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第十四話

 〈翌日、精隷学園敷地内──図書塔:二階〉


 部屋の中央に置かれた机に座り、彼らは差し向かっていた。

 一人はタダヒトであり、どこか落ち着かなさそうに膝に手首を乗せている。彼は目の前に座る人物の顔色を窺っているようだが、例によって目がない為わかり辛い。

 むしろ、そのことが功を奏しているのだろう。正面に腰下ろしていたクーは、別段彼の視線を気にしていない様子だった。

 こちらはこちらで深々と椅子にもたれており、妙に場に馴染んでいる。

 彼は偉そうに脚を組みながら、ボリボリと顎を掻いた。


「なかなか来ねーな、アイツ」

「そうですね……」


 そして、会話が途切れる。

 どことなく二人は──いや、もしかしたらタダヒトだけかも知れないが──気まずそうな雰囲気である。

 そもそも、どうして彼らが差し向かっているかと言えば、フィアナのある申し出が原因だった。

 今朝方図書塔を訪ねて来た彼女は、朝の挨拶も早々に、こんなことを言い出したのだ。


「さっそく今日、作戦会議をしたいんです! 突然で申し訳ないですが、お部屋を貸してもらえませんか?」


 タダヒトは当然「ノー」とは言えず──と言うか、「断る理由」が思い付かなかったのだろう──、これを承諾した。

 可憐な笑顔で礼を述べたフィアナは、今から授業へ行くとのことで、忙しなく踵を返す。

 小走りに駆けて行くその後ろ姿を見送り、彼は図書塔の中へと引っ込んだ。

──そして時間は流れ、昼時となったところで、クーがやって来る。

 出迎えたタダヒトは客人を二階へと通し、今に至るのだった。


「……なあ」


 クーは大儀そうに口を開く。

 タダヒトは慌てて顔を逸らしつつ、わずかに背筋を伸ばした。


「な、なんでしょう?」

「いや、大したことじゃねーが……あんた、ヴァルナの人間なんだろ? 俺たちに協力しちまって、よかったのか?」


 当然の疑問だろう。ヴァルナ機関は精隷制その物を管理している以上、中立な立場でなければならないのだから。

 もっとも、「表向きは」だとか「四大強国に対しては」と言った註釈が付く場合がほとんどだが。


「ああ、まあ、場所を貸すくらいだったら……。本部にバレたら、怒られそうですけど」

「なんだそりゃ。ハッキリしねーなァ。

 つーか、今更だがよ、なんで顔に本なんか貼り付けてんだ?」

「あ、これはその、ファッショ──いや、やっぱ『家庭の事情』で」

「あん? どんな『家庭』だよ。

 まあ、詮索するつもりはねーけど」


 その言葉どおり、彼はあっさりとこの話題を切り上げた。

 それから、壁際に固めて置かれている本棚の残骸を眺め、


「そー言やあんた、ここを立て直す為に配属されたんだって? 今朝アイツから聞いたぜ。

 こんな所復活させて、何になるってんだ?」

「うーん、そう聞かれると、答えに困るんですけど……。ただ、一つだけ言えるのは、図書塔は目的の『ほんの一部』ってことですかね」

「ほんの一部?」


 鸚鵡返しに尋ね、クーは目だけを動かす。

 鳶色の瞳を向けられ、少年はまた体を強張らせた。


「は、はい。俺たちの最終的な目標は、もっと別の所にありますから」

「なんか、壮大なこと考えてそーだな。俺には関係ねえが……」


 鋭く細められた視線が、「胡散臭え」と言いたげだ。


「そう言やさっき下にいたちっこいの(、、、、、)だけどよォ、あいつもヴァルナの奴なんだよな?」

「ちっこい──ああ、空色のことですね。

 そうです。一応、彼女の方が先輩ですし」


 タダヒトはさらに言葉を続けようとしたが、ある出来事が起こった為にそれは中止になる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ⁉︎」


 何やら「断末魔の叫び」めいた声が、一つ下の階から聞こえて来たのだ。


「今の声、空色?」

「……何かあったみてーだな」


 彼らは面食らった様子で、同時に踊り場の方へ顔を向ける。

 タダヒトも気付いたように、間違いなく空色の悲鳴(?)だったが、彼女はいったい何に対して絶叫したのか。

 二人はどちらともなく椅子を引き、無言のまま一階へと向かった。

 石でできた階段を下りると、すぐに一階の入り口が見えて来る。

 タダヒトたちがその中に足を踏み入れた瞬間、


「タダヒト! 助けて! 変なの(、、、)がいるの!」


 血相を変えた空色が飛び込んで来た。ついさっきまで椅子の上で居眠りをしていた彼女だが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。

 少女は彼の体にしがみ付き、エントランスの方を指差す。

 が──


「あァ?」


 空色が思わず抱き付いたのは、同僚ではなくクーだった。

 そのことに気付いたらしい彼女は、世界の終焉でも目の当たりにような顔をして、再び悲鳴を上げる。


「ひいぃぃ⁉︎ 誰これ⁉︎ 何これ⁉︎」

「いや、てめえこそ何だよ!

