第十五話
「それに、私だってご飯くらい用意してるもん」
空色は誰にともなく言うと、奥のスペースへと引っ込んでしまう。
「あっ、待ってください! ……せっかくみなさんの分も作って来たのに」
「ごめんね、なんか」
「もうっ、私とクーさんで全部食べちゃいますからね」
拗ねた子供のような口調で言うと、フィアナは手をあわせた。
「いただきます」の挨拶はアルビオンにおいても共通であるらしい。
彼女は若干憮然とした表情で、硬そうなパンを引きちぎる。
「心配しなくても、残さず食ってやるよ。
そんなことより、さっさと本題に入ろーぜ?」
二杯目のスープをよそいながら、クーは口許も拭かずに言った。
が、すぐに右横から窘められてしまう。
「クーさん、お食事中にお喋りするなんて、行儀が悪いですよ? 今は食べることに集中しないと」
「いや、お前何しに来たんだよ。『作戦会議をするので絶対来てくださいね!』って言ったの誰だよ」
少々意外なことに、彼は声真似を交えつつツッコんだ。
が、当前のように、黙殺される。
「……くそっ。
まあいい。作戦っつっても、やれることァ限られてるし、そもそも勝ち目なんてねーんだからな」
そう言ってから、クーはスープに口を付ける。
暇だったからだろうか、彼の言葉を拾ったのはタダヒトだった。
「あの、本当に二人だけで戦うんですか? 他のアルスター国のギルドに、助けを求めるのは……」
無理なことくらい、彼も知っているはすだ。
少年はすでに二回も、クーを狩ろうとするアルスター勢を目撃しているのだから。
案の定、この意見は言下に否定された。
「できねー。俺ァアイツらの恨みを買っちまってるからよ。向こうからしたら、『裏切り者』なんだそうだ。……ま、あれだけのことがあったら仕方ねーだろうが」
口の中の物を飲み込むと同時に、彼は言葉を切る。若干声のトーンが沈んでおり、手許に落とした視線は「今」ではなく「過去」を映し出しているようだ。
が、すぐにまた匙を口に運び、
「しかもよォ、今日なんか言われのないことで絡まれたんだぜ? 『昨日の夜はよくもやってくれたな』って」
「昨日の夜?」
「ああ。よくわかんねーんだが、森の爆発がどーのこーのっつってたな」
「へ、へえ、何なんですかね……」
何気ない様子を装ったつもりだろうが、しっかり声が震えていた。
罪悪感に耐えかねたのか、それとも単に焦っているだけなのか、タダヒトは顔を逸らす。実体を持つ存在ならば、額に汗を浮かべていたかも知れない。
「さあな。いくらか怪我人も出たらしいが……何にしろ酷い濡れ衣だろ? 俺ァ爆薬なんて姑息なモン使わねーってのによ」
「姑息……仰るとおりです」
「どーした? なんかテンション下がってんぞ?」
「き、気にしないでください。大したことじゃないですから、ははは」
と、彼が空笑をしたところで、ばたばたと足音が聞こえて来た。
彼がそちらを振り向くと同時に、奥の出入り口から空色が現れる。
彼女は三階から降りて来たらしく、両手で大きな瓶を抱えていた。
そして、透明な瓶の中には大量の角砂糖でできた山が。
「これ、私のお昼ご飯だから!」
妙に勝ち誇った表情──俗に言う「ドヤ顔」をして、少女は言った。いったい何をどうしたらそれが「お昼ご飯」になるのか。
さらに言えば、何をもって「ドヤ」なのだろうか?
「……え、マジでそれ食うの?」
「蟻かお前は」
野郎二人からは至極まっとうな反応が返って来る。
しかし、空色は全く気に留めていないようだった。
彼女は瓶を床に下ろすと、その場に膝をついて蓋に手をかける。得意げな「ドヤ顔」のまま、さっそくランチにしようとしているらしい。
が、しかし。
「ふぬぬぬっ……あれ?」
本体を抑えつつ必死に蓋を回そうとしていたが、ビクともしない。よほど固く閉まっているのだろうか。白かった顔を眼帯みたいに赤くさせるが、それでも開く兆しがなかった。
「ちょっ、開かないんだけど。なんで? ふぬううっ」
力を入れども指が滑るだけ。空色はすっかり息を切らしてしまっている。「微笑ましさ」と「切なさ」とが同居する、不思議な絵面だ。
すると、それまで食事に集中していたフィアナが徐に立ち上がり、机を迂回して彼女の元へ向かった。
「貸してみてください」
相手が拒否するより前に、彼女は素早く瓶を取り上げる。
腕と胸で挟むようにして本体を固定し、右手を少し捻ると、なんと、蓋はすんなり回ったではないか。
「はいっ、開きましたよ!」
フィアナはにこりと笑い、口を開けた瓶を返す。
昼食を受け取った空色は釈然としなさそうな表情を浮かべ、しばしそれを見つめていた。
「……なんでこんな簡単に。何の格差なの……」
「私、昔からこう言うのを開けるの得意なんですっ。古くなった壺とか。
