな? 空の上に誰かがいるわけでもあるまいし。
それに、きっとあの『ミサイル』もすぐ消えるだろ)
長い前髪の間から夜空を見上げつつ、彼は自らに言い聞かせているらしい。
わざわざ自分から「フラグ」を立てただけにも思えるが……。
本人は、全くそんなつもりはないのだろう。
今度こそ、レアンは森の中を歩き出した。