 ほら、タダヒトならあっちだぞ」


 呆れたような表情で、彼は自分の後ろを指し示す。

 つられてそちらを見た空色は「はっ」と声に出して言い、今度こそ少年に駆け寄った。

 彼のローブに顔を埋め、彼女は涙と鼻水を拭う。


「た、タダヒト! 怖かったよぉ!」

「ちょ、それは失礼なんじゃ……って言うか、何をそんなに騒いで──」


 視線を上げた彼は、直後言葉を失った。

 クーも似たような反応をしており、彼らが呆然と見つめる先には、確かに「変なの」がいた。

 その体は学園の制服を着た女生徒の物だったが、何故か頭に大きな()を被っており素顔が見えない。

 のみならず、背中には荷物で膨らんだ麻袋を背負っており、左右の手もバスケットで塞がっている。

 いったい、この「変なの」は何者なのか。

 答えは、すぐに明かされた。


「すみません、準備(、、)をしていたら遅くなってしまいましたっ」


 彼女がひょいと鍋を持ち上げると、そこに現れたのはフィアナの顔だった。

 花が咲くようにはにかむフィアナは、それだけ見ればお洒落なツバ広帽子でも被っているみたいだ。

 しかし、実際に被っているのは年季の入った鉄鍋であり、ファッションだとしたら──そうじゃないとしても──全く意味不明である。


「げっ」


 と思わず嫌そうな声を漏らしたのは、もちろん空色だった。

 相変わらず少年にすがり付いたまま、威嚇するような眼差しを女生徒へ向ける。


「……なんだ、ま──じゃない、フィアか。

 と言うか、その荷物って」

「はいっ、みなさんと一緒にお昼を食べようと思いまして。いろいろ持って来たんです!」

「あー。そう言えば、もうそんな時間か」


 なんだか得意げな様子の彼女に、タダヒトは答える。

 彼が本当に魂だけの存在で精隷と同じシステムで成り立っているのであれば、食事など必要ないはずだが……。

 しかし、そんなことは知る由もないだろうフィアナは、「場所は、どちらを貸していただけますか?」と首を傾げた。


「あ、じゃあ、二階を使ってよ。机と椅子くらいならあるから」

「ありがとうございます!

 さっそくお邪魔しますねっ」


 そんなわけで、四人はぞろぞろと一つ上の階へ移動する。

 二階へ着くなりフィアナは荷物を解き、さっそく調理を開始した。

 野郎二人は先ほどと同じ席に着き、彼女が手を動かす様子を眺めている。

 フィアナは鉄鍋の中に豆やら穀物やらを放り込み、ティーポットからスープを注ぎ込む。予め火にかけてあったらしく、すぐに食欲をそそる湯気が立ち昇った。

──ほどなくして、エリンの家庭料理らしき物が完成する。机の上には人数分の食器が並んでおり、硬そうなパンと灰色の飲み物──もう一つのティーポットに入っており、いやにドロドロしている──まで付いていた。


「お待たせしました! さあ、みなさん召し上がってくださいっ」


 継ぎ接ぎだらけの自前のエプロンで手を拭きつつ、彼女は一同に声をかける。

 が、案の定と言うべきか、タダヒトが気まずそうに手を挙げた。


「あの、ここまで用意してもらって悪いんだけど……実は俺、絶食中(、、、)なんだよね。だから、今は何も食べられないんだ」


 言い訳には「断食」を選んだらしい。

 顔の前で手を付け合わす彼を見て、女生徒は少し残念そうな表情を浮かべる。


「絶食中、ですか……でも、ちょっとくらいなら」

「いやいや、そう言うわけにはいかないんだよ! ほら、自分で決めたことだし」

「……わかりました。残念ですが、仕方ないです。

 でも、お二人は食べてくださいますよねっ?」


 彼女は机に身を乗り出し、それぞれの方に顔を向けた。


「まあ、ただでくれるっつうなら、(やぶさ)かじゃねえな」


 と、クーが答える。彼はすでにスプーンを手にしており、目の前に置かれたランチを見つめている。


「どうぞどうぞ、遠慮せず食べちゃってください!

 もちろん、空色さんも」


 フィアナは笑みを浮かべ、蒼い瞳に少女を映した。

 対して、空色はそっぽを向いたまま口を「へ」の字に曲げていた。

 曲げながらも、丁重に「いらねえよ」と言う旨の返事を返す。


「……いい。そもそも、誰も頼んでなんかないし。

 だいたい、『フィア』って……。いつの間に渾名で呼ぶ関係になったの」


 どうやら、先ほどのやり取りを聞き逃していなかったらしい。

 歯軋りするみたいに歯を噛み合わせており、酷い形相になっている。「機嫌の大恐慌」が目に見えるようだ。


「空色、なんかすごく怒ってない?」

「……別に」


 タダヒト相手ですらこの態度である。

 相方の怒りの理由がわからないらしく、少年は本の表紙を掻く。


「おお、普通にイケるじゃねーか。お前、なかなかやるなァ」


 俄かに「修羅場」な彼らを他所に、クーは一人豆のスープをかき込んでいた。

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