──ところで、空色さん。本当にお砂糖だけでいいんですか? まだスープもパンも残ってますよ?」
「いらないって言ってるでしょ。私、糖分さえあれば生きていけるから」
「ですが、あまりにも偏りすぎのような……」
「そんなことないし。そもそも、誰もあなたの施しなんて」
言いかけた彼女のセリフを、「ぎゅるるるる」と言う怪音が遮る。
他でもない、少女の腹の虫が雄叫びを上げたのだ。
瞬間、空色は恥ずかしそうにお腹を抑え、目を瞑る。
「ほ、施し……なんて……」
(……また、ベタなことを)
誰であっても、タダヒトと同じような感想を抱いたことだろう。
少年は見兼ねたように、相方を諭しにかかった。
「変な意地張ってないで、素直にもらったらいいんじゃないか? 本当はお腹空いてるんだろ?」
「で、でも……砂糖だけで十分って言うのは、本当なんだよ?」
「だとしても、無理することじゃないじゃん。ちゃんとした物食べた方がいいって。ほら、俺とは違うんだしさ」
「……タダヒトが、そう言うなら」
さっそく意地が揺らぎ始めたらしい。
それを聞いたフィアナはすかさずスープをよそい、少年の隣の席に置く。
「どうぞっ」
「……ふんっ」
鼻を鳴らしながらも、空色は意外と素直に立ち上がった。
彼女は椅子に座ると、何を思ったか瓶から角砂糖を一掴みし、どばどばとスープの中に投入してしまう。
糖分でできた氷山をスプーンで切り崩し、空色は楽しそうにかき混ぜていた。
「うわっ、よく食えんなそんなモン。食欲失せるわ」
「その割には、お代わりするんですね……」
「いいだろ、別に。『他所は他所、ウチはウチ』って奴だ。
つうか、話を戻すぞ」
そう言いつつ、クーは三杯目を口に流し込む。
「えっと、結局二人だけで戦うしかない、ってことでしたよね?」
「ほうだ。アルスター勢力からの援護は受けられねーし、エリンに至っては他に代表生徒がいねーからな。
ま、俺ァどんだけ不利でも構わねーけど。『一対多数』ってなァ、燃えるからよォ」
「ああ、なるほど。だからなんですね……」
「あ? 『だから』?」
「あ、いや、なんでもないです。
ところで気になってたんですけど、ギルド同士の戦いって試合だけなんですか? 決闘とか、その、暗殺とかにはならないんですよね?」
タダヒトは逃げるように話題を変えた。
その横では、一口目を味わおうとした空色が、予想外に熱かったのだろう、小さく悲鳴を上げていた。
彼女は所謂「猫舌」なのか、涙目になりながらひたすら「ふう、ふう、ふう、ふう」と冷まし始める。
「ああ、どっちもねーな。──いや、決闘はたまにあるんだが……基本的には一部の実力者同士でしか起こり得ねーよ。
暗殺に関しては、ほぼほぼない。そんなことしても、リスクの方がデカすぎるからな」
クーは皿を置き、代わりにカップに手を伸ばした。
その間にも、空色の「ふう、ふう、ふう」と言うBGMは続いている。
「あくまでも、この学園は『外交』や『世界基準の教育を受ける為』の場所、ってことになってる。ギルド同士の試合ってのも、表向きは魔法を得る為の『修行』だ。
そんな所で暗殺なんて起こってみろ。学園中のギルドが、こぞって犯人狩りに乗り出すだろうぜ」
「なるほど。
その上犯行がバレちゃった日には、各国の批難の的になる、と」
「そーゆーこった。もっとも、ただの『批難』で済めばいいけどな」
もちろん、そうはいかないはずだ。
「処刑」を行うに足る大義名分を、他国勢力に与えているのだから。
「……でも、実際に殺すのではなく、例えばこっそりディスクを盗んで壊す、とかは」
「お前、そんなに暗殺してーの?」
「い、いやいやいや。そうじゃなくて、ただ気になっただけですよ」
すっかりお馴染みの(?)ワイパー状態になって、タダヒトは答えた。
その隣りでは、ようやく空色が一口目を味わっている。
よほど美味しかったのか、彼女は空いている方の手で落ちそうになったほっぺたを抑えていた。
「ま、ヴァルナの奴が生徒に手え出しちまったら、それこそ問題だしな。
お前が言ったのも、ほとんど暗殺と同義だ。だから基本的に誰もやろうなんて思わねーよ。
……ただ、自分の国の人間を『粛清』するってんなら、話は別だ。要は『国際問題』にさえなりゃなきゃいいんだからな」
だからこそ、アルスター国のギルドは、「裏切り者」を始末することに躊躇がなかったのだろう。
この学園に集う生徒は、紛れもなく各国から選ばれた「代表者」たちだ。
つまり、彼らは他国との外交を担う政治家であり、大人に代わって戦争を行う兵士なのである。
また、中には実際に国政に携わる「少年官僚」なる人間が送り込まれることもあり、学園が単なる修学の場でないことは、この世界では周知の事実と化していた。




